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生きている間に起こらない事態

 日本放送協会(NHK)の科学・文化部長の本保晃は、原発事故が急速に深刻化するなかで、取材陣の指揮をとったひとりである。震災翌日の12日に事態は急変していく。

 

 午後3時42分、原子力災害の注意報にあたる10条通報が、さらに午後4時45分、警報にあたる15条通報がそれぞれ東京電力から保安院に出された。

 10条通報も15条通報も、あらかじめ準備していた予定稿にデスクが手を入れて順次出稿していった。しかし、10条通報にとどまらず、一気に15条通報にまで至ったことは、私たちにとって大変な驚きだった。ベテラン記者の一人は「生きている間に本当に15条が出るとは思っていなかった」と語ったが、これは原発記者の偽らざる感覚だったのではないかと思う。さらに、10条通報から15条通報までの間がわずか1時間あまりという急展開にも、内心驚いた。

 15条通報となると、総理が「原子力緊急事態宣言」を行うはずだ。私たちは、官邸からの中継に備え、スタジオ解説の専門記者をスタンバイさせた。

 ここに、原子力災害に対する、NHKとしての二つの基本的な考え方が表れている。一つ目は、緊急事態や避難に関する情報を早く正確に伝えるため、重要な記者会見は生放送にすること。二つ目は、情報が十分に理解され、市民の間で無用な混乱が起きないよう、専門的な事柄については取材経験を積んだ専門記者(または専門家)がスタジオ出演して、分かりやすく解説をすることだ。

 午後7時40分過ぎから枝野官房長官の記者会見が始まると、解説の記者がスタジオに入った。解説は、主にこの記者と当部出身の解説委員の2人が交互に出演する形でスタートし、そのまま2カ月余りにわたってほぼ毎日続けることになった。急に飛び込んでくる情報や映像にコメントを加えることや、専門的な内容を分かりやすく解きほぐすことが、その目的だったが、解説には、次第に「新たな役割」を求められることになった。

 それは「被災者の状況を踏まえ、今なにが必要で何が大切かを、ジャーナリストの視点で指摘する」という、文字にすると当たり前のことである。たとえば、今後の見通しを可能な範囲で示していくこと。また、国や電力会社の発表を分かりやすく伝えるだけでなく、その両者に欠けていること、求められていることについても、コメントしていくことだ。これは、今回放送を続ける中で、あらためて意識した報道姿勢だった。

 原発報道は終わらない。終わる日を誰も知らない。

 

(「そのとき、メディアは――大震災のなかで」 第1部 完)

――

参考文献

新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
膨大な被災者の今を伝え続ける  河北新報社・編集局長 太田巌
地方の視点で震災と原発に向き合う  福島民報社・編集局次長 安田信二
求められる情報、総力で迫る  朝日新聞東京本社・社会グループ 石田博士 | 朝日新聞名古屋本社・報道センター次長 日浦統
最初の6時間 テレビは何を伝えたか  日本放送協会「ニュース7」編集責任者・等々木健

新聞研究2011年7月号
危機に問われる新聞力  岩手日報社・常務取締役編集局長 東根千万億
未曾有の災害連鎖を伝える報道  福島民友新聞社・編集局長 加藤卓哉
総合力で新聞の力を示すために  読売新聞東京本社・編集局総務 松田陽三
特別紙面「希望新聞」の取り組み  毎日新聞東京本社・生活報道部長 尾崎敦
現場取材で感じる人々の思い  茨城新聞社・日立支社 川崎勉
被災者基点と共助を座標軸に  河北新報社・論説委員長 鈴木素雄

新聞研究2011年8月号
激動の原発事故報道  朝日新聞東京本社・前科学医療エディター 大牟田透 | 朝日新聞東京本社・政治グループ 林尚行
率直な疑問をぶつけていく  東京新聞・科学部 永井理
地元の安全対策論議に応える  静岡新聞社・社会部長 植松恒裕
食の安全・安心と報道の役割  日本農業新聞・農政経済部長 吉田聡
市民による震災報道プロジェクト  OurPlanet-TV・副代表理事 池田佳代

