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政治経済情報誌・ELNEOS 5月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 メディアの経営が政権によって揺さぶられている。言論機関としての新聞・放送が「モリカケ問題」をきっかけとして、安倍一強体制を追い詰めている裏面史が刻まれようとしている。

 政府の規制改革推進会議が検討している放送事業改革のなかで、政治的公正を掲げている「放送法4条」の撤廃問題である。この条項は番組制作の前提として、➀公序良俗②政治的公正③正確な報道④意見が対立する問題は多角的な論点を提供する、の項目で構成されている。

 また、放送局の番組制作部門と配信部門つまりソフトとハードを分離することも検討課題としている。

 インターネットメディアの進展によって、通信と放送の融合という観点から、この分野においてあらゆる法律が新しい産業の発展の足かせになっていないかどうか、という視点から検討を加えてきた。

 日本民間放送連盟の会長である、東京放送ホールディングス・TBSテレビ取締役名誉会長の井上弘氏は、定例会見で、放送法改正に対して真っ向から反対の姿勢を示した。

 「私たち放送事業者は日々の放送を通じて、民主的な社会に必要な基本的情報を全国津々浦々にあまねくお伝えしているという責任もあるし、自負もある。……単なる資本の論理、産業論だけで放送を切り分けして欲しくない」

 民放業界のみならず、政府・与党内の一部にも慎重論がみられる。新聞の社説の論調もまた反対である。

 しかし、メディアの動向に注視している広報パーソンにとって、こうした論議は隔靴掻痒(かっかそうよう)にしてかつ分かりにくい。

 新聞の権益が侵されるという歴史的な視点に立つことによってのみ、事態は理解される。

 放送法を貫いている大きな柱は「マスメディア集中排除の原則」である。放送の先進国であった米国で戦前から導入されているものである。

 世論に影響力のある新聞が、放送という新たなメディアも支配すれば、その世論形成能力はさらに著しいものとなり、ひいては多様性ある論議を封じる危険性がある、というのが「集中排除の原則」のもともとの意味である。米国におけるこの原則は、徐々に規制緩和されており、その詳細はここで論じないが、新聞による放送支配はいまもできない。

 戦後の日本で民間放送局の設立を主導した電通は、新設の放送局の株式について、地方の有力企業などに割り振ったと同時に新聞社を加え、自らも出資した。形式的には、「集中排除の原則」を遵守したが、放送局の社長以下に新聞社出身の役員が並ぶという、実質的に原則逃れの状態が続いている。

 霞ヶ関の官僚が民間企業に天下るように、新聞社の幹部が民放に天下る構造になっている。官僚たちが、大学の同期が民間企業の役員を務めていることから、自らの能力も同じであるから民間企業の役員もできる、と考えているように、新聞社の幹部もまた放送局を支配する。

 新聞社の経営は、部数の急激と広告の急激な減少によって揺らいでいる。頼みの綱の放送利権もまた、ネット広告の増加の趨勢が続けば、二〇二〇年にはテレビ広告を追い抜くと推定されている。放送法改革は、新聞社にとって劇薬である。

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ELNEOS 1月号寄稿

ジャーナリズムの伝統を堅持しながら「デジタル」で産業化の道をひた走る

 英国中央銀行の正面に向かう大通りから、路地を入ったビルの壁に、大判の雑誌を開いたほどの小さな記念板がはめ込まれている。

「ここにロンドン初のコーヒーハウスがあった」と。オープンしたのは一六五二年、そして創業者の名前がある。当時勃興した商業的な新聞や出版物を手にした人々が集まって議論の花が咲いた。民主主義やメディア史のなかで特筆されている。

 ときは、チャールズ王の専制に対して、オリヴァ・クロムウェルが率いた軍が一六四九年に暴君を処刑してピューリタン革命がなり、共和制が実現した(『イギリス史10講』・近藤和彦著)。さらに王制復古を経て、名誉革命に向かう時代だった。英国の長期変動の大きな要因として、近藤氏は言論の自由と「紙」の戦いがあると指摘している。

ノールウェーはデジタル部門の最も進んだ地域

 現在まで継続して発行されている、最古の新聞は、スウェーデンの「Post-och Inrikes Tidningar(スウェーデン語)」である。英文から重訳すると「ポスト・&・国内タイムズ」。一六五四年にクリスチーナ女王が創刊した。一九〇〇年代に入って商業新聞との競争に敗れて、官報としての存在となり、〇七年からはネット版に転換した。

