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SankeiBiz  高論卓説 2016年12月5日 寄稿

 福島沖地震が11月下旬に発生して東北沿岸を津波が襲い、東日本大震災の被災地は5年前の衝撃が蘇った。東北大学の研究チームよれば、宮城県東松島市の漁港では津波の高さは、平常の海面よりも3mも上回って、漁港の地面からは2.2mに達していた。

 宮城県仙台市と石巻市を結ぶ仙石線に乗って、東松島市の野蒜(のびる)駅に降り立ったのは、この地震の10日前のことである。東日本大震災の津波によって、仙石線が大きく分断されたのは、名勝・松島を望むように海岸を走っていた矢本駅(東松島市)-松島海岸駅(松島町)間であった。

 仙石線が全線復旧したのは2015年5月。復旧区間は内陸部に400mから500m入り込むように線が敷かれ、野蒜駅も高台に移転した。旧野蒜駅とプラットフォームなど、その周辺は震災遺構として保存が決まっている。私が目指したのは、旧野蒜駅舎を利用して一足先に10月にオープンした「震災復興伝承館」である。

 新駅と旧駅がある市街地とは、地下通路を通じて結ばれる予定だったが、未完成のために訪問当時は大きく迂回する坂道を30分以上も下った。

 旧駅に着いた。改札口の壁の上部に、津波が達した3.7mの赤い線が引かれている。「伝承館」には、東松島市の歴史や震災の状況、復興の歩みを示す解説の写真や、巨大地震が発生した瞬間に止まったままの小学校の大時計などが並んでいる。

 震災地の「記憶」遺構の先には、新しい町を築き上げようという息吹がある。東松島市は震災後のがれき処理において、市役所と建設業者などが当初から協議して、金属や木製のがれきを分別して、収集した。その結果、全量約110tの約99%をリサイクルに成功するとともに、がれき1t当たりの処理費用が格段に安くなった。

 この経験の延長線上に「防災エコタウン」作りが進んでいる。地域の病院や集会所などを対象にして、太陽光発電などを活用してエネルギーの「地産地消」を図ろうという試みだ。小学校の再建にあたって、木造建築を目指すだけではなく周囲に森林地帯を作ろうというプロジェクトも進んでいる。

 仙台市の地下鉄東西線の終点である荒井駅には、2月に開業した「せんだい3.11メモリアル交流館」がある。仙台平野を襲った巨大津波は、この駅がある荒浜地区において沿岸と内陸部と分けるようにして構築されていた、バイバスが堰の役割を果たした。「交流館」には津波が襲って跡形もなくなった、沿岸部の記憶を残そうと手作りのジオラマがある。「鈴木さんの家」「玉ネギ畑」……と手書きの小さな印が立っている。

 荒浜地区は漁業の町でもあった。赤貝やナマコ、ワタリガニの宝庫である。漁師として再び海に向かう人々のインタビューが、大型映像装置から静かに流れていた。

 震災地は、「記憶」をとどめながら、新たな地域振興に歩みだしている。

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ELNEOS  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 経営情報について、企業がメディアのなかで日本経済新聞の報道を優先するつまり、内容のあらましを予め日経の記者にリークする――「日経ファースト」について考えてきた。

 ソフトバンクグループが今夏に英国の半導体設計専門会社のアーム・ホールディングを約三兆三〇〇〇億円で買収した案件において、世界の経済専門紙を代表する、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とフィナンシャル・タイムズ(FT)が「ファースト」であった。

「日経ファースト」もそうであるが、「ファースト」か、どうかの判断材料はふたつある。それらの「特ダネ」の内容が詳細にわたっているかどうか、そして報道された直後にトップによる記者会見があるかどうか、である。アーム買収の記事はいずれの条件も満たした。

 ところで、「特ダネ」に訂正なし、とメディア界ではいう。独自の取材で足を使って集めた材料をいったん眺めて、これで書ける、という判断はおおざっぱにいって全体像の六割程度がわかった時点である。

 さらに分かりやすく表現すると、「誰が」「何をするのか」さえ、正確に確認できていればよい。文章には5W1Hが必要だといわれるが、特ダネに完璧を求めることは時機を逸する。つまり、他社に出し抜かれるか、当事者に発表されてしまう。

