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フジサンケイビジネスアイ 寄稿

築地移転延期と新国立問題の深層

 東京湾横断する新交通ゆりかもめの市場前駅に近づくと、巨大な建物が車窓を覆う。「11月7日 豊洲市場 開場!」の白い横断幕が台風一過の青空に浮かび上がる。駅の改札口を出ると、新市場に新橋からつながる環状2号線をまたぐ陸橋の工事現場が見えた。

 復路は、汐留駅で乗り換えて大江戸線で地下に潜る。沿線は勝どき橋東地区をはじめ、再開発計画が目白押しだ。国立競技場前駅で下車してみれば、白いフェンスに囲われたなかで、新国立競技場も建設が進んでいる。東京都の小池百合子知事はこの日、8月31日に築地市場から豊洲市場への移転の延期を発表した。

 「東京大改革」を掲げて当選した小池知事が焦点を当てているのが、豊洲市場の移転問題と東京五輪の巨額な施設と運営費用である。外部の有識者を入れた特別チームを編成して問題の解明に当たろうとしている。

 ここで小池知事が見失ってはならない視点は、個別の問題を掘り下げることも重要であるが、都の財政が再開発に大きく頼っている構造である。神戸湾内に人工島のポートアイランドなどを建設した「株式会社神戸市」にならっていうならば、「株式会社東京」は再開発至上主義に陥っている。都市整備局によれば、都内の再開発地区は7月末時点で219地区。都の税収を税目別の構成比率でみると、法人事業税・法人住民税と個人都民税は、経済の動向を反映して伸縮が著しい。

 これに対して、再開発にともなって増える固定資産税・都市計画税は3割前後で安定している。2015年度において都税収入の総額5兆216億円のうち、固定資産税が1兆1254億円、都市計画税が約2174億円に上る。

 都が主導する再開発計画によって、インフラの整備を進めれば地域の地価が高騰して固定資産税・都市計画税が安定的に入る。開発業者にとっては道路や地下鉄の延伸は大きなメリットである。再開発の認可には都議会が力を持つ。都の官僚たちにとっては人件費の確保につながり,天下り先が生まれる可能性もある。

 新国立競技場の建設にともなって、都は周囲の再開発予定地区の容積率を増大させた。豊洲市場向かう環状2号線は、そもそも関東大震災後の帝都復興計画にさかのぼる。新橋から神田佐久間町までの約9.2キロだったのが、1993年に起点が江東区有明に延伸された。

 再開発至上主義の構造から脱却する政策は、「成熟都市」や「安心・安全」といった美辞麗句が並んだ都の「東京都長期ビジョン」ではなく、都市計画の大きな目標を掲げた見取り図が必要である。さらに、海外で成功した都市計画について、北海道大学の越沢明名誉教授は「インフラ整備の負担を一定のルールにしたがって受益者(地権者)に課すことが多い」と述べている。

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SankeiBiz  高論卓説 2016年12月5日 寄稿

 福島沖地震が11月下旬に発生して東北沿岸を津波が襲い、東日本大震災の被災地は5年前の衝撃が蘇った。東北大学の研究チームよれば、宮城県東松島市の漁港では津波の高さは、平常の海面よりも3mも上回って、漁港の地面からは2.2mに達していた。

 宮城県仙台市と石巻市を結ぶ仙石線に乗って、東松島市の野蒜(のびる)駅に降り立ったのは、この地震の10日前のことである。東日本大震災の津波によって、仙石線が大きく分断されたのは、名勝・松島を望むように海岸を走っていた矢本駅(東松島市)-松島海岸駅(松島町)間であった。

 仙石線が全線復旧したのは2015年5月。復旧区間は内陸部に400mから500m入り込むように線が敷かれ、野蒜駅も高台に移転した。旧野蒜駅とプラットフォームなど、その周辺は震災遺構として保存が決まっている。私が目指したのは、旧野蒜駅舎を利用して一足先に10月にオープンした「震災復興伝承館」である。

 新駅と旧駅がある市街地とは、地下通路を通じて結ばれる予定だったが、未完成のために訪問当時は大きく迂回する坂道を30分以上も下った。

 旧駅に着いた。改札口の壁の上部に、津波が達した3.7mの赤い線が引かれている。「伝承館」には、東松島市の歴史や震災の状況、復興の歩みを示す解説の写真や、巨大地震が発生した瞬間に止まったままの小学校の大時計などが並んでいる。

 震災地の「記憶」遺構の先には、新しい町を築き上げようという息吹がある。東松島市は震災後のがれき処理において、市役所と建設業者などが当初から協議して、金属や木製のがれきを分別して、収集した。その結果、全量約110tの約99%をリサイクルに成功するとともに、がれき1t当たりの処理費用が格段に安くなった。

