原発事故の時々刻々
NHK放送文化研究所のメディア研究部(メディア動向)の福長秀彦は、原発災害のなかで、NHK総合テレビが、どのように避難指示を速報し、その理由や放射線量の変化を伝えたかを分析している。
11日午後9時23分の半径3キロ圏内避難と10キロ圏内屋内退避の指示をNHK総合テレビが最初に伝えたのは、30分後の午後9時53分であった。津波に襲われた仙台空港の状況の後、画面が枝野官房長官の官邸記者会見の中継映像に切り替わる。
会見の中で、官房長官は、「これは念のための指示でございます。(中略)放射能は現在、炉の外には漏れておりません」と語った。続いて、午後9時55分からは官房長官のコメントを要約したニュース原稿をキャスターが読み上げ、途中から科学文化部の記者が、官房長官の発言の要点をまとめ、避難する際の注意事項などを解説した。実はこの45分前には原子炉建屋で高い放射線量が観測され、会見の直前には原子炉建屋が立ち入り禁止となっていた。
翌12日午前5時44分の10キロ圏内避難指示は、26分後の午前6時10分に放送された。午前6時36分からは、福島第一原発の映像をバックに「避難指示半径10キロ圏内に拡大」の字幕入りで、アナウンサーが原稿を読み上げた。避難の理由として格納容器の圧力が高くなっていること、1号機の中央制御室の放射線量が上がっていることを伝えた。また午前6時51分には、原子力・安全保安院の見立てとして、1号機から微量ながら放射性物質が漏れ始めているが、人体に直ちに影響がないとする情報を伝えた。午前7時半からは東京大学大学院の関村直人教授が出演し、格納容器の配管やバルブなどの箇所が破損して放射線量が上がっている可能性があるものの、測定されている放射線はの値はすぐさま人体に影響があるレベルではないと指摘した。
12日午後6時25分の半径20キロ圏内避難指示は、チャイム付きの字幕スーパーで、44分後の午後7時9分と62分後の午後7時27分に速報した。2回目の速報以降は、関村教授と科学文化部の記者が解説を行った。記者は「原子炉圧力容器や格納容器に何らかの重大な損傷があるかもしれません。その可能性が強くあると言うことができます」と解説した。さすがに、この時点になると、淡々とした語り口の中にも、事態の深刻さを伝える切迫したトーンが強くなってきた。午後7時37分からは、キャスター読みの原稿で、爆発の前、1号機で燃料ペレットが溶け出し、日本の原発で初めて炉心融解が起きたことを伝えた。
この後、午後8時41分には、枝野官房長官の官邸記者会見を中継した。この会見で水素爆発が起きたことが初めて公式に明らかにされた。爆発から実に5時間5分が経っていた。この中で官房長官は、「このたびの爆発は原子炉のある格納容器内のものではなく、したがって、放射性物質が大量に漏れ出すものではありません。(中略)現時点で爆発前からの放射性物質の外部への出方の状況には大きな変化はないと認められるものでございますので、是非、冷静に対応していただきたいと思っております」などと述べ、避難範囲の拡大が念のため万全を期す措置であることを強調した。
15日午前11時の半径20~30キロ圏の屋内退避は、同時刻に菅首相が官邸で「国民へのメッセージ」を伝える中で明らかにした。NHK総合では、この模様を中継し、画面に「20~30km以内も屋内退避」の字幕を表示した。続いて11時7分からは枝野官房長官の会見を中継した。官房長官は、午前10時22分に2号機と3号機の間で30ミリシーベルト、3号機付近で400ミリシーベルト、4号機付近で100ミリシーベルトの放射線量が測定されたことを明らかにした。
午前11時30分からは、画面はスタジオに戻り、アナウンサーが官房長官の発言のポイントを整理した。原子力担当の解説委員が、測定された放射線量について「ミリとマイクロでは千倍違うのですから、これは日本と言うか、世界の原発史上のなかでも、かなりの緊急事態が起きていると言わざるをえません。400ミリシーベルトや100ミリシーベルトは人体に影響が出ます。例えば、男性が生殖器に150ミリシーベルトの放射線を受けると、一時的な不妊が生じると言われています」と解説した。
