図書館の貸出冊数が激増 図書館は出版社の敵か?
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図書館は出版社の敵ではないのか――販売部数が低落傾向に入った2000年代初頭の論議が、改めて蘇ってきた。インターネットの普及によって「情報がタダ」という意識が広がっている、という説明だけでは出版社の苦境が説明できないからだ。
紙の出版物の販売額は、出版科学研究所の推計によると、2014年は前年比4.5%減の約1兆6000億円。調査開始の1950年以来、最大の下げ幅を記録した。電通の広告費調査によると、雑誌広告費は前年と同じ2500億円だったが、10年前に比べると約半分の水準となった。
ちなみに、出版市場の規模は、書籍・雑誌販売と雑誌広告を合わせて、ピークの1997年に約3兆円だった。2014年には約半分の1兆6000億円に縮小したと推計されている。
その一方で、図書館の貸出冊数が激増しており、書店の販売部数を足し合わせると1990年代以降、12億冊から14億冊で上昇傾向にある。つまり書籍販売冊数が減少する傾向線と、図書館の貸出冊数が増加する傾向線が2010年にクロスして、後者が若干上回るようになった。
図書館によって書籍の売上が減少しているのではないか、という問題意識に立って、作家、劇作家、評論家、随筆家らで組織している、日本文藝家協会が2月初旬に「公共図書館はほんとうに本の敵?」と題するシンポジウムを開いた。
問題提起をした作家の関川夏央氏は、公共図書館が「貸出至上主義」に走るあるいは、行政の評価基準が難しいために、そうした方向に走らざるを得ない点を指摘した。
さらに、ベストセラーなどを図書館が多数冊買う「複本」が実際に購入する読者の数を減らしている。しかもこうした傾向は単行本のみならず、文庫や新書など安価な本にも広がっていると、警鐘を鳴らした。
例えば、東京都文京区立図書館の貸出予約件数の上位をみると、「村上海賊の娘」(和田竜作)は34冊が購入されていて、予約件数は520件にも達している。
貸出回数の上位では、「舟を編む」(三浦しをん作)が427回、「夢幻花」(東野圭吾作)が397回となっている。
新潮社の石井昴常務は、複本の数をでき限り少なくすることに加えて、貸出は出版後から半年経ってからにすることを提起している。文藝家協会などもこうした主張をこれまでもしてきているが、実現していない。
また、出版界の経営について、単行本の初版は90%が売れてようやく収支がトントンとなる。書店からの返本率が平均40%にも及んでいる状況では、図書館の影響を無視できないと訴える。
「つながる図書館:コミュニティの核をめざす試み」(ちくま新書)の著者である、ジャーナリストの猪谷千夏氏は、「貸出市場主義」ではない、地域の振興に役立つ図書館を増やしていくことによって、図書館と出版社は敵対関係ではなくなると説く。
代表的な例として、長野県小布施町の「まちとしょテラソ」をまずあげる。この新図書館の建設のために町民100人が議論をして、そのありかたを決めた。運営員会も町民50人が務めている。
地方創生の事例としてあげられることが多い、岩手県紫波町の複合施設「オガールプロジェクト」が、その中核が実は図書館であり、農業の支援をする機能を担っているという。
シンポジウムのなかで、東京大学大学院図書館情報学の根本彰教授は、図書館と出版業界のよりよい関係の事例として、ドイツを上げている。
公立図書館と学校図書館が連携して、乳幼児から18歳に至るまで「読書教育」がほどこされている。また、複本の購入は抑制されている。これによって、書籍の売上も微増ながら続いている。
日本の出版文化は、江戸時代から版元(出版社)と印刷、流通(取次)というシステムを構築しながら発展を遂げてきた。
そうしたなかで、丸谷才一氏が高く評価するように、本来であれば国がやるべき「日本国語大辞典」(小学館)のような偉業も出版社が担ったのである。こうした文化の継承のためには単行本や雑誌、文庫、新書の収益が下支えしてきた。それが失われることの危機感は、出版界関係者のみならず、読者つまり市民も考えなければならないと考える。