フジ「無痛◂診える眼▸」で謎のカギを握る
イバラ役の中村蒼の可能性
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿 http://wedge.ismedia.jp/category/tv
秋のドラマは終幕を迎え、あるいはラストまであと1回に迫る。フジテレビ「無痛◂診える眼▸」(最終回・12月16日)は、同じ水曜日・夜10時放映の日本テレビ「偽装の夫婦」(12月9日完)と競った。視聴率では「偽装」が勝利を収めた形となっている。
「偽装」のエンディングは、男女それぞれのカップルが異性ではなく同性を選んだ幸せを語ったあとに、嘉門ヒロ(天海祐希)と陽村超治(沢村一樹)が戯れるようにして、お互いを理解しながら真の夫婦になって3年が経ったことを振り返って終わった。
「無痛」は視聴率では負けたとはいえ、医療と推理が絡み合うサスペンスの意欲的な作品だった。フジが13年余りぶりに、この時間帯のドラマを復活させてから2年余りが経つ。「若者たち」や「ファーストクラス」など、視聴率で健闘したドラマもあった。
日テレとの競争に敗れるケースが多く、この枠のドラマをやめてバラエティーに変更するのではないか、と業界ではささやかれている。
「無痛」のドラマのなかで、観客が発見するのは、サスペンスのカギを握っている、イバラ役の中村蒼の演技だろう。彼は頭と眉が無毛の顔を持ち、痛みを感じない。その登場は画面に異様な緊張感をもたらす。
美男子コンテストで中学生ながらグランプリを獲得した、中村はドラマ、映画、舞台と切れ目なく演出家が起用している若手俳優である。どんな色にも染めようと思えば染まっていく綿布のような存在がそうさせるのではないだろうか。それは没個性ということではない。
最近の出演のなかで、NHKのドラマに限ってみていこう。「かぶき者 慶次」では、関ヶ原の戦いで亡くなった石田三成の忘れ形見の役・前田新九郎を演じた。そのことを隠して息子として育てているのが前田慶次(藤竜也)である。「洞窟おじさん」では子どものころに家出をして洞窟暮らしをしてきた加山一馬の少年時代を演じている。
ドラマの魅力を作っているのは、中村の好演があるのは間違いないのだが、その印象が薄いのである。演出家が抑えた演技を要求しているというわけではないだろう。なにか中村のなかにある才能の奔流を引き出し切れていないように思ったものだ。
「無痛」のイバラ役は、そんな中村の才能のほとばしりを感じさせた。
最終回に向かって、ドラマの進展の速度は速まって、第9回(12月9日)はイバラの過去が解き明かされる。ドラマの縦糸となっている、一家4人殺害事件の犯人は、イバラなのか。
ドラマは、患者の病巣が目で見える医師・為頼英介(西島秀俊)と、無痛治療を目指す白神メディカルセンターの医師の白神陽児(伊藤英明)との出会いから始まる。為頼は殺人を犯そうとする人物の表情に「犯意症」が、まるで血管が浮き上がったようになる表情を読み取ることができる。ふたりは、無痛治療の開発と犯意症の解消方法を研究することで手を握る。
白神は、無痛症のイバラに対して、新薬を投与して、無痛治療の治験を深めようとしている。その後遺症から、無意識のうえで凶暴性を発揮しているのではないか、と為頼は疑うようになる。
一家殺害事件を追う、刑事の早瀬順一郎(伊藤淳史)は犯人を追うなかで、「犯意症」が現れることを、為頼から警告される。いったんは、為頼にその治療を頼んだ早瀬だったが……。
一家殺害事件の容疑者は、二転三転して、言葉を失った入院患者の南サトミ(浜辺美波)が疑われる。殺害現場の様子を忠実になぞったような絵を描いていたからである。現場で発見された帽子とそれについていた金髪に染められた髪の毛も、サトミの疑惑を深める。
白神メディカルセンターの臨床心理士である、高島菜見子(石橋杏奈)が、かつての恋人であった佐田要造(加藤虎之助)にストーカー行為をされる。この佐田をイバラが殺害した容疑が浮上する。
そして、イバラとサトミは白神メディカルセンターを抜け出して、逃亡の旅にでる。追い詰められたイバラは、衰弱したサトミを為頼の自宅まで運び込む。
さらに、イバラを追跡していた刑事の早瀬は、犯意症の表情を浮かべて、拳銃でイバラを撃つ。イバラは川に飛び込むようにして倒れ、行方がわからなくなる。
最終回は、一家殺人事件の謎が解き明かされて、イバラの最期もはっきりとするのだろう。
映画「東京難民」(2014年)で、中村は父親の仕送りが途絶えて大学を除籍になり、アパートも追われ、ネットカフェで暮らすうちに、ホストとなる。そして同僚の借金を背負う形となって、逃げ出して土木作業員になる。しかし、追ってきたホストクラブの経営者の暴力団関係者に殴り倒され一時は記憶を失う。多摩川の河川敷に置き去りにされたところをホームレスに救われて、空き缶拾いや古雑誌の販売などをする。
優しさにあふれながら、底辺に落ちながらも、生きる気力を取り戻していく。
刻々と変化する環境のなかで、さまざまな表情をみせていく演技。「無痛」にも通じる。 中村の若手俳優としての将来が楽しみである。