「クローズアップ現代」「報道ステーション」問題
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NHKの看板番組である「クローズアップ現代」による、多重債務者を出家させて名前を変えて新たな借り入れが可能とする出家詐欺報道と、テレビ朝日の「報道ステーション」において元官僚の古賀茂明氏の発言をめぐる問題は、関係者の処分によって4月末に幕が下りた。
NHKが外部委員を含めた調査委員会の報告書をまとめたのに合わせて、「クローズアップ現代」は4月28日に、問題となっている昨年5月14日放送の「追跡“出家詐欺”~狙われる宗教法人~」の映像を引用する形で、やらせではないかという指摘に対して応えた。
出家詐欺のブローカーとしたA氏について、放送されなかった部分の証言を含めて、ブローカーでなければ知りえない事実が含まれていた、としている。その一方で実際にA氏によって出家した人物の特定はできていなかった。
そもそも、A氏の存在は、記者が情報源としていた多重債務者のB氏からもたらされた。放送では、まずA氏の存在が明らかになって、B氏が相談に訪れるシーンとなっている。つまり、調査報告書によると、やらせはなく、番組制作上の作為が問題である、としているのである。
再発防止策の柱のひとつが、チェック体制の強化である。番組の事前の「試写」について、「取材・制作について関わってきた担当者とは別に、局内の豊富な経験と専門的な知識を持つものがチェックしていれば、大幅な手直しが行われた可能性もある」と、調査報告書は今後の方向性を提言している。
テレビ朝日もまた、古賀氏のコメントに端を発した今回の問題ついて、「コメンテーター室」を設置して、制作部門とコメンテーターとの事前のすり合わせを密にする、としている。
再発防止のために、両報道機関が打ち出したのはチェック機能という、管理体制の強化である。このことは、取材の現場に立つ記者や制作者に対する不信が前提になっていると思う。
社会の病巣に切り込む組織内ジャーナリストは、猟犬のように題材を追う孤独なハンターである。特ダネは、ひとりあるいは極めて少人数による取材によって、気づくことが発端になる。グループによるその裏付けは最終局面である。問題を切り拓く孤独なハンターに対する、上層部の信頼がなければ、ことは成し遂げられない。
取材と制作力を強めるためには、こうしたジャーナリストを守る仕組みこそ必要なのに、今回の騒動とその着地点は、報道機関が問題に直面するたびに繰り返す行動であって、既視感は否めない。
報道機関の管理部門の階段を上っていく人々と、ハンターであるジャーナリストとは相いれない側面がある。相互の信頼感が失われたとき、かえってその隙間に取材現場の思惑が忍び込んで、問題が生じるように思う。
日本の報道機関には、社内ジャーナリストが安心して取材するための、国ばかりではなく大企業もふくまれるが、権力に対する防御体制がぜい弱である。
あまり知られていないが、記者が当事者から訴訟を提起された場合に、所属する報道機関から訴訟費用などの支援を受けられない。記者が不法行為によって、その報道機関を窮地に追い込んだ可能性もあるからである。
ニクソン大統領の「ウォーターゲート事件」や、イラク戦争当時のブッシュ大統領による海外基地でのイスラム教徒に対する拷問事件において、それらをスクープしたニューヨークタイムズの体制こそ学ぶべきである。
権力に付け込まれないために、顧問弁護士が原稿の問題点がないことを確認し、編集局長は大統領府に対して執拗に抵抗する。そのには、現場の記者を守ることによって、言論機関としての存在を揺るがせにしない、という強い意思がある。
テレビ朝日社長の吉田慎一氏は、朝日新聞時代に日本の報道機関のスクープや優れた報道に対して与えられる、新聞協会長賞を2度受賞したジャーナリストでもある。こうした記者・編集者が報道機関のトップに就くのは珍しい。
「報道ステーション」問題の処分を発表した、4月30日の記者会見の発言は、現場の孤独なジャーナリストを知る人のものではなかった、と思う。
「生放送中に起こりうる様々な不測の事態について、そのリスクをなるべく小さくし、発生を未然に防ぎ、万が一発生した場合には、速やかに対応できるよう、番組責任者に対して改めて徹底することとした」と述べた。
どんな企業やどんな組織でも、上下の信頼関係なくして、よい業績は上げられないのは、報道機関も同様である。