政治経済情報誌「ELNEOS」9月号寄稿
誉れもなく 誹りもなく
『荘子・山木篇』
(誉れにも誹りにも気にかけず、臨機応変にして捉われない)
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経済記者として、官庁や企業の危機の取材にあっていたとき、組織人であるとともに社会に責任を果たそうとする、たくさんの広報パーソンたちをみた。彼ら彼女らの表情がいまも目に残る。そこにはいつもの平常心があった。
広報パーソンに転じた筆者はどうだったろうか。正直のところ、荘子がいうところの「臨機応変にして捉われない」という状態ではなかったろう。
新型コロナウイルス危機のなかで、広報パーソンたちは、組織防衛の正面に立っている。
『コロナ危機の経済学 提言と分析』(二〇二〇年七月十七日刊、日経新聞出版社)は、危機があまりにも広範かつ複雑であることを解きほぐしている。
編著者のひとりである、東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏と、一橋大学経済学部教授の佐藤主光氏は「コロナ後の経済・社会ビジョン―ポストコロ。ナ八策」と題した最終章のなかで次ように述べている。
「変化を恐れるべきではない。社会・経済の変化を拒絶してコロナ以前に戻ろうとしても、新しい社会・経済環境に適応できないままになる。無論、運命はあらかじめ定められているわけではない。どのような社会を創るかは我々の選択に委ねられている」
広報パーソンがいま、心のなかでかみしめながら日々の活動に取り組む指針ではないだろうか。
官庁や企業が取り組むべき「八策」は以下である。組織は変わらなければならない。経営層の触覚ともいうべき広報部門はクリッピングや記者・編集者のインタビューを通じてこころがけなければならない重要な視点である。
その1 経済・社会のデジタル化を促進する
その2 医療提供体制を再構築する
その3 支え手を支える新たなセイフティネットを創設する
その4 天災・災害に対して社会を強靭化する
その5 公共と民間の垣根を解消する
その6 選択の自由を広げる
その7 将来世代の立場に立つ
その8 新たなグローバル時代に役割を果たす
やはり編著者のひとりである、一橋大学経済研究所教授の森川正之氏は次のように指摘している。
「コロナ危機が最終的にいつ終息するかによるが、戦後の大きなショックを上回り、戦前の世界恐慌に匹敵する可能性がないとは言えない」
「コロナ危機は、石油危機、世界金融危機、東日本大震災といった大型のショックと比較されることが多いが、過去の経済危機や自然災害とは顕著な性質の違いがある。生産・消費といった経済活動自体が感染を拡大するという特異性である」
政府の経済政策や企業の需要拡大策が感染の拡大を助長し、危機を深刻化するのである。
青春時代に石油危機に遭遇した筆者は「就職氷河期」を経験した。記者として数々の経済危機を見た。コロナ危機はそれらをはるかにしのぐ。広報パーソンの皆さんにはいま「ほまれもなく そしりもなく」を祈ってやまない。
(了)