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参考文献
新聞研究(日本新聞協会刊)2011年6月
膨大な被災者の今を伝え続ける 河北新報社・編集局長 太田巌
地方の視点で震災と原発に向き合う 福島民報社・編集局次長 安田信二
求められる情報、総力で迫る 朝日新聞東京本社・社会グループ 石田博士 | 朝日新聞名古屋本社・報道センター次長 日浦統
最初の6時間 テレビは何を伝えたか 日本放送協会「ニュース7」編集責任者・等々木健
新聞研究2011年7月号
危機に問われる新聞力 岩手日報社・常務取締役編集局長 東根千万億
未曾有の災害連鎖を伝える報道 福島民友新聞社・編集局長 加藤卓哉
総合力で新聞の力を示すために 読売新聞東京本社・編集局総務 松田陽三
特別紙面「希望新聞」の取り組み 毎日新聞東京本社・生活報道部長 尾崎敦
現場取材で感じる人々の思い 茨城新聞社・日立支社 川崎勉
被災者基点と共助を座標軸に 河北新報社・論説委員長 鈴木素雄
新聞研究2011年8月号
激動の原発事故報道 朝日新聞東京本社・前科学医療エディター 大牟田透 | 朝日新聞東京本社・政治グループ 林尚行
率直な疑問をぶつけていく 東京新聞・科学部 永井理
地元の安全対策論議に応える 静岡新聞社・社会部長 植松恒裕
食の安全・安心と報道の役割 日本農業新聞・農政経済部長 吉田聡
市民による震災報道プロジェクト OurPlanet-TV・副代表理事 池田佳代
新聞研究9月号
地域社会との新たな関係づくり 河北新報社・メディア局長 佐藤和文
原発災害報道にツイッターを利用 日本放送協会 科学・文化部長 木俣晃
新聞社の高い取材力を実感 グーグル・プロダクトマーケティングマネージャー 長谷川泰
長野県栄の震災をどう報じたか 信濃毎日新聞社・飯山支局長 東圭吾
感情を抑えて、被災地に寄り添う 河北新報社・写真部 佐々木 浩明
新聞研究2011年10月号
取材で感じた報道写真の役割 毎日新聞東京本社 編集編成写真部 手塚耕一郎
後世に「教訓」を伝える 岩手日報社・編集局報道部次長 熊谷真也
全社的訓練とノウハウが結実 日本放送協会・福島放送局放送部 鉾井喬
頼られる存在であり続けるために 岩手日報社・編集局報道部長 川村公司
震災のさなかのある地から 河北新報社・編集局長 太田巌
調査情報(TBS刊)2011年7-8月号
未だ蘇る声 東北放送・報道部 武田弘克
震災特番 Web配信 TBSテレビ 報道局デジタル編集部担当部長 鈴木宏友
調査情報2011年9-10月号
テレビ報道が信頼を回復するために 映画作家 想田和弘
震災の前と後で日本の政治は変わっていないし、私も変わらない 文芸評論家・文化史研究家 坪内祐三
「災後」社会を「つなぐ」 政治学者 御厨貴
「焼け太り」のひとつだに無きぞ悲しき フリープロデューサー 藤岡和賀夫
気仙沼で生まれた自分しか話せないことがあると思うから スポーツジャーナリスト 生島淳
三陸彷徨 魂と出会う地で JNN三陸臨時支局長 龍崎孝
結局私は、記者ではなかった TBSテレビ・報道ニュース部「Nスタ」 森岡梢
放送研究と調査(NHK放送文化研究所刊)2011年6月号
東日本大震災発生時 テレビは何を伝えたか(2) メディア研究部 番組研究グループ
東日本大震災・放送事業者はインターネットをどう活用したか メディア研究部 村上聖一
放送研究と調査2011年7月号
3月11日、東日本大震災の緊急報道はどのように見られたのか メディア研究部 瓜知生
東日本大震災に見る大震災時のソーシャルメディアの役割 メディア研究部 吉次由美
放送研究と調査2011年8月号
東日本大震災・ネットユーザーはソーシャルメディアをどのように利用したか メディア研究部 執行文子
放送研究と調査2011年9月号
原子力災害と避難情報・メディア メディア研究部 福長秀彦
東日本大震災・被災者はメディアをどのように利用したか 世論調査部 執行文子
大洗町はなぜ「避難せよ」と呼びかけたのか メディア研究部 井上裕之