地下鉄・永田町駅の売店のニューススタンドで、ジャパンタイムズとヘラルドトリビューンを買う。政治の街の地下にある、駅の乗降客の情報感覚がわかる新聞の品ぞろえである。
このふたつの英字紙のスタンドのラックが今年10月からひとつになる。
ジャパンタイムズがヘラルドトリビューンの発行元である、ニューヨーク・タイムズ(NYT)と提携して「ジャパンタイムズ/インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ」を発行する。新たな英字紙はふたつのセット紙で、第1部がジャパンタイムズで、第2部がNYTである。
ジャパンタイムズは1897(明治30)年創刊の日本を代表する英字紙である。「ヘラトリ」の愛称で知られる、インターナショナル・ヘラルドトリビューンの前身は1987年創刊のパリ・ヘラルド。ワシントン・ポストとNYTがともに経営にかかわった時代もあった。
日本の英字紙市場における両紙の提携の背景には、世界的な新聞のデジタル化競争がある。先行するウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とファイナンシャル(FT)に対して、NYTはいま、デジタルと紙のセットによって両紙を追走している。
歴史あるヘラルドトリビューンの社名と題字を「インターナショナル・ニューヨークタイムズ」について、NYTは今年後半に改める。
ジャパンタイムズとのセット紙の読者は、NYTのサイトとスマートフォン、タブレットのサービスを無料で利用できる。
東京の地下鉄やホテルのニューススタンドが今秋に、ちょっと模様替えになる。デジタル化の潮流はすでに、日本の英字紙市場を大きく変えている。
世界を代表するWSJもFT、NYTもネットの契約で直接読める。ワシントン・ポストもまた、最近ネットの無料モデルからライバルと同様に有料モデルに大きく舵を切った。
日本の英字紙市場はどうか。日本ABC協会によると、2012年下半期の部数は、ジャパンタイムズが2万7225部、ディリー・ヨミウリが2万6673部である。このほかにニッケイ・ウィークリーがある。朝日新聞が発行していた、アサヒ・イーブニングニュースも、毎日のマイニチ・ディリーニューズもすでにない。マイニチは2001年にウェブに移行した。アサヒ・イーブニングニュースは2011年まで10年間、独自編集路線を変更して、ヘラトリの記事を合わせて編集した「ヘラルド朝日」を発行した。
日本の戦後の英字紙市場をおおざっぱに振り返ると、老舗のジャパンタイムズとアサヒ・イーブニングニュースが2強であった時代が長く続いた。1990年代に入って、ディリー・ヨミウリが低廉な価格で構成をかけて、ジャパンタイムズと並ぶ形となった。そして日刊英字紙として2紙が残った。
英語を母国語としていない国なかで、英字紙が4紙も競合していた例はないといわれる。その理由とはなんなのだろうか。もちろん英語学習の手段という側面を否定するものではない。
しかしながら、おおきなヒントが、戦前創刊のジャパンタイムズもマイニチ・ディリーニューズも、戦争中に1日も休刊しなかった事実にあるのではないか。敵性言語として一般にはその使用が制限されていたにもかかわらず。
日本の主張を英語で発信するために、政府が発行を継続する方針をとったばかりではなく、日本軍がフィリピンやシンガポールなどを占領すると、英字紙の現地印刷も試みられたのである。
日本政府や日本の事情を知ろうとする読者の需要に応えたといえるだろう。
日本の英字紙が活況を呈したのは、終戦直後に駐留軍をはじめとする大量の外国人が日本に住んだ時代と、日本経済がバブルに向かって沸騰した時代である。日本の情報に飢えた人々がいた。軍人とその家族であったときも、日本株や債券を売買する金融機関のディーラーだったときもあったろう。
ジャパンタイムズとNYTのセット紙は成功するだろうか。アベノミクスによって、日本経済が再び「日が昇る」とするならば、可能性がないわけではない。
しかしながら、日本の英字紙が興隆したこれまでの時代と決定的に異なる環境は、いうまでもなく、インターネットという武器をいかに使うかである。
セット紙の販売に向けて、ジャパンタイムズのネット戦略がどうなるかはいまのところはっきりとしていない。NYTと同様の「紙もネットも」のビジネスモデルを構築できるだろうか。
日本の新聞業界のなかで、デジタル化路線の先頭に立っている日本経済新聞はすでに、2002年3月に「英文改革検討委員会」を立ち上げて、ニッケイ・ウィクリーの方向性を確定している。英文の速報を大きな柱として、夜間の業務を全面的にニューヨークに移管したのである。紙はタブロイド判に改定した。ネットとタブロイド化によって、読者を増やしているWSJの戦略を先取りしている、といってはほめすぎだろうか。
世界的なデジタル化の潮流をふまえながら、日本のメディアとして英文の発信をどうするか。経営課題として重要な点である。
ヘラトリとの提携関係を解消した朝日の経営判断も、その当時の採算性の視点からはうなずけないでもない。
さて、NYTの世界戦略の日本の担い手となった、ジャパンタイムズの方向性は一応決した。このままの形で、経営の継続性は確保されるだろうか。ディリー・ヨミウリはどうするか。
日本の英字紙市場は、計10万部といわれて久しい。中堅の地方紙並の部数ではあるが、この小さな市場で起きている現象の先に、業界全体の未来がみえる。