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メディア史に残る「映像」サービスの転換点

2014年3月7日

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 ソチ五輪は日本勢の活躍と惜敗のドラマが、人々をテレビの前にくぎ付けにしている。1964年東京大会が日米を結ぶ衛星回線によって、初めてテレビの実況中継が実現したように、メディアの歴史のなかで五輪が大きな転機になる。

  今大会はメディアになにをもたらしたのか。それはテレビではなく、新聞の画期的な映像サービスのなかに現れた。五輪の熱狂の中で、その事実はまだあまり気づかれてはいない。

  ニューヨークタイムズ(NYT)が五輪の報道で、電子版で取り組んでいる。映像とテキストを組み合わせたサービスである。大回転の競技についての解説をご覧いただきたい。

http://www.nytimes.com/newsgraphics/2014/sochi-olympics/giant-slalom.html

 映像の美しさもあるが、この競技のなかで競い勝つにはどのようなポイントが大事なのか、映像とテキストによってよく理解できる。

  NYTが映像とテキストによって、新しい表現形式に挑戦していることは、このシリーズのなかですでに取り上げた。

 年明けのリニューアルとともに、映像とテキストを組み合わせる部署を拡充するとともに、報道競争の花である五輪をきっかけとして、メディアの新しい一頁を切り拓いたと思う。

  メディアと五輪が織りなす歴史を振り返ると、1936年ベルリン大会で初めてテレビ放映がなされ、先に触れたように1964年東京大会の日米中継、カラーによる放送など、テレビの進化の歴史として綴られてきた。

  2020年東京大会に向けて、メディアがどのように新しい転換を迎えるかについても、こうした方向のなかで語られることが多いように思う。それは、ハイビジョンよりも高細度な4Kあるいは8Kのテレビの普及によって、臨場感あふれる世界が家庭に展開するという予測である。

 そうした見方を否定するものではないが、2020年東京大会の時代を想像するときに、テレビという機器がメディアの「窓」としては、王者の地位から降りている可能性が高いことを忘れた論議ではないかと思う。

 テレビ業界で最近唱えられ始めた「セカンド・スクリーン」つまりスマートフォンやタブレット型端末が「窓」のセカンドではなく、ファーストになっているのは間違いない。

 NYTの五輪報道における、映像とテキストの見事な組み合わせは、次の時代を見すえた大いなる挑戦であると同時に、メディア史に残る成果ではないかと考える。

 新聞社がテレビに勝つ。そのような表現も適切ではないだろう。手元や膝の上にのっている端末に向けて、テレビ局や新聞社、出版社が競う時代がもうそこまできている。

 あるいは、新聞社やテレビ局、出版社がメディア・コングロマリッドとして統合して、コンテンツづくりに乗り出さなければならないのだろう。

  「紙かデジタルか」の論争から、映像をどのように組み合わせて行くべきかという新たな戦略の競争が始まる。

 そのときには、無料つまり広告モデルか、有料つまり課金モデルかの論争も終止符を打って、ネットを含めた無料モデルも有料モデルも同時に駆使しながら、メディアの経営の安定を模索することになるだろう。

  そうした視点からみるとき、日本テレビのドラマ「明日、ママがいない」をめぐって論じられている、コンテンツのありかたの問題点も重要であると考えるが、このドラマの配信手法が、メディア史に残ることに触れておきたいと思う。

  「明日、ママがいない」はネット配信により、CM抜きで無料視聴できるようにしたのである。日テレはこのほかにドラマ1本と、バラエティ番組なども同様に配信した。

  スマートフォンやタブレット型端末による視聴によって、番組に対する注目度をあげて、リアルタイムの視聴率をあげようというものである。

  テレビ局がこれまで、有料配信とリアルタイムの広告モデルの2本立てだったのとは、別である。

  日米のメディアの新しい取り組みは、「映像の世紀」といわれる20世紀から、新端末が切り開く21世紀のメディアのありようを映し出している。  

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