「欧州の国々では、政府債務が過大になった結果、返済能力に疑問符がついてきて、金融システムのほうに飛び火をしていく。それが実体経済に影響し、財政のバランスシートにも影響してくる。負のフィードバックが働いている」
日本銀行の白川方明総裁は昨年8月、危機に揺れる欧州市場の現状について、こう分析している。
国際決済銀行(BIS)の年次総会が、例年通りなら6月下旬ごろに開かれる。BISは第一次世界大戦のドイツの賠償の問題を契機として生まれた中央銀行の協力機関だ。BISは、国際金融資本が実質的に設立した。メンバーは退任後も、厳格な秘密保持を求められる。年に少なくとも6回は会合を開き、ファーストネームで互いを呼びあう。金融マフィアの陰謀説に絡められること数限りない。「バーゼルクラブ」と呼ばれるゆえんである。
そこで白川総裁は副議長を務める。白川氏は1972年に日銀入行、バブルの崩壊から金融不安に対する資金の供給など企画や調査部門の中心にいた。理事で退職、京都大大学院教授から2008年4月に総裁に就任した。
米国の住宅バブルが崩壊しつつあった07年9月発行の「金融財政」に投稿した大学教授時代の論文をみる。
「金融市場を基点とする経済の変動や混乱の発生頻度が、以前に比べて高まる傾向にある……『バブルの存在は事前的には分からない』といわれることが多いが、筆者も資産価格の上昇は、渦中にあってバブルであるかどうか分からないという立場に立っている」
翌年に刊行した『現代の金融政策』は、その頻発するバブルに金融政策がどのように対処すべきか、その渦中にあった経験を振り返りながら記している。「物価が安定状態を続ける下で、金利引き上げに対しては理解を得られず、日本銀行が引き上げに踏み切ったのは、1989年5月であった……金融政策はもう少し早めに引き締める方向に転換すべきであった」
米連邦準備制度理事会(FRB)のエコノミストが2002年に発表した、「1991年から95年初めの時点で金利を2.5%下げていれば、デフレには陥らなかった」とする論文に対しては「適切な教訓の引き出し方であるとは思えない」と反論している。サブプライム、リーマン・ショック、そして欧州危機……欧米各国の政策当局の対策は、日本のバブル後のビデオの「早戻し」のようだ。
バーゼルクラブで、副議長の白川氏が信認をかけて、挑んでいる論点は明らかだろう。
冒頭の講演で、白川総裁は日米のバブル崩壊後の経済指標を示してこう語っている。
「バブル崩壊後の4年間という期間に限って見ると、むしろアメリカのほうがパフォーマンスが悪い」
(2012年6月15日 フジサンケイビジネスアイ フロントコラム に加筆しました)