 この経験の延長線上に「防災エコタウン」作りが進んでいる。地域の病院や集会所などを対象にして、太陽光発電などを活用してエネルギーの「地産地消」を図ろうという試みだ。小学校の再建にあたって、木造建築を目指すだけではなく周囲に森林地帯を作ろうというプロジェクトも進んでいる。

 仙台市の地下鉄東西線の終点である荒井駅には、2月に開業した「せんだい3.11メモリアル交流館」がある。仙台平野を襲った巨大津波は、この駅がある荒浜地区において沿岸と内陸部と分けるようにして構築されていた、バイバスが堰の役割を果たした。「交流館」には津波が襲って跡形もなくなった、沿岸部の記憶を残そうと手作りのジオラマがある。「鈴木さんの家」「玉ネギ畑」……と手書きの小さな印が立っている。

 荒浜地区は漁業の町でもあった。赤貝やナマコ、ワタリガニの宝庫である。漁師として再び海に向かう人々のインタビューが、大型映像装置から静かに流れていた。

 震災地は、「記憶」をとどめながら、新たな地域振興に歩みだしている。

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ELNEOS  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 経営情報について、企業がメディアのなかで日本経済新聞の報道を優先するつまり、内容のあらましを予め日経の記者にリークする――「日経ファースト」について考えてきた。

 ソフトバンクグループが今夏に英国の半導体設計専門会社のアーム・ホールディングを約三兆三〇〇〇億円で買収した案件において、世界の経済専門紙を代表する、ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とフィナンシャル・タイムズ(FT)が「ファースト」であった。

「日経ファースト」もそうであるが、「ファースト」か、どうかの判断材料はふたつある。それらの「特ダネ」の内容が詳細にわたっているかどうか、そして報道された直後にトップによる記者会見があるかどうか、である。アーム買収の記事はいずれの条件も満たした。

 ところで、「特ダネ」に訂正なし、とメディア界ではいう。独自の取材で足を使って集めた材料をいったん眺めて、これで書ける、という判断はおおざっぱにいって全体像の六割程度がわかった時点である。

 さらに分かりやすく表現すると、「誰が」「何をするのか」さえ、正確に確認できていればよい。文章には5W1Hが必要だといわれるが、特ダネに完璧を求めることは時機を逸する。つまり、他社に出し抜かれるか、当事者に発表されてしまう。

したがって、確実なデータしか書かないので、訂正はほとんどないのである。

 逆に「ベタ記事」に訂正あり、という。発表モノの記事は完全なデータの資料があるので、確認を怠ることによって訂正を出すことが多い。

「日経ファースト」について、これまでその是非を論じてこなかった。

 それは新聞記者時代に「日経ファースト」に対して、率直なところ怒りを感じたことがなかったことが大きな要因である。

 経済専門紙として日経の手厚い取材陣に対して、いかに独自のニュースのフィールドを切り拓いていくことに精力を傾けた方が生産的だと考えていたからだ。

 しかも、「日経ファースト」の記事は、一般紙が追いかけて報道するにはさほど大きな案件でないことが多かったからでもある。

 広報パーソンの立場に立って考えると、「日経ファースト」には企業にとってふたつの危険性が伴う。

 ひとつは、筆者そうであったように「日経ファースト」に“鈍感”な記者ばかりでないので、企業に対する反発心が記者のなかに澱のように沈殿していく。それが企業危機に陥った際に爆発する可能性を否定できない。

 さらに、「日経ファースト」の案件は、他社が無視するか、追いかけても小さな扱いにしかならない。

 消費者に伝えたい新製品や、新しいサービスならば、一般紙やテレビなどにも公平に報道してもらうのがいいだろう。もちろん最近ではネットメディアの影響力も無視できない。

 企業の大きな経営判断の際に、トップインタビューの「日経ファースト」も目立つ。これも欧米の企業がやるように、多数のメディアが同時に参加できる、電話インタビューが望ましいのではないか。

         (この項了)

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ELNEOS 8月号 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 メディアが取り上げる経済記事について、日本経済新聞の報道が先行するつまり特ダネとなる「日経ファースト」について考えてみたい。

 ここでも、新聞記者出身である視点と、広報パーソンの視点のふたつを区別すると同時に、ふたつの視点が交錯するところに真相を求めたい。

 まず、特ダネとはなにか。一般的には、報道する事象がライバルに先行することをいう。

 世紀のスクープとなった、NHKによる、天皇陛下が生前譲位の意向を示されている報道が最近では群を抜いている。

 特ダネとは、このように情報をもたらしてくれた人物と、取材者が一対一の信頼感に基づいて、情報源を決して明らかにしない、と定義できる。

取材者に対して、チームのプレイングマネジャーであるキャップも、原稿を精査するデスクも原則として取材源が誰であるかは、聞かないものである。

 ところが、取材先が意図的に取材者に事案の詳細をレクチャーする、つまりリークする、その結果としてライバルに先行する場合がある。新聞記者時代に、私はこうした記事は、自分の基準として「特ダネ」とはカウントしない、と考えていた。

