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メディア論

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首都圏の代表的な地方紙である「神奈川新聞」が政治・経済などの総合面を中心として、かつてない紙面改革をしたのは、9月のことである。横須賀、横浜、川崎などの地域面の写真はオール・カラー化した。

 茨城県土浦市を拠点とする「常陽新聞」が経営破たんして、65年の歴史に幕を下ろし廃刊してから、2カ月余りがたつ。茨城県の地域情報の発信を担う地元新聞は、「茨城新聞」1紙になった。

 茨城県の県南地方のニュースを中心としながらも、県全体のニュースも網羅していた「常陽新聞」のような地方紙は、第2県紙と呼ばれる。

「神奈川新聞」と「常陽新聞」のふたつの首都圏の地方紙の挑戦と挫折から、地方紙の将来のありようがみえてくる。

 地方紙と地域紙の定義について、販売地域の規模や部数に基準があるわけではない。北海道新聞、中日新聞、西日本新聞をブロック紙という。都府県の単位でカバーしているのが地方紙、中小の都市を拠点としているのが地域紙とおおざっぱにはいえるだろう。

 これらのブロック紙と地方紙、地域紙が、ある地域のなかで競争を繰り広げている。全国紙がその競争に加わっているのはもちろんである。ブロック紙と地方紙が、「東京紙」と呼んでライバル視する。

 「神奈川新聞」のリニューアルをみていこう。10月23日付の朝刊である。

 1面トップは、「核不使用 日本が初参加」。国連の核不使用声明に日本が加わったニュースである。ページの左肩部分に、秘密保護法案について与党が了解した記事があり、中央には伊豆大島の土石流に関する記事がある。

 今回のリニューアルの目玉とされているのが、「論説・特報面」である。社説を左側にすえて、右側を大きく使って、横浜の女児童の虐待死亡事件から半年後を振り返る特集記事がある。

 首都圏の新聞の厳しい競争で、生き残りをかけて「神奈川新聞」が選んだ道は、全国ニュースと地元ニュースのふたつのバランスであった。

 「常陽新聞」が廃刊直前まで取り組んでいたのは、地元の霞ケ浦に関する調査報道であった。福島第1原発の事故による放射性セシウムが流れ込んでいる実態を報じた。地元ニュースに特化した報道姿勢で経営の活路を求めた。

 しかしながら、部数の減少に歯止めがかからなかったばかりではなく、地元商店街などの不振から広告収入も落ち込んで、倒産に追い込まれた。

「東京紙」の後背地にあり新聞競争の激戦区である首都圏において、地方紙の経営は、難関にさしかかっている。

「神奈川新聞」はかつて、年間売上高100億円企業だったが、今年3月期では81億円余りになっている。埼玉新聞は21億円余り、千葉日報は25億円余りである。

「東京紙」と地方紙の併読から、どちらかを選ぶかあるいはいずれも購読を止める家庭が増加している。新聞と雑誌、書籍などの印刷物への1世帯当たりの年間支出の動向をみると、全体では1994年に6万円近くあったのが、2012年には4万円を超える水準まで落ちている。

 新聞についてみると、2003年の3万4522円から、2012年には2万9646円に下がっている。

 一般紙の総部数は、2001年がそのピークで、4755万部あった。2012年には4372万部と400万部以上も落ちている。

 ブロック紙や県紙、地域紙が健全な経営を保っている地域は、情報発信の担い手がいる。しかしながら、「東京紙」が地方紙や地域紙の牙城を揺るがしている、首都圏はどうか。

「東京紙」の地方版すなわち首都圏版のありようをみれば、地域情報がほとんどないといってもよい状況は明らかである。永田町の政治や霞が関の官庁の動きに記者の大半が割かれている結果である。

 わたしが新聞記者として歩み始めた35年前の佐賀県は、ブロック紙の「西日本新聞」と地元の「佐賀新聞」が激しく争い、福岡を本拠とする「フクニチ」もあった。これに「東京紙」の九州に向けた西部版が加わって、地域ニュースをめぐる競争があった。

 過去の感傷に浸っているのではない。列島のなかで、首都圏は「地域情報の過疎地」という際立った位置にあることをいいたいのである。

 戦後の高度経済成長のなかで、列島の各地から民族の大移動のような人の流れが、首都圏に至った。それらの人々の大半は帰るべき故郷もなく、子孫たちは、ここで生まれいずれここで死んでいくのである。そうした人々に対する地域情報が決定的に不足している。