したがって、確実なデータしか書かないので、訂正はほとんどないのである。

 逆に「ベタ記事」に訂正あり、という。発表モノの記事は完全なデータの資料があるので、確認を怠ることによって訂正を出すことが多い。

「日経ファースト」について、これまでその是非を論じてこなかった。

 それは新聞記者時代に「日経ファースト」に対して、率直なところ怒りを感じたことがなかったことが大きな要因である。

 経済専門紙として日経の手厚い取材陣に対して、いかに独自のニュースのフィールドを切り拓いていくことに精力を傾けた方が生産的だと考えていたからだ。

 しかも、「日経ファースト」の記事は、一般紙が追いかけて報道するにはさほど大きな案件でないことが多かったからでもある。

 広報パーソンの立場に立って考えると、「日経ファースト」には企業にとってふたつの危険性が伴う。

 ひとつは、筆者そうであったように「日経ファースト」に“鈍感”な記者ばかりでないので、企業に対する反発心が記者のなかに澱のように沈殿していく。それが企業危機に陥った際に爆発する可能性を否定できない。

 さらに、「日経ファースト」の案件は、他社が無視するか、追いかけても小さな扱いにしかならない。

 消費者に伝えたい新製品や、新しいサービスならば、一般紙やテレビなどにも公平に報道してもらうのがいいだろう。もちろん最近ではネットメディアの影響力も無視できない。

 企業の大きな経営判断の際に、トップインタビューの「日経ファースト」も目立つ。これも欧米の企業がやるように、多数のメディアが同時に参加できる、電話インタビューが望ましいのではないか。

         (この項了)

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ELNEOS 8月号 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 メディアが取り上げる経済記事について、日本経済新聞の報道が先行するつまり特ダネとなる「日経ファースト」について考えてみたい。

 ここでも、新聞記者出身である視点と、広報パーソンの視点のふたつを区別すると同時に、ふたつの視点が交錯するところに真相を求めたい。

 まず、特ダネとはなにか。一般的には、報道する事象がライバルに先行することをいう。

 世紀のスクープとなった、NHKによる、天皇陛下が生前譲位の意向を示されている報道が最近では群を抜いている。

 特ダネとは、このように情報をもたらしてくれた人物と、取材者が一対一の信頼感に基づいて、情報源を決して明らかにしない、と定義できる。

取材者に対して、チームのプレイングマネジャーであるキャップも、原稿を精査するデスクも原則として取材源が誰であるかは、聞かないものである。

 ところが、取材先が意図的に取材者に事案の詳細をレクチャーする、つまりリークする、その結果としてライバルに先行する場合がある。新聞記者時代に、私はこうした記事は、自分の基準として「特ダネ」とはカウントしない、と考えていた。

 ところが、そうではない、という考えもあるのだということも知っていた。

 ある日、同僚たちと会合を開いた際に、次のような発言があって、その場の空気がなんともいえぬ沈黙に包まれた。ある官庁の政策に関する記事の件であった。

「特ダネだったのに、デスクが一日寝かせたので、他紙に書かれてしまった」と。

 同僚の担当した官庁は複数社にリークしたのであろう。それでも、同僚は自分の記事を「特ダネ」という。リークは特ダネではない。

 ちょっと脇道に入って、官庁や企業はなぜリークをするのか。官庁ネタで多いのは、政府予算の概算要求が出そろう八月末にかけての時期が多い。

 予算獲得のために、与党の部会や財務省に説明する際に、大手紙の一面を飾った記事はそれなりの重みがあり、官僚が作った説明資料を簡にして要とする表現でまとめてあるので、予算折衝がやりやすい。

 それでは企業はなぜか。株式市場では、全国的なメディアふたつにその企業の情報が掲載あるいは放送された場合、その情報は公知のものとみなす。この基準に基づいて、企業の経営戦略からリークが発生する。

 経済報道において、経済専門紙である日経の優位性は、その人員の配置からライバルから卓越している。

 大手紙の流通担当がひとりあるいは複数にすぎないところに、消費産業部がある。日経に金融部があるのにたいして、他紙は証券と金融に複数の配置をしているにすぎない。

 ここに「日経ファースト」が生じる土壌がある。

 しかし、日経が取材の目的に定めた土俵が経済のすべてではない。日経の視点とは違った特ダネはたくさんある。こうした割り切りができない記者は、日経の背中を追うばかりで、その前に出られない。

