メディアのトップが交代する理由は、ジャーナリズムを担っているがゆえに、厳しい社会規範に迫られた果てである場合が多い。しかしながら、のちに振り返ってみれば、経営の大きな転換点にさしかかっていたことがわかる。
日本を代表する通信社である一般社団法人共同通信社がさきごろ、定時社員総会とその後の理事会で、新社長に福山正喜氏を選任したこともいずれそのように社史に刻まれるだろう。
前任の石川聰氏が退任したのは、人事部門の責任者が新卒採用にあたって、応募してきた女子学生に不適切な関係を迫ったことが明らかになったからである。この不祥事は許されるものではない。
新体制のもとで、理事を1名増員したほか、非常勤監事に弁護士を迎えるなど、コンプライアンス体制の強化に取り組んでいるのは当然である。
共同通信社は、戦前の同盟通信が終戦直後に解散して、それを母体として社団法人として発足した。同盟通信の広範な業務のうち、新聞と日本放送協会に対するニュースの配信を目的とした。一般購読者を対象にした通信や経済情報の配信、出版事業を分離、独立したのが、株式会社時事通信である。
同盟通信は戦時中に政府の主導によって作られた。電通の前身である日本電報通信社の通信部門と連合通信が合併した通信社である。日本政府の政策や主張を海外に発信する業務を担っていた。共同通信社はその機能を引き継いだ。
共同通信社は、国内向けと海外向けのふたつの顔を持つ。地方紙に対するニュースの配信つまり地方紙のバーチャルな本社ともいえる機能と、APやAFPといった欧米の通信社と並ぶ世界にニュースを発信する機能を合わせ持っている。
日本の主要メディアのなかで、入社試験にかつては唯一英語ともうひとつの外国語を課していた。第2外国語は現在、任意であるが採用の参考となる。国際通信社の矜持である。
この国際通信社が、国内の新聞の巨大なプラットフォームになる道を歩んでいる。世界の主要な通信社としては例のないことである。新聞のプラットフォームとはなにか。共同通信社が開発した新聞製作のみならず、スマートフォンやタブレット型端末向けの配信システムを、地方紙などの加盟社が共通して利用できる仕組みである。
ニュースというコンテンツの側面からみると、共同通信社が配信する記事のほか、究極的には加盟社の記事を相互に利用できる。加盟社の総部数は、今年上半期の想定で合計2728万部である。いうまでもなく、読売新聞と朝日新聞を足し合わせた部数よりも多い、国内最大のプラットフォームとなる。
このプラットフォームのシステムを利用した新聞製作の第1号は、東北を代表する地方紙のひとつである東奥日報である。同社は9月中には、新聞製作をこのシステムに全面的に移行する。すでに、7月から小中学生向けのタブロイド紙と週刊のテレビ情報紙の製作をしている。8月中旬からは本紙の朝刊ニュース面をテストする。
日本のメディア史のうえでも、画期となる出来事である。
共同通信社が終戦後に発足した時点では、朝日、毎日、読売の大手3紙も加盟社つまり共同が取材したニュースの配信を受けていた。新聞の普及が進むなかで、大手紙は全国的な取材網を拡大する方針に転じて、ついに1952年9月3社は加盟社を脱退した。その後、日経もこのあとを追った。ただし、この時は、共同の国内ニュースの配信を受けることを止めたのにとどまり、海外ニュースの配信はその後も受け続けた。また、プロ野球やサッカー、五輪、国体などの記録の配信も継続してきた。
ところが、朝日と読売は2012年春をもって、共同からの外国ニュースとスポーツ記録の配信の契約を解除した。その一方で、両社と時事通信はスポーツ記録の配信について提携したのである。
さらに、読売が系列の放送会社に自らの内外ニュースを配信して、そうした放送会社は共同から脱退していった。その動きに朝日が追随した。
共同は2010年4月に58年ぶりに毎日を加盟社に迎え入れることができたが、朝日と読売の「通信会社」化は経営上の痛手となった。
国際通信会社としての海外ニュース部門の屋台骨を揺さぶったといえるだろう。
民主党政権下の事業仕分けによる、在外公館向けの配信サービスが競争入札を迫られ、収入が減ることも、国際通信会社としての共同にとってはその影響は小さくない。
一般社団法人としての共同の経営の指標となる黒字は、正味財産の増加という形でとらえられる。2012年度のそれは、29億200万円、前年度は110億2200万円であった。
日本の海外発信の主体となってきた、共同通信社はニュース配信を受ける、地方紙を中心とする加盟社の会費によって支えられてきたのである。
共同に代わって、大手紙がその役割を果たす人材と経営の余裕はあるか。朝日と毎日は英字紙から撤退し、日経は今秋から「Nikkei Asian Review」を発行することをもって、「The Nikkei Weekly」は9月末で休刊する。英文サイト「Nikkei.com」もNikkei Asian Review創刊と同時に休止する。
共同の新経営陣のみに、日本の対外発信の責任を負わせるのは酷というものだろう。日本のメディア全体が、これから考えなければならない大きな課題のひとつである。
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