 スウェーデンの新聞界が誇るのは、言論の自由において、法律に加えて倫理規定を世界で初めて、一九一六年に制定したことである。

 英国とノールウェー、スウェーデンの北欧のメディアは民主主義の基盤であるジャーナリズムの伝統を堅持しながら、デジタル時代の産業化の道をひた走っている。パソコンとタブレット型端末、スマートフォンによる「マルチ・デバイス」が、揺籃である。

 ロンドンから北海を空路で越えて、ノールウェーの首都オスロへ。初青空に浮かぶ雲は、地表に近い。上空の冷たい大気が下りてきているためだろうか。ノールウェーが生んだ画家のエドヴェルト・ムンクの絵画について「ノルディック・メランコリー」と呼ばれるのがわかる。冷気を帯びた青は憂愁である。

 王宮に続く大通り沿いのビル街の一角に、ノールウェーの三大メディアグループの筆頭である、「シブステッド」(Shibsted)傘下の「ヴェルデンス・ガング」(通称・VG、Verdens Gang)の本社がある。

欧米のメディア界は、ノールウェーはデジタル部門の最も進んだ地域とみなしている。市場としては人口約五〇〇万人と小さいが、小回りの利いた新しい試みは、自らも進むべき道だと考えているからである。

 VGはノールウェー最大の部数を誇るタブロイド紙。一九九五年にオンラインサービスを開始した。一二年にはモバイル版も。

 一五年には、「マルチ・デバイス」向けと「紙」の合計読者数は、一日当たり二四〇万人になった。「紙」の読者のみなら約一一万部に過ぎない。ピーク時の一九九三年には約三七万部を超えていた。

健全なジャーナリズムと商業主義の組み合わせ

 デジタル部門の読者数を増大させた大きな要因は、画像と映像のサイトである。

世界新聞・ニュース発行者協会(WAN❘IFRA)が毎年表彰している「デジタル・アオード」において、読者とのつながりを深める部門で、一五年に最高賞に表彰された、ファッションサイト「MINMОTE」。会員になると、女性向けのファッションの画像や動画をクリックすると、ファッション・メーカーのサイトに飛んで購購入できる。

このサイトの在り方は、画像や映像が企業から提供されたものである。世界的に論議されている、企業が作った「ネイティブ広告」と、ジャーナリズムが抵触するのではないか、という問題を呼び起こした。

これに対して、VGは企業から提供されていることを明確に表示することで対処した。さらに、読者のブログによって、商品の品質などについて評価を明らかにしている。

 サイトの運営にあたっているのは、女性三人とこれに関した映像部門に二人の計五人がかかわっている。これに対して、一日当たりの訪問者は延べ二十万人から三十万人に及ぶ。

 VGは、このサイトを新聞社のニュースの「母船」から「健全なジャーナリズムと商業主義の最もよい組み合わせを取り出した」としている。

 ノールウェーのタブロイド紙で部数第二の「ダーグブラーデット」(Dagbladet)もまた、「紙」の部数はピークの一九九四年の約二二万部から一五年には約七万部まで落ちている。

 WAN❘IFRAの一四年のデジタル・アオードで、データ・ジャーナリズム部門で最高賞を獲得したのが「Null CTRL(意訳・コントロールキーなき世界)」プロジェクト。調査報道にデジタルを応用するのが、デジタル・ジャーナリズムである。

 このプロジェクトの意図を端的に表現している、サイト及び紙面の大見出しは、こういっている。

「あなたはどのようにして、オンライン上で曝(さら)されているか?」

 プロジェクトのチームはたった二人の記者である。ノールウェー国内のオンライン上にある、約二〇〇〇カ所のカメラがなんらのパスワードもかけられていない状態であることを発見する。家庭やナイトクラブ、店舗、レストランの人々の動きが丸見えなのである。

 さらに、約二五〇〇カ所のインターネットにつながっている、コントロールシステムが極めて簡単か、あるいはまったく侵入に対して無防備であった。このうち約五〇〇カ所は工場や重要なインフラのシステムだった。

 こうした事実を紙面で報道するとともに、ウエブのイトでオンラインのカメラに映し出される映像などをアップしていった。英語のサイトもある。取材は現在も進行している。

一番読まれる記事配信をグラフで示す装置で判断

 オスロから長距離バスと深夜特急を乗り継いで、スウェーデンの首都ストックホルムを目指した。バスの車窓からは森と湖の風景が流れ、広々とした牧草地が広がる。村上春樹の小説『ノールウェーの森』は、ザ・ビートルズの同名の名曲が通奏低音になっている。

