記者有志による異例の内部告発本も出て
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企業のコンプライアンスの専門家である、弁護士の久保利英明氏が委員長を務める「第三者委員会報告書格付け委員会」が2月中旬、朝日新聞の第三者委員会の報告書について、まったく評価に値しないという委員が過半数を占める格付結果を明らかにした。
朝日新聞の一連のいわゆる従軍慰安婦報道に関する調査報告書は、手厳しい洗礼を受けることになった。さらに、朝日新聞記者有志の匿名による内部告発本の「朝日新聞 日本型組織の崩壊」(文春新書)も発刊された。
朝日新聞の第三者委員会と、「各付け委員会」の報告書、内部告発本から浮かび上がる、朝日の企業体質の病巣と、それを摘出して再生の道はあるのか、改めて考えてみたい。
「格付け委員会」のメンバーは計9人。科学ジャーナリスト(元日本経済論説委員)の塩谷喜雄氏を除くと弁護士や大学教授ら、メディア界以外の有識者で占められている。
格付はAからDまでの評価と、評価に値しないFがある。
今回の朝日の報告書に対して、評価に8人がかかわり、久保利委員長と弁護士の齊藤誠氏ら5人がF、かろうじて評価に値するDが3人だった。
久保利氏は個別の評価の理由を明らかにしたなかで、朝日の第三者委員会はそもそも事実を調査する委員会とはいえないと、厳しく論じる。調査にあたっては、若手弁護士を多く活用すべきだったとする。さらに、一連の従軍慰安報道の誤りについて、その原因が明らかにされていない。報告書の結論部分にいたって委員の意見の羅列に終わっている、と指摘している。
朝日の報告書は、委員長に弁護士(元名古屋高裁長官)の中込秀樹、委員に外交評論家の岡本行夫氏、国際大学長の北岡伸一氏、ジャーナリストの田原総一朗氏、国際政治学者の波多野澄雄氏、東京大学情報学環教授の林香里氏、作家の保阪正康氏の7人の委員による。
「格付け委員会」の極めて低い評価ながら、朝日新聞のホームページで公開されている115頁に及ぶ報告書は、民主主義の基盤であるジャーナリズムを担う企業で起こった事態について、さまざまな教訓を読み取ることができる。項目の見出しは穏当ながら、その内容は担当した記者とデスクつまり上司の編集者に対して、手厳しい批判を展開している。
慰安婦報道のきっかけとなった、韓国・済州島で若い女性を強制的に慰安婦とした、という吉田清治氏の証言をめぐる報道である。1990年に報道されてから、その後に歴史家の秦郁彦氏の現地調査によってその証言の信用性が揺らいでいたのみならず、朝日の取材でもそれが確認されていた。社内向けの通達によって、吉田証言を引用しないような指示もとんでいた。
そもそも、吉田証言は本人が開陳する事実について、確認を怠っていた。
報告書はいう。
しかし、そのような認識を持つに至ったのであれば、それ以降、吉田証言を記事として取り上げることは慎重であるべきであり、こ れまでの吉田証言に関する記事をどうするかも問題となるはずであるのに、吉田証言について引用形式にするなど弥縫策とったのみで安易に吉田氏の記事を掲載し、済州島へ取材に赴くなどの対策をとることもないまま、吉田証言の取り扱いを減らしていくという消極的な対応に終始した。これは新聞というメディアに対する読者の信頼を裏切るものであり、ジャーナリズムの在り方として非難されるべきである。
報告書の最後に付された、委員の個別意見のなかにこそ、朝日の再生の処方箋が示されている。
岡本委員は「記事に角度をつけ過ぎるな」と指摘する。社員に対するヒヤリングのなかで「事実を伝えるだけでは報道にならない、朝日新聞としての方向性をつけて、初めて見出しがつく」という意見が多く、驚いたという。「新聞社に不偏不党になれと説くつもりはない。しかし、根拠薄弱な記事や、『火のない所に煙を立てる』行為は許されない」とする。
さらに、「朝日新聞の凋落は誰も利益にも適わない。朝日の後退は全ての新聞の後退につながる」と。
北岡委員はいう。「新聞記者は特権集団なのである。名刺一枚で誰にでも会えるし、自分のメッセージを数百万部の新聞を通じて天下に発表することができる。しかも高給を得ている。自由な言論のためには、そうした特権集団は必要だ。しかし特権には義務が伴う。自らの記事を絶えず点検する厳しい自己規律をもとめたい」と。
朝日新聞記者有志による「朝日新聞 日本型組織の崩壊」は、第三者委員会が解明した事実をさらに詳細に明らかにするとともに、病巣に迫ろうとする意図から書かれたものである。
全体としていささか暗い気分にさせられるのは、有志の記者たちが自ら拠ってたつメディアの組織や経営のありように対して、ほとんど信頼を寄せていない点である。記者があたかも取材対象の企業について、不祥事が起きた場合に、過去の不祥事や経営陣の資質について批判している。そこには再生の糸口が見えない。
「日本型組織の崩壊」の例として、三菱自動車による度重なるリコール隠しと、戦前の軍部を上げている。
ジャーナリズムの担い手である新聞社のありかたと、この2者との比較はどうだろうか。惹句に過ぎないのではないか。
第三者委員会の委員たちが、朝日新聞が今回のような事態に陥ったことに対して、批判ともに惜しむコメントを寄せていることが、すべてであると思う。
経営層から記者に至るまで、「ノブレス・オブリージュ」つまり社会的な権力を持つ者に要求される高貴さが、経営層から記者に至るまで失われている現状から、すべては引き起こされた。
この視点から、「格付け委員会」と第三者委員会、そして記者有志の著作を読み解くなら、日本を代表する新聞社になにが起きたかが、はっきりとわかるだろう。