新聞研究9月号
地域社会との新たな関係づくり  河北新報社・メディア局長 佐藤和文
原発災害報道にツイッターを利用  日本放送協会 科学・文化部長 木俣晃
新聞社の高い取材力を実感  グーグル・プロダクトマーケティングマネージャー 長谷川泰
長野県栄の震災をどう報じたか  信濃毎日新聞社・飯山支局長 東圭吾
感情を抑えて、被災地に寄り添う  河北新報社・写真部 佐々木 浩明

新聞研究2011年10月号
取材で感じた報道写真の役割  毎日新聞東京本社 編集編成写真部 手塚耕一郎
後世に「教訓」を伝える  岩手日報社・編集局報道部次長 熊谷真也
全社的訓練とノウハウが結実  日本放送協会・福島放送局放送部 鉾井喬
頼られる存在であり続けるために  岩手日報社・編集局報道部長 川村公司
震災のさなかのある地から  河北新報社・編集局長 太田巌

調査情報(TBS刊)2011年7-8月号
未だ蘇る声  東北放送・報道部 武田弘克
震災特番 Web配信  TBSテレビ 報道局デジタル編集部担当部長 鈴木宏友

調査情報2011年9-10月号
テレビ報道が信頼を回復するために  映画作家 想田和弘
震災の前と後で日本の政治は変わっていないし、私も変わらない  文芸評論家・文化史研究家 坪内祐三
「災後」社会を「つなぐ」  政治学者 御厨貴
「焼け太り」のひとつだに無きぞ悲しき  フリープロデューサー 藤岡和賀夫
気仙沼で生まれた自分しか話せないことがあると思うから  スポーツジャーナリスト 生島淳
三陸彷徨 魂と出会う地で  JNN三陸臨時支局長 龍崎孝
結局私は、記者ではなかった  TBSテレビ・報道ニュース部「Nスタ」 森岡梢

放送研究と調査(NHK放送文化研究所刊)2011年6月号
東日本大震災発生時 テレビは何を伝えたか(2)  メディア研究部 番組研究グループ
東日本大震災・放送事業者はインターネットをどう活用したか  メディア研究部 村上聖一

放送研究と調査2011年7月号
3月11日、東日本大震災の緊急報道はどのように見られたのか  メディア研究部 瓜知生
東日本大震災に見る大震災時のソーシャルメディアの役割  メディア研究部 吉次由美

放送研究と調査2011年8月号
東日本大震災・ネットユーザーはソーシャルメディアをどのように利用したか  メディア研究部 執行文子

放送研究と調査2011年9月号
原子力災害と避難情報・メディア  メディア研究部 福長秀彦
東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したか  世論調査部 執行文子
大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか  メディア研究部 井上裕之

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原発事故の時々刻々

 NHK放送文化研究所のメディア研究部(メディア動向)の福長秀彦は、原発災害のなかで、NHK総合テレビが、どのように避難指示を速報し、その理由や放射線量の変化を伝えたかを分析している。

 

 11日午後9時23分の半径3キロ圏内避難と10キロ圏内屋内退避の指示をNHK総合テレビが最初に伝えたのは、30分後の午後9時53分であった。津波に襲われた仙台空港の状況の後、画面が枝野官房長官の官邸記者会見の中継映像に切り替わる。

 会見の中で、官房長官は、「これは念のための指示でございます。(中略)放射能は現在、炉の外には漏れておりません」と語った。続いて、午後9時55分からは官房長官のコメントを要約したニュース原稿をキャスターが読み上げ、途中から科学文化部の記者が、官房長官の発言の要点をまとめ、避難する際の注意事項などを解説した。実はこの45分前には原子炉建屋で高い放射線量が観測され、会見の直前には原子炉建屋が立ち入り禁止となっていた。

