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英国・北欧メディア紀行(後編)

2017年2月4日

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ELNEOS 1月号寄稿

ジャーナリズムの伝統を堅持しながら「デジタル」で産業化の道をひた走る

 英国中央銀行の正面に向かう大通りから、路地を入ったビルの壁に、大判の雑誌を開いたほどの小さな記念板がはめ込まれている。

「ここにロンドン初のコーヒーハウスがあった」と。オープンしたのは一六五二年、そして創業者の名前がある。当時勃興した商業的な新聞や出版物を手にした人々が集まって議論の花が咲いた。民主主義やメディア史のなかで特筆されている。

 ときは、チャールズ王の専制に対して、オリヴァ・クロムウェルが率いた軍が一六四九年に暴君を処刑してピューリタン革命がなり、共和制が実現した(『イギリス史10講』・近藤和彦著)。さらに王制復古を経て、名誉革命に向かう時代だった。英国の長期変動の大きな要因として、近藤氏は言論の自由と「紙」の戦いがあると指摘している。

ノールウェーはデジタル部門の最も進んだ地域

 現在まで継続して発行されている、最古の新聞は、スウェーデンの「Post-och Inrikes Tidningar(スウェーデン語)」である。英文から重訳すると「ポスト・&・国内タイムズ」。一六五四年にクリスチーナ女王が創刊した。一九〇〇年代に入って商業新聞との競争に敗れて、官報としての存在となり、〇七年からはネット版に転換した。

 スウェーデンの新聞界が誇るのは、言論の自由において、法律に加えて倫理規定を世界で初めて、一九一六年に制定したことである。

 英国とノールウェー、スウェーデンの北欧のメディアは民主主義の基盤であるジャーナリズムの伝統を堅持しながら、デジタル時代の産業化の道をひた走っている。パソコンとタブレット型端末、スマートフォンによる「マルチ・デバイス」が、揺籃である。

 ロンドンから北海を空路で越えて、ノールウェーの首都オスロへ。初青空に浮かぶ雲は、地表に近い。上空の冷たい大気が下りてきているためだろうか。ノールウェーが生んだ画家のエドヴェルト・ムンクの絵画について「ノルディック・メランコリー」と呼ばれるのがわかる。冷気を帯びた青は憂愁である。

 王宮に続く大通り沿いのビル街の一角に、ノールウェーの三大メディアグループの筆頭である、「シブステッド」(Shibsted)傘下の「ヴェルデンス・ガング」(通称・VG、Verdens Gang)の本社がある。

欧米のメディア界は、ノールウェーはデジタル部門の最も進んだ地域とみなしている。市場としては人口約五〇〇万人と小さいが、小回りの利いた新しい試みは、自らも進むべき道だと考えているからである。

 VGはノールウェー最大の部数を誇るタブロイド紙。一九九五年にオンラインサービスを開始した。一二年にはモバイル版も。

 一五年には、「マルチ・デバイス」向けと「紙」の合計読者数は、一日当たり二四〇万人になった。「紙」の読者のみなら約一一万部に過ぎない。ピーク時の一九九三年には約三七万部を超えていた。

健全なジャーナリズムと商業主義の組み合わせ

 デジタル部門の読者数を増大させた大きな要因は、画像と映像のサイトである。

世界新聞・ニュース発行者協会(WAN❘IFRA)が毎年表彰している「デジタル・アオード」において、読者とのつながりを深める部門で、一五年に最高賞に表彰された、ファッションサイト「MINMОTE」。会員になると、女性向けのファッションの画像や動画をクリックすると、ファッション・メーカーのサイトに飛んで購購入できる。

このサイトの在り方は、画像や映像が企業から提供されたものである。世界的に論議されている、企業が作った「ネイティブ広告」と、ジャーナリズムが抵触するのではないか、という問題を呼び起こした。

これに対して、VGは企業から提供されていることを明確に表示することで対処した。さらに、読者のブログによって、商品の品質などについて評価を明らかにしている。

 サイトの運営にあたっているのは、女性三人とこれに関した映像部門に二人の計五人がかかわっている。これに対して、一日当たりの訪問者は延べ二十万人から三十万人に及ぶ。

 VGは、このサイトを新聞社のニュースの「母船」から「健全なジャーナリズムと商業主義の最もよい組み合わせを取り出した」としている。

 ノールウェーのタブロイド紙で部数第二の「ダーグブラーデット」(Dagbladet)もまた、「紙」の部数はピークの一九九四年の約二二万部から一五年には約七万部まで落ちている。

 WAN❘IFRAの一四年のデジタル・アオードで、データ・ジャーナリズム部門で最高賞を獲得したのが「Null CTRL(意訳・コントロールキーなき世界)」プロジェクト。調査報道にデジタルを応用するのが、デジタル・ジャーナリズムである。

 このプロジェクトの意図を端的に表現している、サイト及び紙面の大見出しは、こういっている。

「あなたはどのようにして、オンライン上で曝(さら)されているか?」

 プロジェクトのチームはたった二人の記者である。ノールウェー国内のオンライン上にある、約二〇〇〇カ所のカメラがなんらのパスワードもかけられていない状態であることを発見する。家庭やナイトクラブ、店舗、レストランの人々の動きが丸見えなのである。

 さらに、約二五〇〇カ所のインターネットにつながっている、コントロールシステムが極めて簡単か、あるいはまったく侵入に対して無防備であった。このうち約五〇〇カ所は工場や重要なインフラのシステムだった。

 こうした事実を紙面で報道するとともに、ウエブのイトでオンラインのカメラに映し出される映像などをアップしていった。英語のサイトもある。取材は現在も進行している。

一番読まれる記事配信をグラフで示す装置で判断

 オスロから長距離バスと深夜特急を乗り継いで、スウェーデンの首都ストックホルムを目指した。バスの車窓からは森と湖の風景が流れ、広々とした牧草地が広がる。村上春樹の小説『ノールウェーの森』は、ザ・ビートルズの同名の名曲が通奏低音になっている。