 埼玉新聞の10月18日付朝刊のトップ記事は、「イヌ・ネコ飼育 条例化 県、10匹以上届け出制」である。経済面を開けば、地元の木工職人がラオスで職業訓練をNPOと一緒にやっていることが記事になっている。「川越まつり」の特集は3ページにわたっていて、祭りに参加する山車がすべて写真入りで紹介されている。

 千葉日報の同日付朝刊のトップは、地元の千葉大学が来年秋から、高校3年生の卒業をまたずにその秋から入学できるようにする、という記事である。題字の横の欄外に青字で大きく「釣り情報掲載」と銘打って、釣りの特集ページは、海と川のそれぞれの釣り場情報が満載されている。

 首都圏の地方紙の生き残りをかけた地域情報の掘り起こしの挑戦は続く。地域情報の過疎地に住んでいる人々がこうした情報に紙ばかりではなく、ネットを通じて接触できるようになり、それによって、ニュースの配信元に利益がもたらされる仕組みづくりが待たれる。

 

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 「やられたらやり返す、倍返しだ」の台詞が流行語となった、TBSのドラマ「半沢直樹」の最終回(9月22日)の関東地区の平均視聴率は42.2%を記録し、平成(1989年)以降の民放の連続シリーズとしては最高となった。本誌の連載小説『銀翼のイカロス』の作家である池井戸潤氏の原作である。

 今年度第2四半期(7月~9月)の視聴率競争において、TBSは健闘しており、月間視聴率でフジを抜く局面もあった。下期の視聴率競争は、TBSが上位のテレビ朝日と日本テレビにどこまで肉薄するかが焦点である。万年4位の位置から浮上する可能性もささやかれている。

  いうまでのなく、テレビ局のビジネスモデルは、リアルタイムの視聴率にも基づいている。広告料金は時間帯によって異なるが、視聴率がその価格を決める。電通の中興の祖である第4代社長の吉田秀雄が、テレビの草創期に確立したことから「吉田モデル」ともいわれる。

  このモデルに修正が加えられる激変の前夜に、テレビ業界はいまある。日本唯一の視聴率調査会社である、ビデオリサーチは10月から「録画視聴率」つまり、番組がリアルタイムばかりではなく、録画でどの程度みられているかの記録を公表する。いずれ、広告料金の算定に利用されるのは間違いない。この延長線上には、ネットを経由したビデオ・オン・デマンド(DVD)やスマートフォン、パッド型端末での視聴率の導入も視野に入ってくるだろう。

  リアルタイムのテレビという「窓(Window)」ばかりではなく、さまざまなウィンドウで見られる番組を制作する能力が問われる。マルチウィンドウで収益を予測するのは、米国のメジャー・スタジオすなわち映画会社の経営手法である。封切り前に航空機のファーストクラスで上映し、ロードショー、全国の映画館で上映、テレビ放映権、VOD、DVDの販売など、1本の映画について、投資とその回収を予測する。

  日本の視聴率モデルが激変する未来に、キー局の経営戦略に求められるのは、こうした精緻なマルチウィンドウ時代の制作力をいかに強化するかである。その成否はいうまでもなく才能あるプロデューサーの腕にかかっているから、そこには数値では測りきれない人間模様が投影される。

  「半沢直樹」の大ヒットを手がかりにして、そうしたキー局の制作能力の深層をながめてみたい。民放の連続ドラマの視聴率としては、比較可能な77年以降では2011年の日本テレビ「家政婦のミタ」を抜いて7位である。このランキングをながめるとき、TBSの経営層にとっては感慨深いものがあったに違いない。79年の「水戸黄門」がトップであり、83年の「積み木崩し」が5位、視聴率40%以上のドラマはTBSとその他は日本テレビの制作した番組だけなのである。フジが台頭する70年代後半まで、TBSは民放の雄であった。

  70年代後半にメディアに就職を目指した筆者にとって、TBSは願書すら出せない門戸を閉ざした企業であった。部長以上の推薦がなければ、入社試験を受験できなかったのである。これには、70年代の成田空港反対闘争に対する同社の報道や、それ以前のベトナム戦争報道などに対する政権の反発、退社した社員たちによって日本初の番組制作会社であるテレビマンユニオンの設立など、TBSをめぐるさまざまな事件が背景となっている。しかしながら、広く人材を求めることを一時期やめたことが、のちの視聴率競争の凋落のひとつの原因ではなかったか。その後、入社の公募に条件はなくなった。