 翌12日午前5時44分の10キロ圏内避難指示は、26分後の午前6時10分に放送された。午前6時36分からは、福島第一原発の映像をバックに「避難指示半径10キロ圏内に拡大」の字幕入りで、アナウンサーが原稿を読み上げた。避難の理由として格納容器の圧力が高くなっていること、1号機の中央制御室の放射線量が上がっていることを伝えた。また午前6時51分には、原子力・安全保安院の見立てとして、1号機から微量ながら放射性物質が漏れ始めているが、人体に直ちに影響がないとする情報を伝えた。午前7時半からは東京大学大学院の関村直人教授が出演し、格納容器の配管やバルブなどの箇所が破損して放射線量が上がっている可能性があるものの、測定されている放射線はの値はすぐさま人体に影響があるレベルではないと指摘した。

 12日午後6時25分の半径20キロ圏内避難指示は、チャイム付きの字幕スーパーで、44分後の午後7時9分と62分後の午後7時27分に速報した。2回目の速報以降は、関村教授と科学文化部の記者が解説を行った。記者は「原子炉圧力容器や格納容器に何らかの重大な損傷があるかもしれません。その可能性が強くあると言うことができます」と解説した。さすがに、この時点になると、淡々とした語り口の中にも、事態の深刻さを伝える切迫したトーンが強くなってきた。午後7時37分からは、キャスター読みの原稿で、爆発の前、1号機で燃料ペレットが溶け出し、日本の原発で初めて炉心融解が起きたことを伝えた。

 この後、午後8時41分には、枝野官房長官の官邸記者会見を中継した。この会見で水素爆発が起きたことが初めて公式に明らかにされた。爆発から実に5時間5分が経っていた。この中で官房長官は、「このたびの爆発は原子炉のある格納容器内のものではなく、したがって、放射性物質が大量に漏れ出すものではありません。(中略)現時点で爆発前からの放射性物質の外部への出方の状況には大きな変化はないと認められるものでございますので、是非、冷静に対応していただきたいと思っております」などと述べ、避難範囲の拡大が念のため万全を期す措置であることを強調した。

 15日午前11時の半径20~30キロ圏の屋内退避は、同時刻に菅首相が官邸で「国民へのメッセージ」を伝える中で明らかにした。NHK総合では、この模様を中継し、画面に「20~30km以内も屋内退避」の字幕を表示した。続いて11時7分からは枝野官房長官の会見を中継した。官房長官は、午前10時22分に2号機と3号機の間で30ミリシーベルト、3号機付近で400ミリシーベルト、4号機付近で100ミリシーベルトの放射線量が測定されたことを明らかにした。

 午前11時30分からは、画面はスタジオに戻り、アナウンサーが官房長官の発言のポイントを整理した。原子力担当の解説委員が、測定された放射線量について「ミリとマイクロでは千倍違うのですから、これは日本と言うか、世界の原発史上のなかでも、かなりの緊急事態が起きていると言わざるをえません。400ミリシーベルトや100ミリシーベルトは人体に影響が出ます。例えば、男性が生殖器に150ミリシーベルトの放射線を受けると、一時的な不妊が生じると言われています」と解説した。

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参考文献

新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
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放送研究と調査2011年8月号
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放送研究と調査2011年9月号
原子力災害と避難情報・メディア  メディア研究部 福長秀彦
東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したか  世論調査部 執行文子
大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか  メディア研究部 井上裕之

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社内の批判にさらされて

 東京新聞・科学部の原発担当記者である、永井理は、そのとき編集局の自分の席で強い揺れに襲われた。

 編集局の自分の席にすわっていた。強い。「首都直下が来たか」と思った。背中に置かれたスチールロッカーが倒れかかってこないようすぐに振り返って手を伸ばした。

 都内の交通は麻痺してタクシーも拾えない。とにかく気象庁と東京大学地震研究所に人を出さなければ、どうしても必要だと言って社の車を出してもらった。私は地震研に飛んでいった。今から考えると、これも外れだったかもしれない。

 原発担当記者はふだん、大事故が起きたときのことを頭の隅に置きながら、日常的なトラブルの記事を書いたり、まるで修行のように委員会を傍聴したりして、いざというときに使える知識の引き出しを増やしていく。「S2の2倍の揺れ」「スロッシングでプール水漏えい」2007年の新潟県中越地震で壊れた東電柏崎刈羽原発ぐらいまでは、なんとか引き出しにある情報をひっくり返して追いつけた。

