企業の平穏な日常はある日、突然破られる。
東京地検特捜部をはじめとする捜査当局の検事と検察事務官であり、あるいは東京国税局の国税査察官(マルサ)が捜査令状を示して踏み込んでくる。ときに頭上に取材のヘリコプターが舞い、テレビと新聞のカメラの列が捜査陣の後ろにつき従っている。
ほまれもなく、そしりもなく、メディアの攻勢から組織を守ろうとしてきた広報パーソンは、非日常の騒乱のなかにたたき込まれる。捜査当局と国税当局が内偵に着手したきっかけが、広報パーソンの日常すなわちメディアの取材にあったと知ったら愕然するであろう。
東京、大阪地検特捜部の元検事にして、詐欺容疑で実刑判決を受け、収監された元弁護士、田中森一の言葉に耳を傾けよう。『闇社会の守護神と呼ばれて 反転』(幻冬舎アウトロー文庫)は、広報パーソンの日常に潜む陥穽を衝く。
「東京には、情報がいくらでもある……メディアも大手新聞から各種雑誌、はてはブラックジャーナリズムにいたるまで、いろんなジャンルがあり、それらをチェックしているだけで、かなりのことがわかる」
メディアの記事をきっかけとして捜査に着手した事件について、田中は述べる。経済雑誌「財界」に掲載された大手証券会社の会長のインタビューである。大企業の調達規模が大きい転換社債の引き受けをめぐって、総会屋にその一部を渡したと読める下りがあったという。田中によれば、この転換社債事件を糸口にして、つながりのある政治家までたどりつく自信があったという。検察上層部からの圧力によって、事件は強制捜査まで至らなかったとしている。
誤解なきように願いたい。広報パーソンにメディアの取材において、事実の隠蔽を勧めているわけではない。企業の経営を自動車に例えるとするならば、広報と法務部門はブレーキの役割を担っている。法令違反は糾さなければならない。
企業とその経営者の行動と言動は、メディアに記録された瞬間に、国家権力のファイルに入る。特捜であり、マルサあるいは経済捜査にあたる、警察の書架に並ぶ。田中森一が述べているように、東京のメディアは多岐にわたる。広報パーソンはそれらのすべてを総合的にみていかなければならない。国家権力のファイルに、守るべき組織の情報はひとつに収められる。
メディアのなかで、ブラックジャーナリズムの烙印を勝手に押して、総務部門などに任せてはいないか。あらゆる情報の交差点に立ってこそ、広報パーソンは守勢を整える。
「四年目にきた逆風 あのリクルートはいま」(朝日ジャーナル・1992年3月31日号)は、筆者が記者時代、リクルート事件後も順調だった経営が悪化した実態に迫った。この直後、ダイエーが株式を取得する。リクルートの役員に対するインタビューについて、広報部門の注文は詳細を極めた。江副浩正の裁判において、検察側が証拠とする可能性をみていた。国家権力と対峙して、教訓を得たのである。 (敬称略)
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田部康喜 広報マンの攻防 ③
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