 バルト海に浮かぶストックホルムは一四の島から成る。ノーベル賞の受賞晩さん会は市庁舎の「青の間」で催される。

 庁舎に近いビルのなかに、ノールウェーが本拠のシブステッドのスウェーデン本社がある。このビルの一つのフロアを占める「オムニ」(OMNI)は、スマートフォン向けのニュース・キューレーションのアプリケーションとサイトで、世界的に先進的な成功を収めた事例として、欧米のメディアの見学者が絶えない。キューレーションとは、ニュースをさまざまな媒体から選別、編集して読者に提供する仕組みである。

 スウェーデンの人口が約一〇〇〇万人であるのに対して、オムニのアプリケーションをダウンロードしている人数は六〇〇万人。

 創業者のひとりである、マークス・グスタフソンさんは、シンガポールの英字紙でジャーナリスト人生を始めた。ロンドンなどを経て故国に戻って、米国のハフィントン・ポストの創業者らの出資を仰いで、サービスを始めたのは一三年のことである。

 スウェーデンでスマートフォンを含む携帯サイトにおいて、読者の位置情報を利用して的確な広告を打つ戦略を進めていた、シブステッドの傘下に入ることで、事業の発展を期した。

「ニュースに四六時中接していたい、ニュース・ジャンキー(news junkie )を狙った。彼らは高学歴で高収入かつ好奇心が旺盛である」と、グスタフソンさんは語る。

 オムニのキューレーションの対象となるメディアは、親会社の新聞のみならず、英国の公共放送BBCや「ザ・ガーディアン」(The Guardian)など、約一〇〇にも及ぶ。

 編集体制は昼間が三人程度、夜間が二人程度。いずれも記者や編集者の経験者である。キューレーションしたニュースのサマリーをスウェーデン語でつけて配信する。

 ニュースの更新頻度が極めて高い。世界的なニュースの発生の具合にもよるが、五分あるいは一〇分置きも珍しくはない。

「小さなニュースルーム」とグスタフソンさんが呼ぶ、編集室の「企業機密で撮影禁止」は、どんな記事が一番読まれて、それがどの程度の時間を置いて読者数が下がっていくかをグラフで表示する装置。編集者たちはキューレーションをする目の前のPCの画面をみるとともに、常にこの装置が示すグラフに注意を払いながら更新作業をしている。

 オムニは基本的には無料モデルつまり広告収入が収益の柱である。プレミアム会員として、シブステッド傘下の新聞記事を読める有料会員の制度もある。

 シブステッドの一五年の売上高一五一億一七〇〇万ノールウェー㌛のうち、デジタル収入は前年より二割近く増え、全体の約三七%の五六億四〇〇〇万ノールウェー㌛である。

「マルチ・デバイス」の時代をチャンスとみて、起業する「メディア・スタートアップ(Media startup)」の胎動が起きているのである。スウェーデンの南部のカルマル市で地方ニュースをオンラインで配信する「ジャーナリスティク 24」(Journalistik 24)も創刊した。テキストのニュースだけではなく、映像ニュースもある。

ポッドキャストで音声投稿サイトを構築

 もう一度、英国に戻ろう。英国におけるスマートフォン時代の激変ぶりといったらどうか。「マルチ・デバイス」のビッグ・バンともいっていい。ネットメディアの一五年の年間ページビューは八〇億で、そのうち約四七%の三八億はスマートフォンを含むモバイルによる。しかも、モバイル経由は前年に比べて九〇%も増加した。

 一六年春に「紙」を廃刊した、高級紙の「ザ・インディペンデント」(The Independent)はデジタル空間のなかで蘇った。継続したネット版の一日当たりの延べ読者数は、「紙」時代の六六〇万人から三・二倍の二一二〇万人になったと推定されている。

 観光名所であるロンドン塔からテムズ川を渡って一〇分ほど歩いた、小さな三階建てのビルのなかに「オーディオブーム」(oudioBoom)はある。編集しているのは記事ではなくて、音声である。ポオッドキャスト(Podcast)によって、投稿された、記者会見や政治・経済の解説などを配信する。