 これに対して「津波で浸水」「ドライベント弁」「海水注入」。福島第一原発の事故は、引き出しのどこにもない出来事であふれ返った。「水素爆発」の引き出しはかろうじてあっったが、取材したこのある浜岡原発1号機の配管爆発事故とは規模も質も大違いで、すぐにからっぽになってしまった。

 福島第一原発事故の取材班には、各地の支局から若手記者が集められた。

 あるとき、支局から来たばかりの記者が原子力・安全保安院に電話している声が耳に入った。「基本的なことで恥ずかしいのですが教えてください。原子力安全・保安院の会見で、なぜ経済産業省の審議官が答えているんですか?」。とてもいい質問だ。頭では分かっても違和感を肌で感じなくなっているベテラン記者の方がよほど恥ずかしい。

 自社紙面の1面下コラムに「原子力政策に無批判だった新聞」「無批判に記事を掲載したメディア」と二度も書かれてしまった。原子力を担当してきた記者はみな、言いたいこともあるだろう。でもここは何も言わず、素直な疑問をぶつけていきたい。

 

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参考文献

新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
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終わりなき原発報道

  福島第1原発の事故は、放射能による環境破壊に関する終わりなき報道にメディ アが覚悟を決めなければならない、そう覚った事件だった。事故以前から、原発推進派と反原発派の激しい論争があり、メディアのなかでも社としての論を決めるために相克があった。専門記者たちは、過去と向き合いながら、進行する事故の現実を報道しなければならなかった。朝日新聞社の原発に対する社の姿勢は「yes but」となづけられた論だった。つまり、原発の必要性は認めるが、廃棄物などさまざまなマイナス面の施策が必要だ、というものだった。福島の事故を契機として、朝日新聞は段階的に原発からの脱却を目指す「脱原発」に社論を大きく転換した。

 大手新聞社の場合、原発報道は、科学的な側面は科学部が、東京電力など電力会社の経営的な側面は経済部が、原発を主管している経済産業省・エネルギー庁は、やはり経済部が、現場の環境被害など報道は、主に社会部や地元の取材拠点である支局や通信局が担当している。もとより、原発取材には科学的な知識が必要なので、科学部以外の部署でも、原発報道に関わる可能性がある記者たちは、原発の仕組みなど、基礎的な知識は常日頃から学習していた。

 朝日新聞社東京本社の前・科学医療エディター(部長)の大牟田透は、あの日を編集局のなかで迎えた。

 

 3月11日の地震発生直後から、当然、総掛かり態勢になった。科学・環境系、医療・医学系それぞれ3人計6人のデスクが、地震、津波、原発、被災地医療、被爆医療、総括といった分担で、記者の差配に動き出した。

 地震・津波で始まった取材は、午後4時前、保安院職員が詰めかけた記者を前に「15時42分、1F(福島第一原発)1-5、全電源喪失」などと書かれた紙を大声で読み上げた瞬間から、さらに緊迫の度が高まった。

 一報を受け「なにっ!全電源喪失?ECCS(緊急炉心冷却システム)が動かない?」と大声を上げたことを覚えている。電源確保のため電源車が向かっていると聞き、「まあ、最後は電源が回復してECCSが働き、ほっと一安心というパターンだろうな」と楽観していた。

 様子がおかしいと思い始めたのは、夜になってだ。3月12日午後に1号機の原子炉建屋が水素爆発で吹き飛んだのを皮切りに、原発事故は次から次に拡大していった。

 1号機の爆発をテレビで見た直後、紙面づくりの総指揮を執る局長室へ駆け込み、「ここへ陣取っていいですか」と西村陽一ゼネラルエディター・編成局長(当時)に申し出た。「おう。ここに座れ」とゼネラルエディター横の席をあてがわれた。局長室詰めは、地震3週間の4月1日まで朝夕刊続けた。

