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人類が未経験の惨事に現場の事実を積み重ねる

吉田昌郎所長の未公開調書も

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 東日本大震災から5年目の彼岸も過ぎる。人類が未経験だったメルトダウンの連鎖という惨事のなかで、現場はどのように判断して動いたのか。

  NHKスペシャル「メルトダウン 危機の88時間」(3月13日)は、福島第1原子力発電所の事故について、その責任を追及することを急がず、現場の事実を積み上げてみせた。亡き吉田昌郎所長が国会事故調査委員会の聞き取りに答えた、未公開の証言に加えて、関係者約500人の証言が裏付けになっている。当時の現場の状況を再現するドラマが、事実をより理解しやすくいる。

  大震災と巨大津波から88時間目とは、第1号機と第3号機がメルトダウンを引き起こして、緊急冷却装置が稼働してかろうじてメルトダウンが免れていた第2号原発が原子炉格納容器の爆発の危機に陥った瞬間だった。

  格納容器が爆発すれば、大量の放射能汚染物質が拡散して、周囲に拡散するばかりか、第1機に立ち入りができなくなり、原発事故の収拾は困難になる。さらに、放射能汚染物質は隣の福島第2原子力発電所にも流れ込み、この発電所の地震と津波による被害対策もできなくなる。

  さらには、東電関係者の証言として、「東日本に人が住めなくなる」と思った瞬間であった。「日本がダメになる。そのことを死ぬまで忘れない」と別の証言者は語る。

  第2号機の格納庫の爆発を避ける方法は、ふたつあった。ひとつは、第1、3号機で行ったように格納庫の圧力を下げるために、庫内の空気をいったん水に通して放射能汚染物質を少なくしたうえで放出する「ベント」である。もうひとつは、SR弁と呼ばれる弁を開放して圧力を下げるとともに、水を注水する方法である。

  注水については、第3号機で、マニュアルにはない消防車で海水を原子炉に送り込んでいた。ただ、この際に推定しているように原子炉の水位が上がらなかった。吉田所長には消防車による注水の効果に疑問が生じていた。のちに、わかったことは、消防車による注水はパイプの水路をつなぎながら、一直線にすべての流量が流れ込まず、4カ所で漏れていたのだった。この結果として注水した水量の半分しか原子炉に到達していなかった。

  SR弁で圧力を下げて、注水に失敗すれば、原子炉は「空焚き」状態となって原子炉格納庫の爆発の危険は高まる。

  最大の危機に陥った第2号機に対して、吉田所長をはじめ現場は「ベント」を選択しようとした。

  しかし、3月14日午後4時15分、官邸と当時の原子力安全委員会の班目春樹委員長は、SR弁によって圧力を下げたうえで注水するように指示した。

  吉田所長の未公開証言は「最後はしかたなかったけど、やむをえなかった」と述べている。

  SR弁を開ける作業によって、原子炉内の圧力は下がった。しかし、消防車の水が入らなかった。消防車の燃料が切れて、注水が停止していたのだった。第1、3号原発の水素爆発などによって、構内はがれきが散乱して、消防車の点検ができなかったのである。

  同日午後9時すぎ、第2号機がメルトダウンする。ベントもできず、格納庫の圧力は高まる。

  吉田所長は「「討ち死になる。第2(原子力発電所)のほうも作業ができなる。あとは神に祈るだけだ」と考える。

  東京電力の本店が考えていたのは、「ドライウェル・ベント」だった。放射能汚染物質を水に通さずにそのまま外に放出する、禁じ手ともいえる方法である。

  本店 「ドライウェル・ベントをやれ!責任はこっちでとる」

 吉田所長 「やってますから。ディスターブ(邪魔)しないでください!」

  現場からは「ドライウェルベンドできません!」という声が。作業区域内に人が入れば、15分以内に死亡する放射線量に達していたのだった。

  3月15日6時14分、格納容器の圧力がゼロとなった。つまり容器が壊れたと考えられた。同7時過ぎ、現地本部の入っていた建物が大きく揺れる。吉田所長は所員たちに放射線量が少ない地域への退避を命じる。

  結果として、第2号機の原子炉格納容器は爆発を免れた。建物の揺れは第4号機の水素爆発によると推測されている。同機は運転休止中だったが、第3号機から漏れた水素が建屋内に充満したらしい。