 バルト海に浮かぶストックホルムは一四の島から成る。ノーベル賞の受賞晩さん会は市庁舎の「青の間」で催される。

 庁舎に近いビルのなかに、ノールウェーが本拠のシブステッドのスウェーデン本社がある。このビルの一つのフロアを占める「オムニ」(OMNI)は、スマートフォン向けのニュース・キューレーションのアプリケーションとサイトで、世界的に先進的な成功を収めた事例として、欧米のメディアの見学者が絶えない。キューレーションとは、ニュースをさまざまな媒体から選別、編集して読者に提供する仕組みである。

 スウェーデンの人口が約一〇〇〇万人であるのに対して、オムニのアプリケーションをダウンロードしている人数は六〇〇万人。

 創業者のひとりである、マークス・グスタフソンさんは、シンガポールの英字紙でジャーナリスト人生を始めた。ロンドンなどを経て故国に戻って、米国のハフィントン・ポストの創業者らの出資を仰いで、サービスを始めたのは一三年のことである。

 スウェーデンでスマートフォンを含む携帯サイトにおいて、読者の位置情報を利用して的確な広告を打つ戦略を進めていた、シブステッドの傘下に入ることで、事業の発展を期した。

「ニュースに四六時中接していたい、ニュース・ジャンキー(news junkie )を狙った。彼らは高学歴で高収入かつ好奇心が旺盛である」と、グスタフソンさんは語る。

 オムニのキューレーションの対象となるメディアは、親会社の新聞のみならず、英国の公共放送BBCや「ザ・ガーディアン」(The Guardian)など、約一〇〇にも及ぶ。

 編集体制は昼間が三人程度、夜間が二人程度。いずれも記者や編集者の経験者である。キューレーションしたニュースのサマリーをスウェーデン語でつけて配信する。

 ニュースの更新頻度が極めて高い。世界的なニュースの発生の具合にもよるが、五分あるいは一〇分置きも珍しくはない。

「小さなニュースルーム」とグスタフソンさんが呼ぶ、編集室の「企業機密で撮影禁止」は、どんな記事が一番読まれて、それがどの程度の時間を置いて読者数が下がっていくかをグラフで表示する装置。編集者たちはキューレーションをする目の前のPCの画面をみるとともに、常にこの装置が示すグラフに注意を払いながら更新作業をしている。

 オムニは基本的には無料モデルつまり広告収入が収益の柱である。プレミアム会員として、シブステッド傘下の新聞記事を読める有料会員の制度もある。

 シブステッドの一五年の売上高一五一億一七〇〇万ノールウェー㌛のうち、デジタル収入は前年より二割近く増え、全体の約三七%の五六億四〇〇〇万ノールウェー㌛である。

「マルチ・デバイス」の時代をチャンスとみて、起業する「メディア・スタートアップ(Media startup)」の胎動が起きているのである。スウェーデンの南部のカルマル市で地方ニュースをオンラインで配信する「ジャーナリスティク 24」(Journalistik 24)も創刊した。テキストのニュースだけではなく、映像ニュースもある。

ポッドキャストで音声投稿サイトを構築

 もう一度、英国に戻ろう。英国におけるスマートフォン時代の激変ぶりといったらどうか。「マルチ・デバイス」のビッグ・バンともいっていい。ネットメディアの一五年の年間ページビューは八〇億で、そのうち約四七%の三八億はスマートフォンを含むモバイルによる。しかも、モバイル経由は前年に比べて九〇%も増加した。

 一六年春に「紙」を廃刊した、高級紙の「ザ・インディペンデント」(The Independent)はデジタル空間のなかで蘇った。継続したネット版の一日当たりの延べ読者数は、「紙」時代の六六〇万人から三・二倍の二一二〇万人になったと推定されている。

 観光名所であるロンドン塔からテムズ川を渡って一〇分ほど歩いた、小さな三階建てのビルのなかに「オーディオブーム」(oudioBoom)はある。編集しているのは記事ではなくて、音声である。ポオッドキャスト(Podcast)によって、投稿された、記者会見や政治・経済の解説などを配信する。

 英国の公共放送の「チャンネル4」で働いていたメンバーが五年前に立ち上げた「メディア・スタートアップ」である。

 オーディオブームのスマートフォン向けのアプリケーションを立ち上げると、音声をアップすると同時にテキストで内容を書き込むことができる。利用者は五〇万人に近い。アップされた音声は、BBCなどのメディアやジャーナリストが引用の形で利用する。投稿者は利用料の三〇%を得る。

 創業者のひとりで国際担当のルース・フィッツサイモンさんは「ロンドン、メルボルン、ニューヨークの現在の拠点から、英語圏への進出を拡大したい」という。インタビュー時点で候補としてあげていた、インドのムンバイにはすでに事務所を構えている。

 ポッドキャストは新しい技術とはいえない。世界のラジオ局が、聞き逃した番組を聴取できる仕組みとして利用している。「いつでも、どこでも」使えるスマートフォンによる、音声投稿サイトを構築したところが新しい。

 日本のメディアことに新聞界は、デジタルによる「産業化」という言葉に対して拒絶反応が強いようにみえる。ジャーナリズムの旗を掲げることと、産業化は二律背反するものではない。

「メディア・スタートアップ」の流れも,ようやく日本に打ち寄せてきた。大手新聞社や雑誌社からスピンアウトしてネットメディアにかける人々の成否は、時の砂が落ちるのを、もうしばらく待たなければならないのか。                   (完)

 

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