 朝日新聞の今回の原発報道を振り返ると、大きくぶれることなく、事態の深刻な推移を比較的早め早めに伝えたのではないかという思いがある。爆発した1号機については当日組み紙面から「炉心融解」を見出しに取った。放射性物質の広がり具合を予測する国の「緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク(SPEEDI)」が動いているにもかかわらず公表されていないことを特報し、公開につなげた。さらに、その推定放出量からみて、少なくとも米スリーマイル島(TMI)原発事故を超える国際原子力事業評価尺度(INES)レベル6以上の事故であることも3月25日付朝刊で報じた。

 これらは「東電や保安院の発表には頼れない」という判断に基づく報道だった。一次情報を握る東電や保安院の発表が必ずしもあてにならない状況は、非常につらいものだった。

 解決策になったかどうか分からないが、窮余の一策が署名入り解説・論文の多用だった。長年原子力取材に携わってきた竹内敬二編集委員を中心に、さまざまな取材結果を総合して「現時点はこういう状況で、この程度の危険を覚悟する必要があるだろう」と、連日、かなり思い切って筆者の考えを書いてもらったつもりだ。

 

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参考文献

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感情を排して

  TBSテレビ報道局の「NEWS23クロス」のキャスターである松原耕二は、震災発生から5日間、夜の時間帯の特別番組を担当した。

 

 毎晩5時間にわたる生放送にもちろん台本などなかった。それどころか次の瞬間にどんな情報が入り、どこの現場と中継を結ぶかもわからない。新しく入ってくる情報を整理し、スタジオの専門家たちに問いかける。地震や原発に詳しいわけでもない自分にできるのは、一瞬一瞬を集中して、現実に向き合うことだけだった。

 震災から2カ月以上たって、1号機から3号機までの原子炉でメルトダウンが起きていたことを、東京電力が初めて認める。それも事故発生からさほど時がたっていない段階で、すでにその状態に陥っていたと分析した。

 すると、なぜメディアはそうした事態を伝えなかったのか、大本営発表を繰り返していたのではないか、というそしりを受けることになった。ところが発生直後に届いた声は、まったく逆のものだった。

 原発の専門家に、最悪のシナリオを何度も問いかけた。楽観的な見通しを示す専門家に対しては、バランスをとっておこうという心理もあったが、何より本当は何が起きているのか、誰も見ることができない原子炉のなかでどんな事態が進行しているのか、をしりたかったのだ。

 だがそうした問いかけは、なぜ煽るのか、なぜわざわざ不安を煽る必要があるのか、という反応を呼び起こすことになった。

 もっと報道してください。

 被災地でそんな言葉をかけられた。一度や二度ではない。被災者の口から何度もその言葉を聞いた。

 これまで記者という仕事を27年やってきて、こんな経験は初めてだった。災害現場でメディアの人間は、たいていの場合招かざる客だ。被災者から見れば、記者やカメラマンは厳粛な場所に土足で入ってくる心ない人種にも映る。

 福島第1原発から20キロ~30キロの範囲内は、当初、屋内退避地域に指定される。その結果、店は閉まり物資も届かない、いわば陸の孤島となっていた。スタジオから電話をつないで惨状を聞く、というメディアの姿勢を住民は醒めた眼で眺めていた。

 それだからだろう。南相馬市の桜井勝延市長は行くたびに「よく来てくれた」という言葉で迎えてくれた。JNNの取材チームは、おそらくメディアのなかでは例外的に屋内退避地域の取材を続けていた。取材する必要があれば放射能を管理しながら現場に入る、とういスタンスをとっていたためだ。

 言葉を失う。それでもリポートしなければならない。まるで空襲のあとのような……、いや違う、しかも私は空襲のあとを肉眼で見たことなどない。黙り込む。現場の惨状をたとえる言葉を探している行為自体が、後ろめたいことに思えてくる。

 結局、形容詞や副詞は排し、事実関係だけで言葉をつないだ。

 