 英国の公共放送の「チャンネル4」で働いていたメンバーが五年前に立ち上げた「メディア・スタートアップ」である。

 オーディオブームのスマートフォン向けのアプリケーションを立ち上げると、音声をアップすると同時にテキストで内容を書き込むことができる。利用者は五〇万人に近い。アップされた音声は、BBCなどのメディアやジャーナリストが引用の形で利用する。投稿者は利用料の三〇%を得る。

 創業者のひとりで国際担当のルース・フィッツサイモンさんは「ロンドン、メルボルン、ニューヨークの現在の拠点から、英語圏への進出を拡大したい」という。インタビュー時点で候補としてあげていた、インドのムンバイにはすでに事務所を構えている。

 ポッドキャストは新しい技術とはいえない。世界のラジオ局が、聞き逃した番組を聴取できる仕組みとして利用している。「いつでも、どこでも」使えるスマートフォンによる、音声投稿サイトを構築したところが新しい。

 日本のメディアことに新聞界は、デジタルによる「産業化」という言葉に対して拒絶反応が強いようにみえる。ジャーナリズムの旗を掲げることと、産業化は二律背反するものではない。

「メディア・スタートアップ」の流れも,ようやく日本に打ち寄せてきた。大手新聞社や雑誌社からスピンアウトしてネットメディアにかける人々の成否は、時の砂が落ちるのを、もうしばらく待たなければならないのか。                   (完)

 

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ELNEOS 1月号寄稿

新聞からデジタルへ移行した現場でその成功の足跡をたどってみた

 ロンドンの地下鉄・セントラル線は、市内のビジネス街や観光スポットを東西に貫いている。通勤ラッシュの社内は、新聞とスマートフォンを眺める人がほぼ半々である。

 北海を空路で越えて入国したノルウェーの首都・オスロの市民の足である路面電車に乗ると、新聞を読んでいる人はほとんどいない。

オスロから長距離バスを乗り継いて、国際列車に乗り換えて首都・ストックホルムを目指した。森と湖が点在する風景に牧草地が広がる。深夜の特急列車の乗客たちは寡黙で、若者は手元のスマートフォンをみつめている。

新聞発行部数は2年間で8.5%減少

 英国と北欧のメディアの事情を取材するために、二〇一六年の初秋の九月初旬から中旬にかけて、ロンドンとオスロ、ストックホルムを訪れた。

なぜいま、英国と北欧なのか。日本のメディアはこれまで、米国のメディアの動向に学ぼうとしてきた。ニューヨーク・タイムズ(NYT)やワシントン・ポスト(WP)の課金システムに関心を払い、既存のメディアから飛び出したジャーナリストたちによって成功した、ハフィントンが・ポスト(Huffington Post)や政治サイトのポリティカ(POLITICO)に習ってきた。

デジタルニュースに触れる端末が、PCやタブレットの時代から、スマーフォンの急速な普及によっていま、「マルチ・デバイス(複数の端末)の時代である。こうした視点に立つとき、英国と北欧のメディアがひた走る先駆的な産業化の潮流がみえてくる。

 取材旅行の最初の拠点となった、ロンドン・地下鉄セントラル線のクウィーンズウエイ駅に戻りたい。ロンドンの中心部にある広大なハイド・パークが近い。ジュリア・ロバーツ主演の映画「ノティングヒルの恋人」の舞台である高級住宅街に連なるノッチンガム・ヒル・ゲイトは隣駅である。

 初秋の暖かなに差しを浴びながら出口に向かう乗客たちは、エスカレーターの昇りと下りの境目にある滑り台のようなスペースに新聞を次々と捨てていく。

 通勤客が手にしている新聞は、「メトロ(METRO)」である。創刊が一九九九年の無料紙は二〇〇〇年代半ばには一〇〇万部を超えて、ライバル紙も登場して欧州大陸にも広がった。しかし、ロンドンの朝刊の無料紙はいまでは、「メトロ」一紙となり、夕刊も有料はなくなって無料紙の「イーブニング・スタンダード(Evening Standard)だけになった。

 大衆紙の「ディリー・ミラー(DAILY Mirror)を発行している、トリニティー・ミラー社は今年二月、紙の需要は掘り起こせる、という経営戦略から「ニュー・ディー(New Day)(一部五〇㌺)を創刊したが、売り上げが伸びずにわずか二カ月で廃刊した。

