「もう一度君に、プロポーズ」 脇役からヒロインへ
テレビはケ(日常)である。
生活そのもの――送りにとって受け手にとっても。俗。聖なるものとの出会いまでの厖大(ぼうだい)なディテイル。日付のあるドラマ。
『お前はただの現在にすぎない』(萩元晴彦・村木良彦・今野勉)――テレビ界で読み継がれるテレビ論の名著から「お前に捧げる18の言葉」のひとつを紹介する。お前とは、テレビのことである。共同著者の3人は1960年代にTBSを辞め、日本で初めてのテレビ番組制作会社であるテレビマンユニオンを設立した。1969年に刊行され、長らく絶版状態が続き、古書市場では驚くほどの高値だった。テレビ番組の制作を志す人々のバイブルともいえる。2008年に朝日文庫に入ることによって広く読まれるようになった。
「日付のあるドラマ」とはなんとも、卓抜なテレビの定義なのだろうと思う。テレビの草創期を作った青年制作者たちの気負いも感じる。テレビはジャーナリズムでも映画でもない、と3人はいっている。
ドラマのシリーズに曜日を冠にするようになるのは、必然であったろう。その曜日が持つ、ニュアンスがにじむ。フジテレビが切り拓いた月曜夜は、週明けのビジネスパーソンにまだエネルギーが満ちている。「日曜劇場」はいまでは遠い思い出となりそうではあるが、家族がそろう団欒に合う。疲れがにじむような週末の日常には、しっとりとした情緒が欲しいと考えるが、いかがだろうか。
金曜ドラマ「もう一度君に、プロポーズ」――TBSの夜10時台のシリーズである。竹野内豊と和久井映見が、倦怠期を迎えようとしている夫婦役を演じている。
バブルが崩壊したといえ、その余韻が残る1990年前後に活躍のきっかけをつかんだ、若手俳優だったふたりが、ともに不惑を超えて、主役を演じている。いまでは死語となったトレンディドラマの旗手である、フジテレビのシリーズのなかで輝いたふたりでもあった。和久井の「すてきな片想い」「ラブストリーは突然に」……、そして竹野内の「ロングバケーション」「ビーチボーイズ」……。
「もう一度君に、プロポーズ」。竹野内演じる夫が妻の和久井に、最終回でプロポーズするエンディングを予想させるタイトルは、視聴者に対して挑戦的である。
和久井が扮する宮本可南子は、図書館の司書である。図書館の近くの公園で、子どもたちに絵本を読み聞かせる練習をしていた可南子と、たまたま昼食をとっていた、竹野内が夫役の自動車整備工の波留は知り合い、結婚する。可南子はくも膜下出血によって倒れ、一命を取り留める。しかし、波留と出会いそして結婚した期間の記憶だけを失ってしまう。手術後にベッドで目を開いて、心配そうに見守る波留に向かって、可南子はいう。
「どちらさまでしたっけ」と。
いったんは自宅に戻った可南子だったが、見知らぬ男性となった波留とは暮らしがたく、実家に戻る。
ドラマは、ふたりの感情をあや織りながら、可南子のかつての恋人と波留に思いを寄せる職場の若い女性整備工が絡む。自宅に残された可南子の日記を読みながら、波留はなぜ妻の記憶が自分に関する部分だけが欠けているか、探ろうとするがわからずに、悩みは深まる。
「離婚しよう」
波留は可南子に告げる。
第6話、2012年5月25日放映のラストシーンである。友人の結婚式が終わったあと、ふたりで残った教会。ふたりもここで式を挙げた。結婚の宣誓のなかで、神父の問いに「誓います」と大きな声で参列者の笑いを誘った波留に続いて、可南子も大きな声でこたえたシーンがフラッシュバックで挿入されたあと、この回はエンディングを迎えた。
90年代にドラマの主役を務め続けた、和久井の演技に、筆者が最近再び気づいたのは、映画の脇役としてのそれだった。大奥の男女の役割が逆転するという奇想天外な発想の「大奥 男女逆転」(2010年)では、柴咲コウ演じる徳川吉宗の側近の加納久通を。大阪国が存在し、その秘密を大阪生まれの男子が引き継ぎ、王女を守るという「プリンセス・トヨトミ」(2011年)では、総理役のお好み焼き屋の主人の妻を演じた。「ほんまに、大阪の男はしょうがないわ」と大阪弁の和久井のセリフがエンディングである。
ドラマとは、その設定がどこか非日常的である。和久井が脇に回った2作は、それがずば抜けている。しかし、描かれているテーマは、恋であり、家族であるようなオーソドックスなものだ。「大奥」では主人公役の二宮和也演じる大奥入りした武士と、町娘の堀北真希との恋愛劇であり、「プリンセス」では、父と子のふれあいだった。
破天荒な設定の主人公をテーマにそくして魅せるのは、脇役の現実感である。非日常のドラマの展開のなかで、観ている者の日常につなぐのが、脇役ではないかと考える。和久井の演技はそのようなものであった。
主役級の女優から脇役に、そして、「もう一度君に」で和久井は再び主役になった。不惑を過ぎた女優をヒロインにするキャスティングは、脇役の和久井の演技力を知っていれば当然だったのだろう。 (敬称略)
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