  フジテレビを追いかける立場になった90年代からTBSに入社して、プロデューサーになった社員たちが、TBSの巻き返しの原動力となっている。

 「半沢直樹」に先立って国民的番組となった、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」の脚本家である宮藤官九郎氏を、テレビドラマの脚本に初めて起用したのは、磯山晶氏である。「木更津キャッツアイ」シリーズは映画にもなった。

 「半沢直樹」のプロデューサーは、制作会社から中途入社した伊與田(いよだ)英徳氏である。映画化された東田圭吾原作の「麒麟の翼」の前シリーズともいえる、テレビドラマを手がけた。

  日本のテレビ局のなかで、マルチウィンドウに対応した経営の運用をしているところはまだない。キー局の有価証券報告書をみると、TBSが実はその概念にもっとも近い経営をしていることがうかがえる。セグメント情報として「映像・文化事業」の柱を立てて、DVD販売やインターネットのVOD、映画の収益などをまとめて分析してみせている。

  かつて、フジテレビが台頭したとき、TBSは「視聴率」ではなく、「視聴質」という考えを表明した。番組をみている視聴者の購買力などが、率で低いけれど効果がある、というものだった。その時には、敗れいく者のいい訳めいて聞こえたものだ。「半沢直樹」の成功のように、「率」も上昇するなら、「質」と相乗効果になる。

マルチウィンドウ時代は、「質」は売り上げにつながる可能性が高い。それは制作能力が決める。そうした視点から、TBSの戦いをみるのは興味深い。

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  テレビ朝日のグループ会社を改組して、認定持ち株会社のテレビ朝日ホールディングが2014年4月にスタートする。それを議案とする臨時株主総会が9月末に開催される。在京キー局としては、持ち株会社化は最後となる。

  認定持ち株会社とは、総務省が認定する意味である。ひとつの資本が影響力のある放送会社を複数所有できない、「マスメディア集中排除の原則」は放送行政の根幹となってきた。地上波のみならずBSやCS放送の多局化とデジタル化、さらにインターネットによる放送の経営環境の変化にともなって、持ち株会社化によって、放送会社の経営基盤を強化する目的がある。

 テレビ朝日ホールディングスの設立後の会社概要図によると、持ち株会社の傘下にテレビ朝日と、ビーエス朝日、CS放送のシーエス・ワンテンの3社が完全子会社となる。

 「日本でトップグループのコンテンツ総合産業」を目指すための戦略である、としている。テレビ朝日は2012年度の年間視聴率において、「ゴールデンタイム」と「プライムタイム」の平均視聴率がキー局でトップの2冠である。

 持ち株会社の設立を待たずとも、テレビ朝日はすでに、地上波とBS、CSの番組を総合的に編成する総合戦略部を設置している。報道局にはクロスメディアセンターがある。

 日本の放送会社はそもそも、新聞社が中心となって設立され、マスメディア集中排除の原則をくぐり抜けるために、設立の申請にあたって新聞社が複数の提携する企業と組んで、自らの出資比率を表面的に引き下げた。集中排除の原則は米国の放送規制を導入したものである。通信・放送の規制緩和が1980年代から進展したが、新聞は原則としてテレビ局を傘下に治めることはできない。

 読売新聞と日本テレビ、朝日新聞とテレビ朝日、日本経済新聞とテレビ東京、産経新聞とフジテレビ、毎日新聞とTBSの関係にみられるように、日本の放送史は、新聞社による支配と系列化によって始まった。

 毎日新聞が70年代の経営悪化によって、所有していたTBSの株式を手放したり、逆にフジテレビが産経新聞に出資比率を高めたり、新聞とテレビ局との支配関係には変化があった。

 テレビ朝日ホールディングスの設立によって、朝日新聞社との関係は将来的にどうなるのか。新聞社が放送局を完全に支配下に置く、読売―日テレと日経―テレビ東京、支配関係から協力関係になっている、毎日―TBS、フジ・メディアホールディングスの持分法適用関連会社となった産経、いずれの方向に行くのであろうか。はたまた、別の関係を築くことになるのか。

