今夏に経営破綻し、休刊した茨城県の地方紙・常陽新聞が、ベンチャーを育成する投資ファンドのユナイテッドベンチャーズ(東京・港区)によって買収され、来年2月にも復刊する。このファンドの代表取締役の楜澤(くるみざわ)悟氏が、常陽新聞の新社長に就任した。ソフトバンクグループの映像配信事業などにかかわった後、独立した楜澤氏は「地域情報を発信する新聞社の事業の将来性は十分にある」と語る。
投資ファンドが新聞経営に乗り出すのは、日本で初めてのことになる。一方、米国では著名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が率いる投資会社がここ2年ほど、地方紙のネットワークを買収している。アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏によるワシントン・ポストの買収は今夏のことである。
楜澤氏によって、常陽新聞はいま12月中旬のパイロット版の製作に向けて準備を急いでいる。休刊した紙面は、通常の新聞紙大のいわゆる「ブランケット判」であったのに対して、新紙面は「タブロイド判」である。さらに、スマートフォンやタブレット端末向けのニュース配信も予定しており、「常陽新聞」の題字は引き継ぐものの、実質的には新創刊といえる。新会社の従業員は20人、休刊前の従業員のなかから再雇用した人員が中心である。設立登記は11月29日になされた。
茨城県土浦市とつくば市など県南部の市町村を販売エリアとしていた、常陽新聞は、今回の楜澤氏による買収によって、本社を土浦市からつくば市に移して、休刊前の底堅い地盤とともに、首都圏と結ぶ「つくばエクスプレス」沿線の新しい住宅街の拡販を目指している。
「紙」のみだった休刊前の部数は、約5000部。「第2県紙」と呼ばれる県全体のニュースにも目配りした紙面だった。
新創刊号は、つくば市と土浦市を含む13市町村をターゲットに絞った紙面と、端末向けのニュース配信を志向している。「地域情報の発信に力を注ぎたい」と、楜澤氏は新紙面の狙いを語る。
楜澤氏は1996年にソフトバンクに入社。スカイパーフェクトTVの経営企画にかかわったほか、ソフトバンクの子会社でブロードバンドの映像配信の経営を手掛けた。ベンチャー・ファンドの経営者として、いくつかのベンチャーの株式公開にも成功している。
新聞事業に進出した経緯や事業の目論見などについて、インタビューした。
――常陽新聞の買収について、ソフトバンク出身であることから、資金の提供者として同社がとりざたされている。実態はどうなのか。
今回の案件は、ソフトバンクとはまったく関係がない。自分の資金を投じた事業である
――新聞業界は部数と広告の減少に経営環境が悪くなっている。あえて、この業界に進出する理由はどこにあるのか。
地域に根を張った地方紙や地域紙は、それほど部数が落ちてはいない。地域の情報を読者に発信していけば、事業として将来性はあると考えている。休刊するまで60年以上も地元に根付いた新聞だった。人口が増えている地域に対して、従来以上に拡販していきたい。
――「紙」と「デジタル」の情報発信の関係について、どのように考えているのか。
どちらも地域情報を届けるのに有効な手段だと思う。『紙』によって読者を掘り起こすとともに、30代から40代、さらに若年層にはスマートフォンなど、デジタルサービスを通じて、読者を増やしていきたい。
――新聞への新規参入はいつごろから考えていたのか。
ソフトバンクグループに入って以来、映像サービスなど、メディアにかかわる仕事をしてきた。いずれ新聞も手掛けてみたいと考えていた。たまたま、常陽新聞が休刊した後、今秋に管財人と接触して、買収にこぎつけた。新聞づくりにかかわってきた従業員の方たちが、方々に散ってしまう前に、実質的に事業を継続できたのは幸運だった。
新紙面の価格については、検討中であるが、紙とデジタルサービスのセット販売で、月額二千数百円となる見通しだという。
ジャーナリズムを担う新聞経営のなかで、課題となる「編集権」と経営の関係については、組織を「編集・編成部門」と「販売・営業部門」の大きくふたつとしたうえで、楜澤氏は主に後者に力を入れるという。「編集・編成部門」のトップの人選は今後に残されている。
「メディアウォッチ」のシリーズでは、すでに常陽新聞の倒産問題を取り上げて、首都圏の地域情報の担い手が、経営継続できるビジネス・モデルの必要性を指摘した。
常陽新聞の新たな挑戦は、その回答を出すことができるだろうか。新創刊が待たれる。
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