          (この項続く)

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ELNEOS 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスの快進撃が止まらない。本稿を執筆時点(六月十四日)のセパ交流戦のトップに立って、パリーグの戦績でも二位以下を大きく引き離している。

 ジャーナストの友人は、「あまりにも強すぎて面白くない」という。筆者の反論は、「戦後のプロ野球人気が沸騰したのは、巨人のV9時代だった。強いチームに相手が挑む時にファンが沸く」というものだ。

 ホークスの球史は、流通最大手だったダイエーが南海を買収したことにさかのぼる。ソフトバンクがダイエーから正式に譲渡を受けたのは、二〇〇四年十一月のことである。

 ここに至る裏面史を記すことは、プロ野球史の正伝には伝えられない外伝を残すことになるのではないかと考える。

 ソフトバンク・ホークス誕生の二年前のことである。オリックスの本拠地のネーミングライツを購入したトップが、宮内義彦オーナーの正体を受けて野球観戦をした。球場を埋め尽くしたファンの熱狂に触れたトップは、岐路にこう切り出した。

「プロ野球球団で買収できるところはないか」と。

 球界に詳しい友人やジャーナリストから、私はさっそく情報の収集にあたった。その結果は、のちに公になり、野球ファンや選手たちの反発を呼ぶ「一リーグ構想」だった。セパ十二球団のうち、ロッテとダイエー、オリックスと近鉄を合併して計十球団として、ふたつのリーグを統合するというものだった。

 こうした事情に詳しかった友人は、「本体の経営が悪化しているダイエーが球団を手放す可能性が最も高い」と断言した。

 球団買収の焦点は、ダイエー・ホークスに絞られた。譲渡の一年前、ダイエーが球団を売却するために、候補の企業に価格を打診して、入札(ビット)をした、との情報もあった。

交渉は機密性高く、確証にはいささか躊躇するが、大手飲料メーカーと広告代理店が争ったと聞いた。ただし、この時は最終的にダイエーが売却を止めることとなったという。

 経営が悪化したダイエーが、債権放棄と債権買い取りのために、政府の整理回収機構に救済を要請するのではないか、という観測報道がなされたのは二〇〇四年初秋のことである。

 休日に携帯電話が鳴って、トップに呼び出さると、いまは亡き側近の取締役とふたりで待っていた。トップは次のように命じるのだった。

「ダイエーが整理回収機構に再建を要請する前に球団の買収に名乗りを上げよう」と。企業買収には、意思の表明が第一である、という定石だった。

 この二日後にダイエー・ホークスの本拠地である福岡市と東京で、トップによる記者会見を開くことを決めた。広報部門をふたつに分けて、ひとつを福岡に先乗りさせた。

 広報部門は、社外に広範なネットワークを築ける、筆頭である。

 トップの情報収集の要望に応えるために助けてくれたのは、記者時代ではなく広報パーソンになってからの友人たちだった。

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都会のベランダは植物たちの小宇宙

主演の田口トモロヲがかもしだす不思議な世界

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 「そもそも俺には日記を書く習慣がない。小さな自己の毎日を書き残すことに意味を感じないからだ。だが、相手が植物となると違う。猛烈な欲望がわいてきて、なるべく正確に彼らの様子を写し取っておきたくなる」

  BSプレミアムの「植物男子ベランダ―」の原作である、「自己流園芸ベランダ派」のなかで、作者のいとうせいこうは、そう述べている。ベランダ―とは、ガーデニングをするガーデナーに対して、都会のマンションのベランダで植物を栽培する、作者の造語である。「植物男子~」は2013年に放映が始まって、4月からついにシーズン3(第1、2木曜午後11時15分~44分)に突入した。

 田口トモロヲ演じるベランダ―が、毎回ひとつの植物をめぐってその成長ぐあいを取り上げる。植物を眺めているようで、それは人生の本質をさりげなく綴っている。

 第4話「クレソンと弟子」(5月12日)は、ベランダ―のもとに弟子入りを志願する、20歳の若者の柊研一(村上虹郎)が現れる。居候となった、柊にベランダ―は植物に水のやり方から教える。