  第2号機の格納容器は上部の継ぎ目付近がひび割れたようになって、それによって内部の気体が外部に排出されて圧力が下がったと考えられている。ただし、その部分を直接確認するには至っていない。第2号機はその後1週間にわたって大量の放射能汚染物質を放出した。

  吉田所長は「10人くらい昔から知っているやつ、こいつらだったら死んでくれるかなと思った。すさまじい状態だった。天の助けがないと、もっとひどいことになった」と証言している。

  現場の認識と判断が生かされないままに、原発事故は危機一髪の状態にまで進行した。

  「本店と現場の認識の差ができている。一番遠いのは官邸ですね」と、吉田証言が語っているのは、当時の菅直人首相の現地視察である。

  今回のNHKスペシャルは過去のシリーズの成果も盛り込みながら、その継続の必要性を物語っている。それなしには、教訓は生まれない。

 

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ELNEOS 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 「志を共有するすべての人々に広く結集を呼びかける。国民の信頼に支えられ、国民とともに進む。真の意味での国民政党となることを誓い、ここに民進党の結党を宣言する」

民進党の結党大会が開かれたのは三月二七日。結党宣言の冒頭では、「自由」「共生」「未来への責任」を党の旗として掲げる。

 本稿執筆時点の四月中旬、郊外の空き地を囲む塀に貼られた、岡田克也氏がほほえむポスターは「民主党」のままである。

 党のロゴマークが四月一四日締め切りで公募されている。これが決定されてから今夏の参議院議員選挙向けに新たなポスターが作られるのだろう。

 しかし、いまにも吹き飛ばされそうな古いポスターは、新党のイメージを損ないかねない。

 このシリーズでは、東京工業大学マネジメントセンター准教授の西田亮介氏の著作「メディアと自民党」をてがかりとして、政党の広報戦略について考えてきた。

 小泉純一郎内閣が二〇〇五年9九月に仕掛けた「郵政選挙」をはじめとして、自民党が広告代理店やPR会社などのノウハウを取り込んで、いまや独自の広報戦略を練り上げるまでに成長してきたことはすでに振り返った。

 これに対して、旧民主党は「郵政選挙」に先立つ二〇〇三年一一月の衆院選において、代理店とPR会社と協力体制を作った。それも、「郵政選挙」の敗北によって、PR会社に責任を取らせる形で契約を解除して、旧民主党は本格的に、独自の広報戦略を練り上げる機会を失った。

 民進党はこうした過去の歴史に学んで、自民党の広報戦略に逆襲することができるだろうか。

 企業や団体など組織の広報パーソンが戦略を練り上げるためには、トップの理解が欠かせない。それは組織のどの部門でも同じことである。

 旧民主党に外部の広報戦略の人材を導入した当時の代表は、民進党の初代代表となった岡田克也氏である。自民党が広報の戦略性に軸足を移したのは、小泉純一郎首相である。安倍晋三首相も小泉時代から、広報の戦略立案にかかわっていた。

 岡田代表はどうか。「民主党政権とは何だったのか」(岩波書店、二〇一四年)のなかで、外務相時代に直面した、東アジア共同体構想について次のように次のように語っている。鳩山由紀夫首相が唱えたこの構想に対して、米国が神経質な対応をしてきたときのことである。

 「外相時代に海外のメディアのインタビューを四〇回やっているのですね。(共同体構想から米国を)排除するものではないと言うと、彼らはほっとするのです」

 岡田代表がメディアとのリレーションに寛容であることがうかがえる。

 民進党のこれからの広報戦略の課題は、いったい何を広報によって、伝えていくのかという点である。前掲の「民主党政権とは」のなかで、編者の政治学者山口二郎氏は旧民主党が政権を失った要因として、「綱領とマニュフェストをつなぐ議論が民主党にはない」と指摘している。民進党は参院選挙までにそれを成し成し遂げられるだろうか。 

          (この項了)

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ELNEOS 3月号  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 自由民主党は人材の発掘を目的として、所属議員の事務所で研修するインターンシップに地方の学生も参加できるように、受け入れ人員を現在の三〇人から一〇〇人に増やすとともに、地方の事務所でも受け入れる。