 英国における紙の新聞の「晩鐘」ともいえる出来事だった。新聞発行部数は二〇一四年と二〇一二年を比べると、八・五%も減少している。

 新聞の発行紙数は、それぞれの国の人口や地域の歴史的な成り立ちによって一概に比較はできないが、日本(人口約一億二〇〇〇万人)一〇四紙、英国(約六五〇〇万人)が九六紙、スウェーデン(約一〇〇〇万人)が七九紙、ノルウェー(約五〇〇万人)が七二紙とほぼ同じである。

スマートフォンを中核とした「マルチ・デバイス」

 英国の新聞産業は欧米のなかで、際立った特徴を持っている。全国紙が一三紙もある。これに対して、フランスとドイツは九紙、米国は五紙である。

日本の紙数が人口に比較して少ないのは、戦時中の新聞用紙の適正な配給を理由とする言論統制によって、「一県一紙」体制を原則とする統廃合が図られたからである。

 オックスフォード大学のロイター・ジャーナリズム研究所が二〇一六年初めに、日本を含む二六カ国を対象にした調査によると、英国ではニュースを主として読む端末が、二〇一六年に初めて、スマートフォンがPCを上回った。その普及率は、米国、英国、ドイツ、フランス、日本の先進の五か国が四〇%か、ら五〇%の間にある。米国と英国に次いでこのグループでは、日本は第三位である。

 これに対して、全体の調査対象国のなかで、スウェーデンが六九%で第一位、ノルウェーは韓国に次いで六四%の第三位である。ちなみに、第五位にデンマーク(六〇%)、第七位にフィンランド(五九%)の北欧諸国が入っている。

 スマートフォンを中核とした「マルチ・デバイス」の先進国のメディア産業が歩んでいる道こそ、日本のメディアが生き残るための選択肢なのである。

 英国の高級紙「ザ・ガーディアン(The Guardian)の本社は、英国の列車が発着する、キングス・クロス駅に近い。ガラスに包まれたような建物は、キングス・プレイス地区のランドマークである。ガーディアンは本社機能と編集局を、ここロンドンのほか、ニューヨークとシドニーにも置いている。

ガーディアングループの二〇一六年の売上高は二億九五〇万㍀で、前年とほぼ同じ水準である。そのうち、四割近くをデジタル部門の収入が占めて下支えしている。

 ガーディアンのデジタル分野での新たなジャーナリズムの挑戦は、元米国国家安全保障(NSA)局員だった、エドワード・スノーデンによって、二〇一二年に持ちだされた国家機密に関する報道だった。「スノーデン」の概要は、米政府が大手電話会社ベライゾンから、数百万人の米国人の電通話記録を得ていたのが第一報だった。

 その後、グーグルやフェイスブックなど大手インターネット企業からも会員の利用状況も手に入れていたり、世界各国の首脳の携帯電話を盗聴していたりしていた事実も明らかにした。

「スノーデン文書」の報道は優れたジャーナリストの存在はもちろんいうまでもない。その活動を助けたのが、スマートフォン向けのアプリケーション「ザ・ガーディアン・ウィットネス(the Guardian Witness)」だった。文書に関する情報を文章ばかりではなく、写真、動画なども含めて、読者が投稿できる。この問題で世界の約五万人がかかわった。そのなかでは、文書の中にあった、トルコとシリアにおける、反政府勢力に対する激しい虐待の事実が裏付けられた。

「スノーデン文書」の報道によって、ピューリッツアー賞を受賞した。読者と一体となって事実を解明していく、ジャーナリズムは、デジタル部門の大きな躍進につながった。ウエブへのアクセス数が毎年三割伸びて、利用者は延べ七億六三〇〇万人になった。一日当たりの平均利用者も延べ五〇〇万人に達した。

読者の好みに応じたニュースを提供

 ガーディアンは二〇一五年初めにウエブのサイトを大幅にリニューアルした。スマートフォンのサイトをみると、利用者にとって「簡便」にみえることに主眼が置かれている。ニュースの項目それぞれが「グレイキング・ニュース」(第一報)なのか、記者のブログなのか、解説記事なのか、あるいは論説、ニュース・ストーリなのかがすぐにわかる。

 リニューアルのキーワードの第一は、「アップデイト(Update)」、すなわち頻繁にサイトをみる読者に対して好みに応じたニュースを提供することであり、第二はそれらの記事についてより掘り下げた記事の「エクステンド(Extend)」と、最後が「ディカバリー(discover)であり、読者に新たな驚きを与えることである。

