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総務省が放送界に迫る「4K・8K政策」は家電メーカーの救済策
ハイビジョン放送の4倍の解像度の4K、さらに倍の8Kテレビの本放送に向けて、総務省とNHK、民間放送、ケーブルテレビ(CATV)などの取り組みが本格的に始まろうとしている。CATVはその先陣を切って、今月にも4Kの番組を実用放送に乗り出す。
新しい高精細の映像は、昨年のサッカー・ワールドカップの際に4Kによる、パブリック・ビューイングが試みられ、選手の動きがよりはっきりと見えた。ハイビジョンとの比較で、砂浜の映像で4Kは砂の色まで映すという。
日本で初めて一般公開された8Kによるオペラの映像は、昨年夏のNHK放送技術研究所の公開展示でみた。大型スクリーンに映しだされた歌手たちは、アップの映像をあえてはさまずに、客席から観るのとほとんど変わらない体験をした。
総務省の放送政策のうえで、高精細放送の方向性を示したのは、昨秋に明らかにした「4K・8Kロードマップに関するフォローアップ会合」の中間報告だった。
2020年の東京五輪の招致成功を受けて、高細度放送の開始を大幅に前倒しする方針が示された。それまでは、4Kについては2016年のリオデジャネイロ五輪から、8Kについては2020年の放送開始が目標とされていた。
中間報告の目標は、すでに4Kが2年前倒しされて昨年からパブリック・ビューイングの形で先行し、さらに日本ケーブルテレビ連盟が、年間12本の「けーぶるにっぽん美・JAPN」の作品制作を始めた。8Kは4年前倒しになり、リオ五輪から放送である。
これをたたき台として、総務省と放送界が8月をめどに最終的な目標を定める。
高精細の放送は、放送界に撮影や録画、編成など多額の投資が必要になる。さらに、従来のハイビジョン放送から転換して、コマーシャル収入が増えるか、という問題もある。
総務省の放送政策が、東京五輪の招致によって時間軸を変更することに対して、放送界は必ずしももろ手を挙げて賛成とはいかないのである。
日本民間放送連盟の井上弘会長(東京放送メディアホールディングス会長)は、新年の会見のなかで、そうした放送界の意向を表明している。
「個人的感想だが、4K放送を民放が実施するためには営業的に採算が取れる必要があり、どこまで投資できるか不透明だ。(総務省のロードマップは)設備投資に見合った収益がなければ、民放としては進めることは難しい」
さらに、ローカル局ではすぐに4K放送に取り組むことは難しい、との判断を述べている。
NHKは放送技研の研究成果に自信をもって、8Kを展示したことからうかがえるように、2020年東京五輪は8K放送で迎えようと目標を掲げている。
1964年東京五輪で、カラー放送と衛星中継を実現させたインパクトの再現を狙っているようだ。
ここでも、民放が4Kすら足並みをそろえるのが難しいのに、NHKが一歩先を行っているので放送界の統一した取り組みには壁が立ちはだかっている。
脇道にそれるが、放送技研の公開展示では、特殊な眼鏡を使用しない裸眼でみえる「立体テレビ」の初期実験もあった。
総務省の高精細放送をめぐる政策は、管轄を超えた「産業政策」の意味合いが強いこともまた、映像の将来の方向性をわかりにくくしている。
日本の家電メーカーが4K、8Kテレビによって、再びテレビ生産のトップに躍り出る青写真を描いているからだ。
先の中間報告の「参考資料」は、4Kテレビの世界の需要予測を掲げて、2016年には約3300万台、2018年には約6700万台になるとしている。国内では、2020年に約2700万台が普及して、その普及率は50%を超えるというバラ色の見通しである。
さらに、本文では「経済波及効果」をあげて、放送分野のみならず広告や、医療、設計・デザインなどの分野にも高精細技術が応用される結果として、2020年前後の直接効果は約4兆4000億円と推定している。
総務省を構成している旧官庁のうち、旧郵政省は「政策官庁」となることが悲願であった。旧経済産業省への強い対抗意識がありながらも、郵政事業を抱えて現業官庁のイメージはぬぐえなかった。
NTTの光回線を開放することによって、それを基幹回線とするADSL事業が発展したのは事実である。携帯事業の分野でも競争政策を導入して、NTT独り勝ちの構造を崩した。
小泉純一郎政権下の竹中平蔵総務相のもとで、放送と通信の融合に関するビジョンが掲げられたのも、そうした政策の延長線上だった。この政策は煎じ詰めると、インタネット環境のなかで、放送のコンテンツを流して、コンテンツ産業を育成しようという狙いだった。日本の映像コンテンツの90%以上は放送局によって制作されている。
放送と通信の融合は、その意味ではいまだに大きな進展はみていない。地上波のテレビ局のコンテンツの優位性は、視聴率こと落ちたとはいえ、依然として揺らいではいない。それどころか、放送で鍛えられた人材が映画の分野に進出して、日本映画の製作本数は右肩上がりである。本題ではないが、映画は衰退している、という常識はちょっとはずれている。
「産業政策」の帰趨を決めるのは、その産業の担い手である民間企業である。旧経済産業省の自動車産業の集約化に反旗を翻して、この分野に参入した本田宗一郎氏を持ち出すまでもない。
そして、製品やサービスをどれほど消費者が受け入れるか、あるいは渇望するかにかかっている。パブリック・ビューイングとは、テレビ放送が始まった時の「街頭テレビ」と同じである。プロレス中継に小さなテレビの周りに、1000人を超える人々が集まった東京・有楽町の光景は戦後史の代表的な写真だろう。
2020年東京五輪をどのような映像で、私たちはみるのだろうか。