さらに、現在四〇都道府県で開いている政治塾を空白だった福岡や静岡でも開校して、全国に広げる。

 いずれも、日本経済新聞の二月一二日付朝刊のベタ記事である。

 メディアの政治部は政局を追うことを取材の第一義としている。政党の在り方や方向性は、こうしたベタ記事のなかに現れる。

 自民党は明らかに「近代化」を図っている。各選挙区の候補者が、その選挙区の党員による投票と幹部による面接によって決まるようになれば、英国型の選挙活動に近づく。

 このシリーズは、工業大学マネジメントセンターの准教授である、西田亮介氏の最新刊「メディアと自民党」(角川新書)を補助線として、自民党の広報戦略の高度化と、それに対していまだに対応しきれていないメディアの問題について考えてきた。

広報戦略の高度化は必然的に、政党自体の在り方を変えていく。冒頭に紹介した、自民党の人材開拓の幅の拡大は決して、そうした広報戦略と無関係ではない。

 「政治がメディアとの関係性に戦略性を持ちこみ始める」時期について、西田氏は二〇〇〇年代初頭である、と指摘している。

 自民党も民主党もともに、企業のマーケティングやPR、PA(パブリックアフェアーズ、公共的課題に関する広報)の技法を取り入れていく、としている。「この過程において、政党に加えて、『プロ』の存在感が増していった。電通をはじめとする広告代理店やPR会社である」と。

 いくつかのPR会社や選挙の「プロ」たちの名前が登場する。 ここでは、西田氏がインタビューをしたにも関わらず、推敲の過程で削除したであろうと推測する、エピソードを関係者の話を総合して紹介したい。

 民主党が衆院選において一七七議席を獲得して、その後の政権交代に道筋をつけた。広報戦略を担ったのは、広告代理店の博報堂と、PR会社のフライシュマン・ヒラード・ジャパン代表の田中慎一氏である。

 田中氏は、ホンダの広報マンからセガを経て、外資系PR会社の日本代表となった。日米自動車交渉において、米国政府の凄まじい広報戦略を経験するとともに、米国の大統領選挙における広報戦略を学んだ。

 政策面では「マニュフェスト」選挙をはじめて掲げて戦わせ、イメージ選挙の面では当時の岡田克也代表の服装や話し方を指導もした。

 そもそも代表の周辺では、PR会社を選挙戦略の策定に加わらせることに強硬な反対を唱える者があったという。

 小泉純一郎首相による「郵政解散」の惨敗をきっかとして、田中氏らは関係を切られる。民主党は広報戦略の重要性を内部に確立することができなかった。

田中氏らに拒絶反応を示した幹部がその後、広報戦略の重要性を知るとともにロビイスト的な仕事に就いたのは余話である。

         (この項続く)

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米国の一極支配が崩れた先に見える未来

テレビの解説能力はますます高まる

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

NHKスペシャル「シリーズ 激動の世界」は、米国の一極支配が崩れた先に見える未来を描いている。第1回「テロと難民~EU共同体の分断~」(1月10日)、第2回「大国復活の野望~プーチンの賭け~」(1月11日)の放映を経て、第3回「揺れる“超大国”アメリカはどこへ」(1月16日放送予定)に至る。

  大越健介キャスターをメインに据えて、各国の国際政治学者に対するインタビューと最新と過去の映像を組み合わせた、ドキュメンタリーは優れた解説番組である。「テレビは速報に、新聞は解説に優れたメディアである」という評価はすでに過去のものとなったばかりか、テレビはその解説能力を日々高めている。

 新聞の部数が減少傾向をたどっている大きな理由として、インターネットの普及があげられるが、テレビの報道能力の向上もまたとりあげられなければならない。朝刊を手にとって既視感がある理由でもある。

 「激動の世界」は、まず第1回の冒頭において、世界のトップの象徴的な言葉をフラッシュのように折り込んでいる。

 「我々は世界の警察官ではない」(オバマ・米大統領)

 「新しい秩序か、あるいはルールなき世界か」(プーチン・ロシア大統領)

 「我々は歴史的な試練に立っている」(メルケル・独首相)

 国境をなくして、自由な往来によって、豊かな社会を築いていこうという、欧州の理念が揺らいでいる。パリの同時多発テロによって、難民の受け入れに積極的な国は、ドイツのみといってよい状況になった。

