「やられたらやり返す、倍返しだ」の台詞が流行語となった、TBSのドラマ「半沢直樹」の最終回(9月22日)の関東地区の平均視聴率は42.2%を記録し、平成(1989年)以降の民放の連続シリーズとしては最高となった。本誌の連載小説『銀翼のイカロス』の作家である池井戸潤氏の原作である。
今年度第2四半期(7月~9月)の視聴率競争において、TBSは健闘しており、月間視聴率でフジを抜く局面もあった。下期の視聴率競争は、TBSが上位のテレビ朝日と日本テレビにどこまで肉薄するかが焦点である。万年4位の位置から浮上する可能性もささやかれている。
いうまでのなく、テレビ局のビジネスモデルは、リアルタイムの視聴率にも基づいている。広告料金は時間帯によって異なるが、視聴率がその価格を決める。電通の中興の祖である第4代社長の吉田秀雄が、テレビの草創期に確立したことから「吉田モデル」ともいわれる。
このモデルに修正が加えられる激変の前夜に、テレビ業界はいまある。日本唯一の視聴率調査会社である、ビデオリサーチは10月から「録画視聴率」つまり、番組がリアルタイムばかりではなく、録画でどの程度みられているかの記録を公表する。いずれ、広告料金の算定に利用されるのは間違いない。この延長線上には、ネットを経由したビデオ・オン・デマンド(DVD)やスマートフォン、パッド型端末での視聴率の導入も視野に入ってくるだろう。
リアルタイムのテレビという「窓(Window)」ばかりではなく、さまざまなウィンドウで見られる番組を制作する能力が問われる。マルチウィンドウで収益を予測するのは、米国のメジャー・スタジオすなわち映画会社の経営手法である。封切り前に航空機のファーストクラスで上映し、ロードショー、全国の映画館で上映、テレビ放映権、VOD、DVDの販売など、1本の映画について、投資とその回収を予測する。
日本の視聴率モデルが激変する未来に、キー局の経営戦略に求められるのは、こうした精緻なマルチウィンドウ時代の制作力をいかに強化するかである。その成否はいうまでもなく才能あるプロデューサーの腕にかかっているから、そこには数値では測りきれない人間模様が投影される。
「半沢直樹」の大ヒットを手がかりにして、そうしたキー局の制作能力の深層をながめてみたい。民放の連続ドラマの視聴率としては、比較可能な77年以降では2011年の日本テレビ「家政婦のミタ」を抜いて7位である。このランキングをながめるとき、TBSの経営層にとっては感慨深いものがあったに違いない。79年の「水戸黄門」がトップであり、83年の「積み木崩し」が5位、視聴率40%以上のドラマはTBSとその他は日本テレビの制作した番組だけなのである。フジが台頭する70年代後半まで、TBSは民放の雄であった。
70年代後半にメディアに就職を目指した筆者にとって、TBSは願書すら出せない門戸を閉ざした企業であった。部長以上の推薦がなければ、入社試験を受験できなかったのである。これには、70年代の成田空港反対闘争に対する同社の報道や、それ以前のベトナム戦争報道などに対する政権の反発、退社した社員たちによって日本初の番組制作会社であるテレビマンユニオンの設立など、TBSをめぐるさまざまな事件が背景となっている。しかしながら、広く人材を求めることを一時期やめたことが、のちの視聴率競争の凋落のひとつの原因ではなかったか。その後、入社の公募に条件はなくなった。
フジテレビを追いかける立場になった90年代からTBSに入社して、プロデューサーになった社員たちが、TBSの巻き返しの原動力となっている。
「半沢直樹」に先立って国民的番組となった、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の脚本家である宮藤官九郎氏を、テレビドラマの脚本に初めて起用したのは、磯山晶氏である。「木更津キャッツアイ」シリーズは映画にもなった。
「半沢直樹」のプロデューサーは、制作会社から中途入社した伊與田(いよだ)英徳氏である。映画化された東田圭吾原作の「麒麟の翼」の前シリーズともいえる、テレビドラマを手がけた。
日本のテレビ局のなかで、マルチウィンドウに対応した経営の運用をしているところはまだない。キー局の有価証券報告書をみると、TBSが実はその概念にもっとも近い経営をしていることがうかがえる。セグメント情報として「映像・文化事業」の柱を立てて、DVD販売やインターネットのVOD、映画の収益などをまとめて分析してみせている。
かつて、フジテレビが台頭したとき、TBSは「視聴率」ではなく、「視聴質」という考えを表明した。番組をみている視聴者の購買力などが、率で低いけれど効果がある、というものだった。その時には、敗れいく者のいい訳めいて聞こえたものだ。「半沢直樹」の成功のように、「率」も上昇するなら、「質」と相乗効果になる。
マルチウィンドウ時代は、「質」は売り上げにつながる可能性が高い。それは制作能力が決める。そうした視点から、TBSの戦いをみるのは興味深い。
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