 それは、新聞社と放送局がこれからのメディア・コングロマリッド(複合体)をどのように構築していくかの戦略にも大きくかかわってくる。

 朝日―テレ朝の将来を予測するためには、「資本の論理」に基づいたいくつかの補助線を引くことによって読み解くことができるだろう。

 テレビ朝日は、朝日新聞社の決算を受けて、「親会社等の決算に関するお知らせ」と題するリリースを5月22日に出している。

  「親会社」朝日新聞による、子会社であるテレビ朝日の出資比率は24.72%である。確かに商法上、ある会社が20%以上の株式を取得していて、両社が同様の意思決定をする条件があれば、親会社と子会社の関係と呼ぶことはできる。

 朝日新聞社の2013年3月期の有価証券報告書の「関連会社の状況」の項目において、持分法適用会社であるテレビ朝日について、欄外の注記は「持分は100分の50以下ではあるが、実質的に支配しているため子会社とした」としている。

  しかしながら、一般的には、親会社と子会社というときには、連結対象かどうかが、その結びつきの強さを示す。つまり、出資比率が50%以上かあるいは40%以上であって、親会社出身の役員が経営を握っている場合などである。

 ちなみに、フジ・メディア・ホールディングスの産経新聞の出資比率は、39.99%である。連結対象ではなく、持分法適用会社である。前者の有価証券報告書によれが、関連会社ではあるが、子会社ではない。

 テレビ朝日は2008年6月に、朝日新聞の社主から株式総数の11.88%に相当する38万株を約239億円で購入した。一族の相続対策を視野に入れた売買であった。この際に、朝日新聞社はテレビ朝日の一部を売却して、33.85%から現在の24%台に引き下げた。特別決議にかかわる3分の1以上の株式を持った子会社が、親会社の株主総会で議決権を行使できないからである。

 これによって、テレビ朝日は、朝日新聞の第2位の株主となるとともに、資本の論理からみれば、親会社の支配力が弱まった。その後、テレ朝のトップは新聞社出身者から初めて、テレビ出身者に代わった。次期社長候補といわれた、新聞社出身の役員が退任する人事もあった。傘下の拠点局の一部のトップもまた、新聞からテレビ出身に交代した。

 テレビ朝日ホールディングスの経営体制が固まるのは、その商号が議案として採択される予定の12月の臨時株主総会とその後の取締役会であろう。

 資本の論理から導き出されるのは、テレビ朝日が主導する形が予想される。

 「親会社」の新聞社にとって、子会社のキー局とその系列局の経営層に人材を送り込めるかどうかは、本体の経営層の人事と大きくからむ。

 それは、グループのメディア戦略の方向性を決める。

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 メディアのトップが交代する理由は、ジャーナリズムを担っているがゆえに、厳しい社会規範に迫られた果てである場合が多い。しかしながら、のちに振り返ってみれば、経営の大きな転換点にさしかかっていたことがわかる。

  日本を代表する通信社である一般社団法人共同通信社がさきごろ、定時社員総会とその後の理事会で、新社長に福山正喜氏を選任したこともいずれそのように社史に刻まれるだろう。

  前任の石川聰氏が退任したのは、人事部門の責任者が新卒採用にあたって、応募してきた女子学生に不適切な関係を迫ったことが明らかになったからである。この不祥事は許されるものではない。

 新体制のもとで、理事を1名増員したほか、非常勤監事に弁護士を迎えるなど、コンプライアンス体制の強化に取り組んでいるのは当然である。

  共同通信社は、戦前の同盟通信が終戦直後に解散して、それを母体として社団法人として発足した。同盟通信の広範な業務のうち、新聞と日本放送協会に対するニュースの配信を目的とした。一般購読者を対象にした通信や経済情報の配信、出版事業を分離、独立したのが、株式会社時事通信である。

 同盟通信は戦時中に政府の主導によって作られた。電通の前身である日本電報通信社の通信部門と連合通信が合併した通信社である。日本政府の政策や主張を海外に発信する業務を担っていた。共同通信社はその機能を引き継いだ。

 共同通信社は、国内向けと海外向けのふたつの顔を持つ。地方紙に対するニュースの配信つまり地方紙のバーチャルな本社ともいえる機能と、APやAFPといった欧米の通信社と並ぶ世界にニュースを発信する機能を合わせ持っている。