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参考文献

新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
膨大な被災者の今を伝え続ける  河北新報社・編集局長 太田巌
地方の視点で震災と原発に向き合う  福島民報社・編集局次長 安田信二
求められる情報、総力で迫る  朝日新聞東京本社・社会グループ 石田博士 | 朝日新聞名古屋本社・報道センター次長 日浦統
最初の6時間 テレビは何を伝えたか  日本放送協会「ニュース7」編集責任者・等々木健

新聞研究2011年7月号
危機に問われる新聞力  岩手日報社・常務取締役編集局長 東根千万億
未曾有の災害連鎖を伝える報道  福島民友新聞社・編集局長 加藤卓哉
総合力で新聞の力を示すために  読売新聞東京本社・編集局総務 松田陽三
特別紙面「希望新聞」の取り組み  毎日新聞東京本社・生活報道部長 尾崎敦
現場取材で感じる人々の思い  茨城新聞社・日立支社 川崎勉
被災者基点と共助を座標軸に  河北新報社・論説委員長 鈴木素雄

新聞研究2011年8月号
激動の原発事故報道  朝日新聞東京本社・前科学医療エディター 大牟田透 | 朝日新聞東京本社・政治グループ 林尚行
率直な疑問をぶつけていく  東京新聞・科学部 永井理
地元の安全対策論議に応える  静岡新聞社・社会部長 植松恒裕
食の安全・安心と報道の役割  日本農業新聞・農政経済部長 吉田聡
市民による震災報道プロジェクト  OurPlanet-TV・副代表理事 池田佳代

新聞研究9月号
地域社会との新たな関係づくり  河北新報社・メディア局長 佐藤和文
原発災害報道にツイッターを利用  日本放送協会 科学・文化部長 木俣晃
新聞社の高い取材力を実感  グーグル・プロダクトマーケティングマネージャー 長谷川泰
長野県栄の震災をどう報じたか  信濃毎日新聞社・飯山支局長 東圭吾
感情を抑えて、被災地に寄り添う  河北新報社・写真部 佐々木 浩明

新聞研究2011年10月号
取材で感じた報道写真の役割  毎日新聞東京本社 編集編成写真部 手塚耕一郎
後世に「教訓」を伝える  岩手日報社・編集局報道部次長 熊谷真也
全社的訓練とノウハウが結実  日本放送協会・福島放送局放送部 鉾井喬
頼られる存在であり続けるために  岩手日報社・編集局報道部長 川村公司
震災のさなかのある地から  河北新報社・編集局長 太田巌

調査情報(TBS刊)2011年7-8月号
未だ蘇る声  東北放送・報道部 武田弘克
震災特番 Web配信  TBSテレビ 報道局デジタル編集部担当部長 鈴木宏友

調査情報2011年9-10月号
テレビ報道が信頼を回復するために  映画作家 想田和弘
震災の前と後で日本の政治は変わっていないし、私も変わらない  文芸評論家・文化史研究家 坪内祐三
「災後」社会を「つなぐ」  政治学者 御厨貴
「焼け太り」のひとつだに無きぞ悲しき  フリープロデューサー 藤岡和賀夫
気仙沼で生まれた自分しか話せないことがあると思うから  スポーツジャーナリスト 生島淳
三陸彷徨 魂と出会う地で  JNN三陸臨時支局長 龍崎孝
結局私は、記者ではなかった  TBSテレビ・報道ニュース部「Nスタ」 森岡梢

放送研究と調査(NHK放送文化研究所刊)2011年6月号
東日本大震災発生時 テレビは何を伝えたか(2)  メディア研究部 番組研究グループ
東日本大震災・放送事業者はインターネットをどう活用したか  メディア研究部 村上聖一

放送研究と調査2011年7月号
3月11日、東日本大震災の緊急報道はどのように見られたのか  メディア研究部 瓜知生
東日本大震災に見る大震災時のソーシャルメディアの役割  メディア研究部 吉次由美

放送研究と調査2011年8月号
東日本大震災・ネットユーザーはソーシャルメディアをどのように利用したか  メディア研究部 執行文子

放送研究と調査2011年9月号
原子力災害と避難情報・メディア  メディア研究部 福長秀彦
東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したか  世論調査部 執行文子
大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか  メディア研究部 井上裕之

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