 ハンガリーはドイツとの国境に、高さ4メートル、延長175キロのフェンスを築きつつある。

 ドイツに入っている難民は1日約1万人、昨年は100万人を超えたと推定される。第2次世界大戦後、最も多い難民を受け入れている。

  旧東ドイツのドレスデンのルポルタージュでは、極右勢力とされる「ペギーダ」に肉薄する。これまでは、低賃金や失業した人々の支持が中心だったのが、中間層にもその支持が広がっている。支持者は2万5000人、インターネットで賛意を表明している人は20万人とされる。

  代表のルッツ・バッハマンが一昨年に設立した。彼は広告代理店を経営するビジネスマンである。

  難民の受け入れに融和的なメルケル首相の退陣を訴える。

  ドイツにおいて、いまや過去の移民と難民を加えると計1600万になり、全体の2割を占めるまでになっている。

  代表のバッハーマンは、大越のインタビューに答えて、EUの状況を次のように表現する。

  「EUはスープに例えられる。加盟国のアイデンティティ(自己同一性)を失ったごった煮状態である。おなかはいっぱいになるが、誰にとってもおいしいものではない」

  「ペギータ」の支持者が、近所のホテルが難民を受け入れる施設となることに反対しようと、公園で親子連れに支持を訴える。

  妻と子を連れた男性は、大声をあげて反論する。

  「難民は被害者であり、受け入れるべきだ。そんな考えならペギータにいってしまえ!」

  EUの寛容性は失われている。ドイツ国民は分断されている。

  地政学者のドミニク・モイジは次のようにいう。

  「メルケルは正しい。しかしリスクを負った。今後、難民をコントロールしながら受け入れていかなければならないだろう。テロと難民を意図的に結びつけるのは、ポピュリストだ」

  政治学者のクラウス・レゲヴィーはいう。

  「欧州は裂け目が生じている。自分の国のなかにこもろうとしている。EUの統合は危機を迎えている」

  第2回は、前回のEUの分断の危機に乗じる形で、ロシアが大国を目指している様が描かれている。

  ドキュメンタリーは、プーチンに近い実業家であるコンスタンチン・マロフェーエフに迫る。彼は不動産や株式などで富を築いたビジネスマンである。

  ロシアによるクリミアの実行支配の作戦において、マロフェーエフが資金などの援助をしていた事実が指摘される。大越のインタビューに対して、彼は「あくまでも人道支援だ」といって譲らない。

  しかし、ウクライナ政府が公開した、クリミア作戦を行ったふたりの軍人と彼の電話内容から、クリミア占領にあたって、多数の死傷者をだしたという報告に対して、彼は「祝日にすべきだな」と語っているのである。

  欧州の分断の動きをプーチン政権は、EUとNATOに対抗する手段として利用しようとしている。

  かつて内戦によって20万人が犠牲となった、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府は、EUとNATOに加盟する方向性を表明しているが、プーチンはそのセルビア人の自治地域に標準を絞っている。セルビア地区の指導者は「独立を問う投票を」とあおっている。ロシアも経済支援をしている。

  プーチンに近いマロフェーエフと、フランスの極右政党の国民連合の幹部と会談する場面を、カメラは追っている。国民連合に対して、マロフェーエフはおととし11億円の支援をしたといわれている。

  国民連合の幹部は、米国一極支配に対抗するために「ロシアをもっと見習うべきだ」と言い切る。

 今回のNHKスペシャルは、時空を超えて、映像を織りなすテレビのドキュメンタリーの秀作である。

 

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内田有紀と池脇千鶴の「心理劇」は背筋が凍る

イヤミスには終わらないのか

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 NHK BSプレミアム「はぶらし 女ともだち」(毎週火曜夜11時15分)は全8話中の5話が、7日に一挙再放送された。高校時代の同級生だった、真壁鈴音(内田有紀)と古澤水絵(池脇千鶴)が繰り広げる「心理劇」は、回を追うごとに視聴者を増やし、初回からの展開を観たいのだろう。

 第1話「予感」から欠かさず観ている私もドラマの展開が待ちきれない。そればかりか、初回から背筋に震えが走る。

 シナリオライターとして成功を収めている鈴音(内田有紀)の自宅のマンションに、雨のふる深夜、水絵(池脇千鶴)が6歳の息子の耕太(手塚勇輝)を連れてやってくる。「夫と離婚して働いていたが、リストラされて、再就職口を探す2日間だけ泊めて欲しい」というのである。

 鈴音にとって、水絵は高校の合唱部で一緒だったという以外は、さして親しい仲ではなかった。それが20年ぶりに訪ねてきたのだ。深夜でもあり、断りづらかった鈴音は、水絵親子をマンションに入れる。