日本の主要メディアのなかで、入社試験にかつては唯一英語ともうひとつの外国語を課していた。第2外国語は現在、任意であるが採用の参考となる。国際通信社の矜持である。

 この国際通信社が、国内の新聞の巨大なプラットフォームになる道を歩んでいる。世界の主要な通信社としては例のないことである。新聞のプラットフォームとはなにか。共同通信社が開発した新聞製作のみならず、スマートフォンやタブレット型端末向けの配信システムを、地方紙などの加盟社が共通して利用できる仕組みである。

 ニュースというコンテンツの側面からみると、共同通信社が配信する記事のほか、究極的には加盟社の記事を相互に利用できる。加盟社の総部数は、今年上半期の想定で合計2728万部である。いうまでもなく、読売新聞と朝日新聞を足し合わせた部数よりも多い、国内最大のプラットフォームとなる。

 このプラットフォームのシステムを利用した新聞製作の第1号は、東北を代表する地方紙のひとつである東奥日報である。同社は9月中には、新聞製作をこのシステムに全面的に移行する。すでに、7月から小中学生向けのタブロイド紙と週刊のテレビ情報紙の製作をしている。8月中旬からは本紙の朝刊ニュース面をテストする。

 日本のメディア史のうえでも、画期となる出来事である。

  共同通信社が終戦後に発足した時点では、朝日、毎日、読売の大手3紙も加盟社つまり共同が取材したニュースの配信を受けていた。新聞の普及が進むなかで、大手紙は全国的な取材網を拡大する方針に転じて、ついに1952年9月3社は加盟社を脱退した。その後、日経もこのあとを追った。ただし、この時は、共同の国内ニュースの配信を受けることを止めたのにとどまり、海外ニュースの配信はその後も受け続けた。また、プロ野球やサッカー、五輪、国体などの記録の配信も継続してきた。

  ところが、朝日と読売は2012年春をもって、共同からの外国ニュースとスポーツ記録の配信の契約を解除した。その一方で、両社と時事通信はスポーツ記録の配信について提携したのである。

 さらに、読売が系列の放送会社に自らの内外ニュースを配信して、そうした放送会社は共同から脱退していった。その動きに朝日が追随した。

 共同は2010年4月に58年ぶりに毎日を加盟社に迎え入れることができたが、朝日と読売の「通信会社」化は経営上の痛手となった。

 国際通信会社としての海外ニュース部門の屋台骨を揺さぶったといえるだろう。

  民主党政権下の事業仕分けによる、在外公館向けの配信サービスが競争入札を迫られ、収入が減ることも、国際通信会社としての共同にとってはその影響は小さくない。

 一般社団法人としての共同の経営の指標となる黒字は、正味財産の増加という形でとらえられる。2012年度のそれは、29億200万円、前年度は110億2200万円であった。

 日本の海外発信の主体となってきた、共同通信社はニュース配信を受ける、地方紙を中心とする加盟社の会費によって支えられてきたのである。

 共同に代わって、大手紙がその役割を果たす人材と経営の余裕はあるか。朝日と毎日は英字紙から撤退し、日経は今秋から「Nikkei Asian Review」を発行することをもって、「The Nikkei Weekly」は9月末で休刊する。英文サイト「Nikkei.com」もNikkei Asian Review創刊と同時に休止する。

 共同の新経営陣のみに、日本の対外発信の責任を負わせるのは酷というものだろう。日本のメディア全体が、これから考えなければならない大きな課題のひとつである。

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 出版社と書店の間に立って、書籍や雑誌を流通させる取次業界3位の大阪屋(大阪市)が、経営不振からその再建問題が、出版業界を揺るがしている。消費者からは見えない取次の仕組みは、印刷会社とともに、日本の豊かな出版文化を下支えしていきた。出版不況の長期化に加えて、デジタル化の大潮流が、出版業界全体の構造的な転換を迫っている。

 世界最大のネット書店であるアマゾンが、日本進出を図った際にその取次を担ったのが大阪屋であった。アマゾンの書籍・雑誌販売の推定額は約1500億円まで成長を遂げ、大阪屋と取引条件の改定交渉に入ったが、妥協点を見いだせずに、取次最大手の日版に取引先を変えた。大阪屋にとっては経営上の大きな痛手となった。主要な取引先であるブックファーストが、取次2位のトーハンの傘下に入ったことから、同社分の売上も失った。