 ところが、そうではない、という考えもあるのだということも知っていた。

 ある日、同僚たちと会合を開いた際に、次のような発言があって、その場の空気がなんともいえぬ沈黙に包まれた。ある官庁の政策に関する記事の件であった。

「特ダネだったのに、デスクが一日寝かせたので、他紙に書かれてしまった」と。

 同僚の担当した官庁は複数社にリークしたのであろう。それでも、同僚は自分の記事を「特ダネ」という。リークは特ダネではない。

 ちょっと脇道に入って、官庁や企業はなぜリークをするのか。官庁ネタで多いのは、政府予算の概算要求が出そろう八月末にかけての時期が多い。

 予算獲得のために、与党の部会や財務省に説明する際に、大手紙の一面を飾った記事はそれなりの重みがあり、官僚が作った説明資料を簡にして要とする表現でまとめてあるので、予算折衝がやりやすい。

 それでは企業はなぜか。株式市場では、全国的なメディアふたつにその企業の情報が掲載あるいは放送された場合、その情報は公知のものとみなす。この基準に基づいて、企業の経営戦略からリークが発生する。

 経済報道において、経済専門紙である日経の優位性は、その人員の配置からライバルから卓越している。

 大手紙の流通担当がひとりあるいは複数にすぎないところに、消費産業部がある。日経に金融部があるのにたいして、他紙は証券と金融に複数の配置をしているにすぎない。

 ここに「日経ファースト」が生じる土壌がある。

 しかし、日経が取材の目的に定めた土俵が経済のすべてではない。日経の視点とは違った特ダネはたくさんある。こうした割り切りができない記者は、日経の背中を追うばかりで、その前に出られない。

          (この項続く)

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ELNEOS 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 プロ野球の福岡ソフトバンク・ホークスの快進撃が止まらない。本稿を執筆時点(六月十四日)のセパ交流戦のトップに立って、パリーグの戦績でも二位以下を大きく引き離している。

 ジャーナストの友人は、「あまりにも強すぎて面白くない」という。筆者の反論は、「戦後のプロ野球人気が沸騰したのは、巨人のV9時代だった。強いチームに相手が挑む時にファンが沸く」というものだ。

 ホークスの球史は、流通最大手だったダイエーが南海を買収したことにさかのぼる。ソフトバンクがダイエーから正式に譲渡を受けたのは、二〇〇四年十一月のことである。

 ここに至る裏面史を記すことは、プロ野球史の正伝には伝えられない外伝を残すことになるのではないかと考える。

 ソフトバンク・ホークス誕生の二年前のことである。オリックスの本拠地のネーミングライツを購入したトップが、宮内義彦オーナーの正体を受けて野球観戦をした。球場を埋め尽くしたファンの熱狂に触れたトップは、岐路にこう切り出した。

「プロ野球球団で買収できるところはないか」と。

 球界に詳しい友人やジャーナリストから、私はさっそく情報の収集にあたった。その結果は、のちに公になり、野球ファンや選手たちの反発を呼ぶ「一リーグ構想」だった。セパ十二球団のうち、ロッテとダイエー、オリックスと近鉄を合併して計十球団として、ふたつのリーグを統合するというものだった。

 こうした事情に詳しかった友人は、「本体の経営が悪化しているダイエーが球団を手放す可能性が最も高い」と断言した。

 球団買収の焦点は、ダイエー・ホークスに絞られた。譲渡の一年前、ダイエーが球団を売却するために、候補の企業に価格を打診して、入札(ビット)をした、との情報もあった。

交渉は機密性高く、確証にはいささか躊躇するが、大手飲料メーカーと広告代理店が争ったと聞いた。ただし、この時は最終的にダイエーが売却を止めることとなったという。

 経営が悪化したダイエーが、債権放棄と債権買い取りのために、政府の整理回収機構に救済を要請するのではないか、という観測報道がなされたのは二〇〇四年初秋のことである。

 休日に携帯電話が鳴って、トップに呼び出さると、いまは亡き側近の取締役とふたりで待っていた。トップは次のように命じるのだった。

「ダイエーが整理回収機構に再建を要請する前に球団の買収に名乗りを上げよう」と。企業買収には、意思の表明が第一である、という定石だった。

 この二日後にダイエー・ホークスの本拠地である福岡市と東京で、トップによる記者会見を開くことを決めた。広報部門をふたつに分けて、ひとつを福岡に先乗りさせた。

 広報部門は、社外に広範なネットワークを築ける、筆頭である。

 トップの情報収集の要望に応えるために助けてくれたのは、記者時代ではなく広報パーソンになってからの友人たちだった。

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