 「はぶらしがなくて、あったら私と耕太の分を貸してくれない。明日にはコンビニで買って返すから」と、水絵はいう。

 鈴音は買い置きの、はぶらし2本差し出す。

 翌朝、水絵は借りた、はぶらしを水絵に差し出す。

 「どうもありがとう。これ返すから」と。

 新品を返すならわかるが、使ったものを平然と返す水絵に、鈴音はちょっと表情を固くする。

 「はぶらし 女ともだち」の原作は、近藤史恵である。脚本は横田理恵と森山あけみ、鹿目けい子の3人が回ごとに担当している。

 ドラマは、原作にはない鈴音の不倫相手である、プロデューサーの柳井護(尾身としのり)らを加えて、水絵のよって鈴音の日常が崩れていく様子がより浮かび上がる。

 水絵がやってきた2日目の朝、鈴音が起きると時刻はすでに午後3時半を回っている。頭が重いのは、前夜に水絵とふたりでワインを飲んだなごりかと思う。

 水絵親子はマンションにはいない。ふたりは橋の欄干のそばにすわって、コンビニで買ってきたと思われるサンドイッチを食べている。

 マンションに戻ってきた水絵は、再就職活動がダメだったことを鈴音に告げて、1週間だけおいてもらえないか、と頼むのだった。鈴音は押し切られる。

 その後、鈴音がたまたま水絵のバックにつまずいて、中身が散乱したときに、睡眠薬がはいった袋をみつける。

 「水絵がワインに睡眠薬を入れたのではないか」と、鈴音のなかに疑惑が広がっていく。

 そして、耕太が深夜に突然発熱する。鈴音は水絵とともに、耕太をタクシーで病院に連れていったばかりか、保険証のないふたりのために治療費も負担する。

 マンションに帰ってからは、水絵の再就職活動のために耕太の世話をする。

 ところが、水絵が耕太のために用意したうどんの替わりに、いっしょにカップ麺を食べた結果、耕太の体調が悪化する。

 帰ってきた水絵は、鈴音を責め立てる。水絵の髪が明らかに美容院にいってきたことがわかると、鈴音は水絵に反発する。

 「就職活動をしていたと思ったら美容院?」

 「鈴音は2週間おきにカットにいっているからわからない。私はね、4カ月もいってなかったのよ。就職するには身だしなみも大事なのよ」

 耕太の体調が悪化したこともあって、鈴音は水絵の再就職がきまるまでマンションにいることを許すのだった。

 鈴音の日常に水絵が徐々に入り込んで、鈴音の生活は崩されていく。ドラマのシナリオに危うく穴をあけそうになった。さらに、スランプに陥る。

 不倫相手のプロデューサーの柳井(尾身としのり)は、鈴音をカバーするために別の女性脚本家を入れる選択をする。

 柳井は水絵を呼び出して、当座の生活資金だとして、カネを差し出して鈴音のマンションから出ていくように頼む。水絵のために鈴音のテンポが狂って、創作活動に支障がでているというのである。

 水絵は激高して、カネを地面にたたきつける。

 「調子を狂わしているのはあなたのほうでしょ。不倫をして。女の37歳って、どういう時期かわかる?」

 水絵役の池脇千鶴は、年齢を重ねるごとに女優として脱皮を遂げている。不動産会社の美少女のCMで知られるようになり、NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」(2001年)の主役も演じた。

 そして、日本アカデミー賞優秀女優賞を獲得した「そこのみにて光輝く」(2014年)の大城千夏役である。主役の佐藤達夫役の綾野剛とともに、海辺の街で心理劇を繰り広げる。池脇は貧しい家庭のためにからだを売り、病気で寝込んでいる父に対するすさまじい介護の様子を淡々と演じている。

 読後に嫌な感じが残るミステリーを「イヤミス」と呼ぶ。原作の「はぶらし」のラストシーンは、そうとばかりはいえない。ドラマの展開はイヤミスであるが、果たしてどうか。

 松本清張はかつて、森繁久弥との対談において、代表作の「砂の器」の映画(野村芳太郎監督・1974年)が小説を超えた映像であることを高く評価している。

 小説とそれをもとにした映像作品は、まったく別の表現形式を持ちながら、同じテーマを読み者と観る者に伝える。

 

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