 こうしたウエブ戦略によって、ウエブの利用者は目標としていた延べ一四億人に達した。そのうち、三分の二が英国以外の利用者で占められている。

 ガーディアンのデジタル部門が、経営の大きな柱に成長した背景には、経営陣がこの部門に長期的な視点で注力してきた歴史がある。

 インターネット時代が到来することを前提として、CEОが米国のシリコンバレーを訪れたのは一九九四年のことである。世界の既存のメディアとしては最も早く、デジタルの重要性を認識した新聞社といわれている。九九年にニュース・サイトを立ち上げ、翌年からデジタル部門の編集長を置いたのである。「デジタル・ファースト」宣言をしたのは二〇一一年のことである。

デジタル部門の成長で人員構成にも変化

 日本の新聞社がデジタル部門に進出した時期は、さほど遅くはない。日本初の新聞社系のサイトは、一九九五年三月に開設された朝日新聞出版局の「オープン・ドア(Open Doors)」である。この年の六月に読売新聞が「ヨミウリ・オンライン(Yomiuri On Line)」を、八月には朝日新聞の「アサヒ・コム」が。同時期に毎日新聞の「ジャム・ジャム(Jam Jam)」も。

 しかし、新聞記事の二次利用的な機能が強く、人事異動などによって一貫したデジタル戦略はこれまで描かれてこなかったといえるだろう。そして、スマートフォンの急速な普及を予測できないままに対応ができず、PC向けのサイトの尻尾を引きずっている。

 英国の高級紙「ザ・インディペンデント(The INDEPENDENT)」は、二〇一六年三月に部数が低迷して廃刊となった。二〇一五年秋にはフロントページに、シリア難民の子どもが波打ち際に横たわっている遺体の写真を掲載して、世界的な反響を呼んだ。

 デジタル版は残った。紙の部数は最終的に二〇万部と切っていたと推定される。スマートフォンによるサイトの定期的な読者数は、紙の時代よりも五割近く増えた。サイトの訪問者数も、紙時代の一日当たり延べ六六〇万人から約三・二倍の延べ二一二〇万人に達した。

 日本経済新聞が買収した「フィナンシャル・タイムズ(FT)」は二〇一六年一〇月初旬、サイトを大幅にリニューアルした。FTは新聞の課金モデルとしては、世界のなかで数少ない成功例である、六〇万人の読者を誇る。

職場や家庭のPC向けから、スマートフォンの普及に対応して、「マルチ・デバイス」で簡便に読めるようにするのが大きな狙いである。スマートフォンの画面でニュースを読むのは、スクロールの時間の短縮にかかっている、とみて従来よりも三秒速くした。さらに、主要な読者がビジネスマンであることから、記事に関するプレゼンテーションンの資料やチャートのデータもみられる。

デジタル部門の成長は、メディアの人員構成の変更にも及んできた。大衆紙「ザ・サン(THE Sun)」は二〇一六年九月、紙の新聞のサブ・エディター(日本の新聞のデスクに当たる)二〇人をデジタル部門に配置転換する方針を明らかにした。ガーディアンは、米国の経営を損益分岐点に引き上げるために、デジタル部門は除いて四〇人を削減する。

英国のウエブサイトのページビュー(読まれた頁数)は、二〇一五年の年間で八〇億である。そのうち、従来の携帯電話とスマートフォンを含む「モバイル」は、五割近い三九億。前年に比べると九〇%も増加している。

英国滞在中の二〇一六年九月九日、「米国新聞協会(Newspaper Association of America )」が、「新聞」の文字を看板からはず形で、「ニュース・メディア連合(NEWS MEDIA ALLIANCE)」と改名した、というニュースに接した。英国の旧新聞協会はすでに、「ニュース・メディア協会(news media association)である。

日本の新聞協会には、NHKをはじめ民放各社の放送会社も会員である。新聞の衣を脱ぎ捨てる時期はすでにきている。

           (次号に続く)

 

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東日本大地震から継続するシリーズの財産

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 ジャーナリズムを大きな側面から分類すれば、報道と解説、そして評論となる。熊本県を中心として発生した広域の連続地震は、その影響がいまだに現在進行形であるから、報道機関は現地の報道すなわちルポと、地震の原因とこれからの広がりを含めた解説に注力を注いでいる。

 今回の地震を考えるうえで、NHKスペシャルが4月3日に東日本大震災後の地震研究の成果を振り返った「巨大災害 日本に迫る脅威~見えてきた新たなリスク」が、災害報道の重要な試金石になったことに触れたい。

