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NHK「トットてれび」 草創期のテレビをめぐる群像劇

2016年5月21日

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黒柳徹子役の満島ひかりが、豊かな感性を表現

テレビのいまに元気はあるか

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 日本のテレビ放送が始まったのは昭和28(1953年)2月、それから63年余りの時が経つ。テレビの草創期からいまも「徹子の部屋」などで現役を続ける、黒柳徹子を主人公とした、NHK「トットテレビ」(第1回4月30日)が始まった。

 NHK東京放送劇団の5期生で、同時にテレビの放送開始に向けて俳優の養成の第1期生にあたる、黒柳役は満島ひかりである。トットは黒柳の幼少からの愛称である。自分の名前である徹子をうまく発音できずに「トット」といったことからきている。

 テレビの草創期から、発展をとげるテレビをめぐる群像劇は、黒柳の著作である「トットチャンネル」と「トットひとり」を原作として、毎回30分枠のテンポのよい展開のドラマに仕上がっている。

 草創期のテレビのなんと元気があったことか。「電気紙芝居」と悪口をいわれた、新しいメディアを切り開いた人々の多彩な顔ぶれに驚かされる。第1回は黒柳が放送劇団に入って、悪戦苦闘する様子と、これから繰り広げられるドラマの主要な人物が紹介される。俳優の渥美清(中村獅童)や森繁久彌(吉田鋼太郎)、劇作家の飯沢匡(大森南朋)、脚本家の向田邦子(ミムラ)……。

 トット(満島ひかり)の父の守綱(吉田栄作)はNHK交響楽団のコンサートマスターを務めたバイオリニスト、母の朝(安田成美)は声楽でのちにエッセイストになる。戦時中の尋常小学校を1年で退学処分になったトットは、トモエ学園(東京・自由が丘)で、個性を尊重される教育に救われる。戦後、音楽学校に入学してオペラ歌手を目指すが夢は果たせない。

 彼女が目指すようになるのは、「母親になって、子どもに絵本を読めるようになりたい」ことであった。それにはどうすればよいのか。

 「テレビジョン」の放送に向けて、NHK東京放送劇団が新たに俳優の養成にあたることを決めて、その候補の若干名を募集していることを、トットは新聞記事で知る。

 第1次試験の会場になった、当時は東京・内幸町にあったNHKに行くと応募者が6000人以上であることを知る。トットはこの中から女性9人、男性8人の計17人のひとりに選ばれたのである。

 養成期間に入って、トットは個性が出てうまくいかない。ラジオドラマの背景となる「ワイガヤ」つまり通行人の声を複数の養成の同僚とやるシーン。戦地から戻った兵隊が路傍で倒れる。トットは大きな声で「大丈夫ですか。死んでないですか」と。

「ワイガヤ」は目立ってはいけない。しかし、トットは考える。人が倒れたら大声で心配するのではないかと。

 テレビの音楽番組で、歌手の笠置シズ子がヒット曲「買い物ブギ」を歌っている後ろを通行人として通るシーン。トットは笠置をじろじろと眺めながら通る。ディレクターにその演技を注意されると、「だって、道で歌っているひとがいたら、どうしてかとみるんじゃないですか」。ディレクターに「今日は帰ろうね」と、スタジオの外に押し出される。

 廊下で待っていたのは、養成の先生である大岡龍男(武田鉄矢)である。彼はトットにいう。

「トットさま。どうしてあなたが受かったかわかりますか。筆記試験の成績は悪かったし。それはね、テレビジョンという全く新しい分野で、演技もなにも知らない無色透明なまっさらなひとが一人ぐらいいてもいいかと思ったのです」

 トットにチャンスがめぐってくる。ラジオドラマである。インドの王様から中国の皇帝に献上された三匹の高貴な子ザルの物語。作者の飯沢匡(大森南朋)は、それまで子役にやらせていた声を初めて、大人の女性にやらせようと考えた。東京放送劇団の団員だけではなく、外の劇団の団員も参加する、おそらく日本で初めてのオーディションをおこなった。

 三匹のサルの末弟である、トン坊役をトットは割り振られた。兄役のヤン坊とニン坊を繰り返し交代させながら、トットはトン坊のセリフを繰り返させられる。「ほかの役もやりたい!」というトット。オーディションが終了して、「またダメか」とつぶやく。

 しかし、トットに歩み寄った飯沢は、トン坊は彼女にやってもらうというのだった。トットは飯沢に歩み寄る。「私は日本語が変だし、話し方も変だといわれます。日本語も話し方も直しますから」という彼女に、飯沢はいう。

 「直すことはありません。あなたのそのままがいいんです」

 トットの目に涙がにじむ。

ラストは、賑やかに「買い物ブギ」と登場人物たちの乱舞である。

 第1回の重要な役である、養成の先生の大岡龍男は、俳人であり写生文の名文家としても知られ、私小説作家でもあった。脚本家の飯沢匡は、朝日新聞出身で、講和条約締結によって、日本が占領から独立した後を待って、原爆の被災地の悲惨な状況を写真誌「アサヒグラフ」に特集した編集長としても知られる。

 原作の黒柳の著作は、テレビばかりか芸能史を築き、亡くなった人々に対するレクイエム(鎮魂歌)でもある。ドラマはそれらの人々を生き生きとよみがえらせる。

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