TBS「黒の女教師」 異色の主人公と現代的なテーマ
「愚か者!」――都立国文館高校の生物教師である高倉夕子(榮倉奈々)の鋭い声が響きわたる。その直前の一瞬、ドラマの敵役である男優の顔に長い足が繰り出し、回し蹴りが決まって、敵は倒れる。
学園の問題をともに解決する、古典教師の内田すみれ(市川実日子)と美術教師の藤井彩(小林聡美)が横に並んでそろう。
「課外授業はこれで終了です」と、夕子は告げる。
TBSの金曜ドラマ「黒の女教師」のエンディングである。
2012年7月20日放映の第1話と27日の第2話を観た。夕子とすみれ、彩の3人の女教師は、学園内の被害者となった教師や生徒から、カネを取って、被害者に代わって加害者ともいうべき敵を社会的に葬る。リーダー役の夕子がその復讐劇のシナリオを書き、彩は学園内の情報を探る役、すみれはネットを利用して加害者を追い詰める。
復讐の対価を求めるのは、時間外の課外授業であるという理由からである。深夜の学園の美術室で3人は、依頼人となる被害者を待つ。トランプのババ抜きをしながら。画面は驟雨に打たれる学園の正門を映し出し、そしてずぶ濡れになった依頼人が部屋のドアを開けて、カネをつきだす。
第1話は、脱法ハーブが、テーマになっている。法律上は違法ではないが、使い方によっては心身ともに異常をきたす。新人の女教師である青柳遥(木村文乃)が担任をしている、クラスの女子生徒が、脱法ハーブを売る店のオーナーにだまされて、校内で買い手を増やす手先となる。このオーナーは大学生で、司法試験をすでに合格して法律事務所に入ることが決まっている。
第2話のテーマは、教師と女生徒との恋愛である。有能な社会科の教師の及川(柏原収史)は、予備校の経営者の娘と婚約していずれ義父の跡をつごうという上昇志向の強い人間である。その一方で女生徒と肉体関係を結んでいる。
復讐を依頼するのは、第1話では新人の女教師、第2話では教師に捨てられる女子生徒である。
脱法ハーブを売る店の学生オーナーに対しては、次のようなシナリオを作る。彼が使っているたくさんの高校に売り込み役を果たしている女子高校生に対して、すみれが彼のパソコンに侵入して、店へ集合するようにメールを送る。最後にオーナーの妹が現れる。脱法ハーブの中毒症状を呈している。
第2話の敵役である、社会科教師の及川には、他の高校の教師たちを招いた公開講座という舞台を設定して、被害者の女子高校生を登場させる。言論の自由と人権の問題に関する授業である。彼女は質問する。「ブログも人権侵害になることがあるのでしょうか」と。すみれによって、彼の匿名のブログは実名化され、かつ被害者の女子高校生との交際について赤裸々なブログを書き込んでいた。
学園ドラマの主人公の設定としては異色であり、奇抜でかつ現実離れしている。しかしながら、そのテーマは現代的である。さらに、敵役の設定もまた、時代を象徴するような人物である。
それは、大ヒットした日本テレビの「家政婦のミタ」のシナリオと同じようなものを感じる。かつてストーカーのように付きまとわれた義理の弟によって、夫と子どもを殺されたミタ。笑顔を浮かべることを自ら禁じて、雇い主の命令に対して「承知しました」とこたえる。視聴率はすべりだしこそ10%台だったが、回を重ねるごとに話題を呼んで、最終回は40%という驚異的な数字をたたきだした。
「家政婦のミタ」のヒットの大きな要因は、現代を象徴するテーマ性にあったと考える。ミタが通う一家の主人の不倫とその結果、妻が自殺する。高校生の娘の上級生との肉体関係、4人の姉弟の兄弟愛、亡くなった妻の妹と主人公の淡い恋愛感情……
ミタ(松嶋菜々子)の人生を縦糸にして、ひとつの家庭のドラマが横糸になって、現代の家族問題を織り成している。
榮倉奈々の「黒の女教師」にも、そんな予感がする。なぜ、夕子はそして、すみれと彩は「課外授業」をするようになったのか。第2話のラストシーンで、夕子がある邸宅を訪れて、チャイムを鳴らすが、入ることを断られたのはなぜか。第1話で、転校したばかりの男子生徒が夕子のポケットに札束を突っ込んで、課外授業を依頼するが、それはなんなのか。その瞬間に男子生徒が夕子に口づけする理由とは。
学園ドラマといえば、やはりTBSが1979(昭和54)年から2011(平成23)年にかけて、30年以上にわたって放映した「3年B組金八先生」がある。舞台の設定は、桜中学というどこにでもありそうな中学校であった。テーマの現代性が、長きにわたって視聴者をとらえたのであろう。筆者の少年時代のドラマでは、日本テレビの「青春とはなんだ」があった。原作は石原慎太郎、脚本に倉本聰の名前がみえる。いま思えば贅沢な布陣である。
学園ドラマは世に連れ、であろう。「黒の女教師」の奇抜な設定もわるくはない。あるいは、現実の学園で起きている最近の事件の数々を思うとき、設定が現実離れしているほうが、テーマが視聴者に届きやすいのではないだろうか。 (敬称略)
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本
http://wedge.ismedia.jp/category/tv