 東日本大震災から5年を経て、日本の研究者の新たな挑戦をとりあげるとともに、東海地方から九州の太平洋岸に甚大な被害をもたらすことが想定されている「南海トラフ」地震がどのようなメカニズムで発生するのかという問題意識だった。

 京都大学防災研究所の西村卓也・准教授は、GPS(全地球測位システム)の観測を活用することによって、近くの変動を数値化して、地震の発生のメカニズムを解明するとともに、次に巨大地震がどこで起きるのかを探ろうとしている。

 巨大地震の発生は、プレートテクニクス理論によって説明されてきた。海側のプレートが陸のプレートに沈み込んでいくときに、徐々にひずみができてそれが耐えられない圧力となったときに、ずれが生じて地震が発生する。

 日本の西日本の陸はひとつのプレートであるとされてきた。このプレートに海側のフィリピンプレートが沈み込むことによって、南海トラフ地震が発生すると推定されてきた。

 西村准教授は、GPSの数値よって、陸のプレートがひとつではなく、九州は4つのプレートに分かれていると分析している。それぞれの分かれたプレートは違った方向に向かっているのである。大分地方は西へ、長崎と佐賀は南東へ、南部は南に動いている。

 こうしたプレートは表面的なものではなく、地下30㎞付近まで壁のようになっている。この帯状の壁が境目となっている地帯は、過去の地震の震源、震度の帯と一致する。それは活断層である。今回の地震が発生した、布田川断層と日奈久断層はまさにこの活断層である。

 西村准教授は、こうした陸のプレートの境目に地震が起きる可能性と指摘して、警戒を呼びかけていた。

 NHKは4月16日に緊急のNHKスペシャル「熊本地震『活断層の脅威』」を、放送した。14日夜にマグニチュード6.5の地震が発生した28時間後に、マグニチュード7.3の大地震が起きたことを受けたものだった。気象庁は、最初の地震を前震とし、大地震を本震とした。

 本震発生前の15日の取材とことわったうえで、先の西村准教授の冷静な判断が紹介される。

 「プレートのブロックの境目に、ひずみがたまって地震になる可能性が高い」と。

 番組では、キャスターのほかに、NHKの災害担当の菅井賢治と、東京大学地震研究所の平田直教授を加えて、さらに分析を進めていく。

 震災地の入った研究者による活断層のあとを推定される、地面の割れなどが発見されている。

 平田教授は指摘する。

 「地震の震源は地下10㎞から20㎞にある。この深さでひずみによって、岩石が耐えられなくなって破壊され、小さな地震が多数起きている」

 地形の模型を使って、表面の地表の部分を取り除いて、地下に震源が集中している様子をわかりやすくみせている。地震は、まず比較的揺れの小さなP波が起きて、その後に大きな揺れを引き起こすS波が起きる。直下型地震ではふたつの波の間隔が短く、緊急地震速報を出すP波の直後にS波がくるので、室内にいても避難の余裕がない。

 4月3日放送のNHKスペシャルに戻る。東日本大震災後の東北の沿岸部で異常な現象がいま起きている。地震によっていったんは1mほど沈下した地盤が、隆起しているのである。

 東日本大震災前から、海底などに水圧の測定機器を配置してきた、東北大学地震・噴火予知研究観測センターの日野亮太教授は、「想定と異なる別の地震の可能性」を指摘している。

 大震災前には、東北の陸と太平洋側の海のプレートは、西方向に移動していた。震災後は陸のプレートが東に向かうと推定されていた。しかし、この1年間のデータを分析すると、陸のプレートが西に向かっている。これが、地盤の隆起につながっていると、日野教授は推定している。

 これまで、ほとんど陸のプレート移動がなかった、ロシアの沿海州と中国の地盤も東にゆっくりと動き始めている。

 こうした現象の原因として、日野教授は東日本大震災によって急激に動いたプレートの下に対流しているマントルに原因がある、と考えている。マントルはゆっくりともとにもどる粘弾性を持っている。プレートの動きについていけずにゆっくりと動いているのではないか、というのである。

 地盤を隆起させるマントルの動きは、これまでとはまったく異なる大地震を引き起こす可能性もある。

 東日本大震災とその後の地震研究を、定期的にシリーズ化することによって、突発的な自然災害において視聴者に的確な情報を提供する底力を、組織ジャーナリストにつけている。

 

