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晩秋のみちのく旅行で、東北新幹線に乗る。バックパッカーの外国人男性は窓外の紅葉の山々を見やることもなく、手元の電子書籍リーダーのキンドルを手にして読書を始める。
東京の通勤電車のサラリーマンと重なって、珍しい光景ではないのだが、キンドルの発売元であるアマゾン・ドット・コムに関する最近の数々のニュースが頭に浮かんで、彼のキンドルの画面が気になるのだった。
キンドルの上位機種の購買者に対してワシントン・ポスト紙のコンテンツを無料で配信する、と11月中旬に発表した。同紙はアマゾンの創業者であるジェフ・ベゾスが昨秋買収した。それから1年余りが経って、当初の予想通りに同紙とキンドルが組み合わされた。
アマゾンの世界戦略のなかに、当然のこととして日本もある。
日本での売上高が2013年度の推定で7000億円と、ネット・通信販売では他を寄せ付けないナンバー1の地位にある。
日本ではすでに9月1日から、読売新聞が傘下の英字紙「ジャパン・ニューズ」とワシントン・ポストと提携して、同紙の電子版をジャパン・ニューズの購読者は無料で読めるようになった。同種のサービスは米国の新聞社にも提供されている。
書籍販売の分野では、いわゆる取次大手のトーハンとの取引を始めることが10月末に、明らかになった。すでに日版との取引を始めており、日本の2大流通ルートと手を握ることになる。
日本の出版業界の特徴である、全国一律の値引きを許さない「再販売価格制度」のなかで、アマゾンは着々と布石を打って市場を突き崩そうとしているようにみえる。
まず、アマゾンが日本国内で打ち出した学生向けの書籍割引サービスである。「スチューデント・プログラム」と名付けて、10%のポイントつまり値引きをする。
これに対して、中小出版社3社が、再販制度を切り崩すものだとして、アマゾンに自社の出版物の出荷を停止するとともに、取次にも同様の申し出をしている。出荷停止は5月から半年にわたり、さらに3カ月が延長された。
小学館など大手出版社にも同様の措置を検討する動きが広がろうとしている。
新聞業界とともに、再販制度のもとで成長を遂げてきた出版業界が、販売力を右肩上がりで伸ばしているアマゾンにどこまで対抗していけるのか。消費税が10%に引き上げられるときに、軽減税率の適用を求めているふたつの業界にとっては、再販制度はその前提となるだけに死守したいところである。
次に出版業界を揺さぶったのは、アマゾンの書籍販売に関するデータの提供問題である。出版社に無料で流されていたデータが廃止されて、12月から原則有料とする、という内容のメールが一斉送信された。
これまでは、出版社の「売上」「在庫」「需要予測」などを確認できる基礎情報は無料だった。「顧客の行動分析」や「競合のタイトル」などの分析は有料だった。こうした無料サービスがなくなったのである。
さらに、アマゾンと直取引の出版社なら、データの配信は無料となった。
出版社にとっては、アマゾンの販売状況に関する情報は、いまや欠かせない「ビッグ・データ」である。アマゾンがそのデータの配信によって、出版社を選別して、その出版物の販売に軽重をつけようとしているのではないか、と疑惑と反発が業界に広がったのである。
すでに、米国では大手出版会社のアシェット・ブック・グループが、アマゾンが価格引き下げ交渉めぐる交渉のなかで、価格の決定権を握る方向を打ち出したことから反発。これに対して、アマゾンがアシェットの書籍の予約を受け付けなくしたり、配達を意図的に遅らせたりする動きに出たことも、日本の業界に不信を抱かせている。
アマゾンはこうした動きに対して、日本の専門紙の記者らを招いて幹部らが懇談をする機会を設けて否定する事態となっている。
最後に、キンドルを武器として、電子書籍分野でアマゾンが独走するというシナリオが現実のものとなっているのではないか、という慄きである。
アマゾンキンドルが日本に上陸して以来わずか1年半余りの今夏現在、電子書籍は22万タイトルと初期の4倍以上となった。さらにコミックは、当初の7倍以上の7万7000タイトルである。
注目すべきは、コミックの月次の売上高において、電子版がすでに紙を上回っていることである。
アマゾンの日本における「現地化」は加速度を増しそうな勢いである。プラットフォームの争奪戦において、楽天など日本勢は巻き返せるだろうか。