 「ほらほら、あんまりていねいに水をやっちゃだめだよ。こういう風に適当に」と。

言葉通りに適当に水を振り撒くベランダ―に、柊は唖然とする。

ベランダ―の今回の興味の焦点は、植物の根である。「そもそも根っことは何か?地上物ンの生命が終わった後も、地下ではひげもじゃなのでる」。

 弟子とともに、花屋に寄って、ひげの観察に適した植物を物色するが果たせずに、ベランダ―はクレソンの水耕栽培を思いつく。クレソンを手に入れる方法が、意表を突く。

 レストランでステーキを食べながら、付け合わせのクレソンを紙ナフキンに包んでシャツのポケットに隠すのである。

 ドラマは、田口トモロヲの語りで進行して、疑問を持つとカメラの方に向いて観る者に同意を求めているようにみえるのもおかしい。

 ついに、クレソンの根はペットボトルを使った容器のなかで大きくなって、別の容器が必要になる。

 ここで、「KING of Vegetable、クレソン」という曲目のラップと、学生服の男子学生や女子学生に扮した人々による乱舞である。「栄養満点クレソン!」「残さず食べる Baby!」……。クレソンが含む栄養素なども歌われる。

 植物を真剣に淡々とみつめるベランダ―と、ラップのギャップもまた、このドラマの魅力である。

 アクアショップでクレソン用の新たな大きな容器を、ベランダ―買い求めようとすると、小柄で太った、なまず店長(平田敦子)と、マネジャーの鉢須賀(山本剛史)が現れる。クイズに答えて、正解ならタダ、不正解なら10個買い上げる、という提案がなされる。

 クイズは、グルメ、映画、プロレスから選べる。ベランダ―は映画を選ぶ。

 質問は、SF映画「ブレードランナー」の原作とは?

 ベランダ―は、しまったという表情で答えに詰まる。弟子の柊は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と正解を答える。ふたりはおおきな水槽を手にして店を去る。

 なにごとにも、まじめに取り組んで、それがどこか不思議な笑いとなる、いとうせいこうワールドをドラマは生かしている。

 原作は、基本的に新聞の連載をまとめたもので、植物をひとつずつ取り上げる1篇は短い。あたかも「徒然草」のようである。そこには、植物を通して、人間のさまざまな生き方が投影されているようである。まもなく訪れる梅雨とベランダ―のかかわりが綴られる。

 「ある意味、この時期は一年を通して最も難しい。ベランダ園芸家の腕が問われる季節と言えるだろう。

 なにしろ、ついこの間までは春を謳歌し、浮かれていたのである。それが急に雨がちになる。梅雨に備えて怠りなく気持ちを引き締めようとしている矢先に、走り梅雨となってしまう」

 ドラマに戻ろう。ベランダの作業を終えて、缶ビールを飲んでいるときに、弟子の柊がベランダ―のところにきた理由を打ち明ける。親の転勤で学校を頻繁に変わったために、友人ができずに、自宅で植物を育てていた、というのである。

 ベランダ―は、クレソンの根の話をしながら、柊にいう。

 「水だけであんなにでかくなって。ミネラルをすって光合成ができないので、葉は小さい。いつか鉢植えにすれば、葉っぱを茂らす日もくるから」と。

「ありがとうございました、師匠」と、柊は頭を下げて、ベランダ―のマンションを出ていくのだった。

 「植物男子~」は、深夜に見る者の心をとらえて、シリーズを延ばしてきたのだろう。ベランダ―を志す人も増えているだろう。

日本の都市は、欧米の都市に比べて境界線が曖昧である。世界的な建築家である槇文彦氏の説である。隣地と隣地をくっきりと分けるのではなく、その間に行き止まりであっても路地が形成される。街路を通ると、家々から塀を越えて樹木の枝や葉が伸びている。

都市の形がくっきりとはみえない。日本の都市の特徴を槇氏は「見えがくれする都市」と呼ぶ。

 ベランダ―は、都市が高層化しても、植物の栽培によって境界を曖昧にする伝統を引き継いでいるようである。

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