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「そのとき、メディアは――大震災のなかで」第1部 ⑲ 生涯に起きない事態

2012年5月14日

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生きている間に起こらない事態

 日本放送協会(NHK)の科学・文化部長の本保晃は、原発事故が急速に深刻化するなかで、取材陣の指揮をとったひとりである。震災翌日の12日に事態は急変していく。

 

 午後3時42分、原子力災害の注意報にあたる10条通報が、さらに午後4時45分、警報にあたる15条通報がそれぞれ東京電力から保安院に出された。

 10条通報も15条通報も、あらかじめ準備していた予定稿にデスクが手を入れて順次出稿していった。しかし、10条通報にとどまらず、一気に15条通報にまで至ったことは、私たちにとって大変な驚きだった。ベテラン記者の一人は「生きている間に本当に15条が出るとは思っていなかった」と語ったが、これは原発記者の偽らざる感覚だったのではないかと思う。さらに、10条通報から15条通報までの間がわずか1時間あまりという急展開にも、内心驚いた。

 15条通報となると、総理が「原子力緊急事態宣言」を行うはずだ。私たちは、官邸からの中継に備え、スタジオ解説の専門記者をスタンバイさせた。

 ここに、原子力災害に対する、NHKとしての二つの基本的な考え方が表れている。一つ目は、緊急事態や避難に関する情報を早く正確に伝えるため、重要な記者会見は生放送にすること。二つ目は、情報が十分に理解され、市民の間で無用な混乱が起きないよう、専門的な事柄については取材経験を積んだ専門記者(または専門家)がスタジオ出演して、分かりやすく解説をすることだ。

 午後7時40分過ぎから枝野官房長官の記者会見が始まると、解説の記者がスタジオに入った。解説は、主にこの記者と当部出身の解説委員の2人が交互に出演する形でスタートし、そのまま2カ月余りにわたってほぼ毎日続けることになった。急に飛び込んでくる情報や映像にコメントを加えることや、専門的な内容を分かりやすく解きほぐすことが、その目的だったが、解説には、次第に「新たな役割」を求められることになった。

 それは「被災者の状況を踏まえ、今なにが必要で何が大切かを、ジャーナリストの視点で指摘する」という、文字にすると当たり前のことである。たとえば、今後の見通しを可能な範囲で示していくこと。また、国や電力会社の発表を分かりやすく伝えるだけでなく、その両者に欠けていること、求められていることについても、コメントしていくことだ。これは、今回放送を続ける中で、あらためて意識した報道姿勢だった。

 原発報道は終わらない。終わる日を誰も知らない。

 

(「そのとき、メディアは――大震災のなかで」 第1部 完)

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参考文献

新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
膨大な被災者の今を伝え続ける  河北新報社・編集局長 太田巌
地方の視点で震災と原発に向き合う  福島民報社・編集局次長 安田信二
求められる情報、総力で迫る  朝日新聞東京本社・社会グループ 石田博士 | 朝日新聞名古屋本社・報道センター次長 日浦統
最初の6時間 テレビは何を伝えたか  日本放送協会「ニュース7」編集責任者・等々木健

新聞研究2011年7月号
危機に問われる新聞力  岩手日報社・常務取締役編集局長 東根千万億
未曾有の災害連鎖を伝える報道  福島民友新聞社・編集局長 加藤卓哉
総合力で新聞の力を示すために  読売新聞東京本社・編集局総務 松田陽三
特別紙面「希望新聞」の取り組み  毎日新聞東京本社・生活報道部長 尾崎敦
現場取材で感じる人々の思い  茨城新聞社・日立支社 川崎勉
被災者基点と共助を座標軸に  河北新報社・論説委員長 鈴木素雄

新聞研究2011年8月号
激動の原発事故報道  朝日新聞東京本社・前科学医療エディター 大牟田透 | 朝日新聞東京本社・政治グループ 林尚行
率直な疑問をぶつけていく  東京新聞・科学部 永井理
地元の安全対策論議に応える  静岡新聞社・社会部長 植松恒裕
食の安全・安心と報道の役割  日本農業新聞・農政経済部長 吉田聡
市民による震災報道プロジェクト  OurPlanet-TV・副代表理事 池田佳代

新聞研究9月号
地域社会との新たな関係づくり  河北新報社・メディア局長 佐藤和文
原発災害報道にツイッターを利用  日本放送協会 科学・文化部長 木俣晃
新聞社の高い取材力を実感  グーグル・プロダクトマーケティングマネージャー 長谷川泰
長野県栄の震災をどう報じたか  信濃毎日新聞社・飯山支局長 東圭吾
感情を抑えて、被災地に寄り添う  河北新報社・写真部 佐々木 浩明

新聞研究2011年10月号
取材で感じた報道写真の役割  毎日新聞東京本社 編集編成写真部 手塚耕一郎
後世に「教訓」を伝える  岩手日報社・編集局報道部次長 熊谷真也
全社的訓練とノウハウが結実  日本放送協会・福島放送局放送部 鉾井喬
頼られる存在であり続けるために  岩手日報社・編集局報道部長 川村公司
震災のさなかのある地から  河北新報社・編集局長 太田巌

調査情報(TBS刊)2011年7-8月号
未だ蘇る声  東北放送・報道部 武田弘克
震災特番 Web配信  TBSテレビ 報道局デジタル編集部担当部長 鈴木宏友

調査情報2011年9-10月号
テレビ報道が信頼を回復するために  映画作家 想田和弘
震災の前と後で日本の政治は変わっていないし、私も変わらない  文芸評論家・文化史研究家 坪内祐三
「災後」社会を「つなぐ」  政治学者 御厨貴
「焼け太り」のひとつだに無きぞ悲しき  フリープロデューサー 藤岡和賀夫
気仙沼で生まれた自分しか話せないことがあると思うから  スポーツジャーナリスト 生島淳
三陸彷徨 魂と出会う地で  JNN三陸臨時支局長 龍崎孝
結局私は、記者ではなかった  TBSテレビ・報道ニュース部「Nスタ」 森岡梢

放送研究と調査(NHK放送文化研究所刊)2011年6月号
東日本大震災発生時 テレビは何を伝えたか(2)  メディア研究部 番組研究グループ
東日本大震災・放送事業者はインターネットをどう活用したか  メディア研究部 村上聖一

放送研究と調査2011年7月号
3月11日、東日本大震災の緊急報道はどのように見られたのか  メディア研究部 瓜知生
東日本大震災に見る大震災時のソーシャルメディアの役割  メディア研究部 吉次由美

放送研究と調査2011年8月号
東日本大震災・ネットユーザーはソーシャルメディアをどのように利用したか  メディア研究部 執行文子

放送研究と調査2011年9月号
原子力災害と避難情報・メディア  メディア研究部 福長秀彦
東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したか  世論調査部 執行文子
大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか  メディア研究部 井上裕之

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