 大阪屋の売上高は、主要な両社との取引があった決算期に比べて、約3分の2程度まで落ち込んだ。東京支社の売却などの手を打ったが経営危機は回避できなかった。

 7月末に業績修正を加えて明らかにされた、2013年3月期決算によると、売上高は942億5900万円、営業利益は3300万円の損失、経常利益も6 億1900万円の損失だった。純資産合計は、1億1804万円の欠損となった。

  経営再建の方策として大阪屋が選んだ道は、ネット販売大手の楽天の傘下に入るとともに、大手出版社などからの出資を増強してもらう方向だった。南雲隆男社長が楽天に対して第3社公募増資をすることを6月に明らかにしている。

 日本の出版の発達は、出版社が決めた価格が全国一律に適用される「再編制度」と、日版とトーハンを2大勢力とする取次の機能によって支えられてきた。

取次は単に書籍・雑誌の流通を担っているばかりではない。出版社は取次の金融機能によって経営を担保している。

 出版社から取次、それから書店の書籍・雑誌の流通の仕組みをみていこう。仮に定価1000円(税込1050円)の本の場合を想定する。出版社の大小による取次への卸価格の決定権の強弱や、書籍の種類によって各段階のマージンは異なるが、ここでは平均的なケースとする。

 出版社は取次に対して、700円つまり定価の70%700円で卸す。取次は定価の8%相当の80円を乗せる。書店は1000円の書籍を780円で仕入れることになる。

 取次は出版社に対して、一定期間後に卸値の代金を支払う。出版社からみると、書籍を現金化して、次の出版に備えることができる。取次との精算の際に資金がショートしない限りは、出版社は倒産しない。

 出版社と取次、書店の三位一体のビジネスモデルに加えて、印刷会社が日本の出版文化を担ってきた。出版社は企画と編集を中心として、書籍・雑誌の製作を担い、その出版社を川上とする大きな構図がある。

 こうした三位一体のモデルが、売り上げの大幅な減少に直面している。書籍と雑誌、雑誌広告費を合わせた、出版産業の売上高は、1997年に3兆円を超えていたのが、2012年には2兆円まで落ちている。

これに並行するように、書店数は、2000年から13年にかけて、1万5000店が閉店している。新規開店を加えても、8000店以上もの減少である。

 アマゾンをはじめとするネットの書籍・雑誌の販売の急速な増加が、こうした傾向に拍車をかけている。

 そして、書籍・雑誌のデジタル化の潮流である。インターネットメディア総研の調査によると、2012年度の電子書籍市場は前年度に比べて15.9%増の729億円である。書籍・雑誌全体の売り上げに占める比率は大きくはないが、従来の携帯向け配信中心から、アマゾンのキンドルなどの新しいプラットフォーム向けの需要が大きく伸びていることは、日本の出版業界のビジネスモデルが転換を迫られていることを示している。

新しいプラットフォーム向けは、市場の過半を占めて、前年度に比べて3倍以上の368億円になった。携帯向けは前年度比26.9%増の351億円である。

 大阪屋の経営危機は、こうした出版業界の転換期を象徴する出来事である。取次という部分をとってみると、百貨店やスーパーの再編劇にみられるように、業界の再編の波は避けられない。

ダイエーなどによって1970年代から本格化した「流通革命」は、価格破壊を中心とした既存の流通企業に対する挑戦であった。インターネット時代を迎えて、価格のみならず、質や鮮度などをいかにコンピューターとデジタル回線を結んで効率化するのか。新たな再編が世紀を越えて、繰り広げられてきた。

 出版業という大きな枠組みのなかでみるとき、同社の経営再建の方向性はどうであろうか。楽天の傘下に入り、大手出版社に資本の増強を求めるのは、緊急避難的な方策に過ぎないのではないか。

 出版業のありようは、国によってその歴史的な伝統のうえに成り立っている。日本の三位一体のビジネスモデルは、江戸の絵草子などのコンテンツの流通にまでさかのぼる。それが、「クールジャパン」に至る、日本の豊かな出版文化を育んできたのである。

 インターネット時代のネット販売やデジタル化は、あらゆる技術進歩がそうであるように、後戻りはない。

 この新しい時代に、出版業が担っている知の創造と、それを人々に伝える機能をどのように構築していくのか。出版人はその責任を問われているのである。

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