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映像がもたらす地域の吸引力

2016年5月25日

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台湾の九份(きゅうふん)と熱海の戦略

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 台湾の「2・28事件」は終戦後に日本に代わって統治権を握った国民党が、1947年に台湾人を弾圧して多数の死者をだした。残留していた日本人も事件に巻き込まれた。その遺族のひとりが事件の補償をする財団に対して、賠償を求めた台北高等行政法院の裁判で、日本人としては初めて請求が認められた。今年2月中旬のことである。

 この事件は、国民党が1980年代後半まで戒厳令を敷いていたこともあって、台湾国内では半ばタブーとされ、国際的にもあまり知られていなかった。

 戒厳令が解除された直後に侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が「悲情城市(ひじょうじょうし)」(1989年)の映画によって、事件に翻弄される台湾人一族の運命を描いた。ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を獲得した。ロケ地の舞台はかつて金鉱によって繁栄していたが、寂れてしまった九份(きゅうふん)である。急峻な坂道の両側に日本時代からの古い歓楽街が並んでいる。

 昭和天皇陛下の終戦の詔勅がラジオから流れるなかで、海運業を営む一族に子どもが生まれる。祖父から3代の大家族が記念写真を撮る。国民党に逮捕された台湾人の知識人たちは日本の歌謡曲を歌った後、刑場に引きずり出されていく。

 知られざる台湾史に衝撃を受けた、私が九份を訪れたのは10年余りたった後である。映画のロケに使われた建物が保存され、坂道には観光客があふれていた。ひなびた建物や路地に魅力があることを地元の人々が改めて知って、観光客を呼び込む努力が続いているのである。家族や友人たちが台湾旅行にいくことを知ると、舞台となった映画と九份の観光を勧める。

 ロケ地になることによって、観光客を呼び込もうという試みは多くの自治体でなされている。世界的な名画の舞台の九份や、かつては「二十四の瞳」、最近では「八日目の蝉」の小豆島を目指すのはちょっとハードルが高い。

 「ADさん、いらっしゃい!1年365日、24時間対応!」。熱海市役所の観光経済課が、テレビ番組の現場の制作を取り仕切る、アシスタント・ディレクター(AD)に呼びかけてから3年近くが経つ。熱海の見どころを紹介する番組づくりに協力するサービスは無料である。ホームページに担当者の携帯電話番号、メールアドレス、フェイスブックのアカウントが公開されている。ロケバスの移動ルートの情報の提供や、出演者のメイク、着替え場所の助言など多岐にわたっている。

 熱海の宿泊者数は昨年、13年ぶりに300万人を超えた。テレビの紀行物やグルメ・温泉物によって、新しい観光客をひきつけている。私も先日そんな紀行番組に誘われて、熱海を訪れた。岸辺から間近にみえる初島に渡った。周囲4㌔の小島からは、海に浮かぶようにして、富士山が遠くに見えた。食堂で海鮮丼を食べ、干物をたくさん買った。

 「まち・ひと・しごと創生本部」によると、平成28年度予算における地方創生の関連予算は、約1兆5500億円に及ぶという。映像がもたらす地域の吸引力の向上には、巨額の予算はいらない。

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