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 ニュースキューレーション時代の生き残り策

Daily Daimond寄稿。週刊ダイヤモンドの購読者向けのサイトです。

 月間のページビューが100億を超える、日本最大級のポータルサイト・ヤフーのニュースサイトに、米国のエンタテイメントやビデオコンテンツの総合サイトBuzzFeed(www.buzzfeed.com/)の日本版が今冬から加わる。

  パソコンのポータルサイトの月間の平均利用者数において、ヤフーが初めてグーグルに抜かれた。今回の提携は、ポータルサイトの集客の核となるニュースサイトのテコ入れという側面がありそうだ。

  両社は8月中旬に合弁で日本法人BuzzFeed Jpan(バズフィードジャパン)を設立した。出資比率は、Buzzfeedが51%、ヤフーが49%である。新会社はすでに編集者と記者の募集を開始している。

  ヤフーのニュースサイトは、新聞社や通信社からニュースの購入契約を結ぶ形となっている。それぞれのニュースに対する広告収入の金額と、購入金額を単純に比較した粗利益は非公表ながら、かなり高水準と推定されている。

 さらに、利用者はニュースサイトを読むついでに、他のサービスを利用することが多いから、ニュースサイトがヤフーの経営に占める役割は大きい。

  日本経済新聞が7月に発表した2014年の「主要商品・サービス調査」によると、パソコンのポータルサイトの月間の平均利用者数のシェア1位はグーグルの29.1%で、ヤフーはそれを1.8ポイント下回った。昨年は、ヤフーが25.5%の首位を確保し、グーグルは24.7%だった。

  インターネットへの「窓」は、いまやパソコンからスマートフォンに大きく転換しようとしているとはいえ、日本のポータルサイトのナンバーワンの地位にあった、ヤフーとしては首位の座を明け渡した打撃は小さくはない。

  米国でヤフーがグーグルに追い抜かれて、その背中も見えない状態に陥っている悪夢が重なるのではないか。

  ヤフーの年明けからの戦略をながめると、ニュースサイトにおける新たな布石が目立っている。

  今春には、スマートフォンのヤフーのトップページをリニューアルして、ニュースがより読みやすくなった。

 全国の地方紙などにニュースを配信している、共同通信の子会社と合弁会社を立ち上げて、ウェブのニュース配信の新しいプラットフォームを模索し始めた。

  昨年末には、有識者や個人がニュース解説や意見を配信できる仕組みを、ニュースサイトのなかに新設している。

  ヤフーの経営の大きな柱となっているニュースの分野を脅かしているのは、グーグルのニュースサイトだけではない。

  さまざまなニュースの媒体や個人の意見をウェブ上から集めて、編集して読者に提供する「ニュースキューレーション」サービスが激化している。

 ヤフーのニュースサイトは、そもそも巨大なニュースキューレーションサイトとして、産声を上げたのである。ただ、当時はいまのように競合するキューレーションサイトがなかったので、名称がつかなかったのである。

  電通総研の研究主幹である美和晃氏は、「若者たちがネットのメディアを選ぶ理由」と題したリポートのなかで、キューレーション時代について、次のように定義している。

  「近年、スマートフォンの普及により、いつでもどこでもネットに接続される情報環境が実現してきました。その状況に後押しされて、ソーシャルメディアを含むさまざまなリンク先から、次々と新しい情報(ニュース)がリアルタイムで入手できる時代になりました」

  電通総研は3月初旬に全国の15歳から69歳の計4367人を対象にして、頼りにしている情報源・メディアの関する調査を行った。

  全体でみると、テレビのニュース・報道番組に次いで、ポータルサイトのニュースが2位に着けている。まとめサイトは15位、ネタ・話題系サイトは19位だった。

  20歳代についてみると、まとめサイトが7位、ネタ・話題系サイトも13位に上昇する。さらに、全体では顔をださなかったキューレーションサイトが18位に登場する。

  さらに、キューレーションサイトの利用者の関心領域などを分析している。その領域は「政治・経済・時事情報」にも興味があるが、特徴が最も現れているのは「コミック・アニメ・ゲーム」や「生活情報」(天気や交通事故、事件など)である。さらに、個人的興味や仲間との話題の共有を重視していると同時に、「流行情報」や「トレンド」に意識がいく傾向が強いとしている。

  ヤフーが提携したBuzzFeedは、そうして米国の若者の人気を集めているサイトである。日本版がどこまで日本の若者のニュースに対する嗜好をとらえるか。ヤフーのニュースサイトの今後に大きな影響を与えるプロジェクトである。

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