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現代女優論  天海祐希

2015年12月25日

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アラフォーを超えた女優はどこへ

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 天海祐希は宝塚歌劇団のトップスターから退団してから、20年を経た。「アラフォー」の代表的な女優も50歳が間近い。それなのにまったく年齢を感じさせない。「天下の美女」といわれた美貌に衰えはない。

  日本テレビ・水曜ドラマ「偽装夫婦」は、主演の天海がけれんみのない安定した演技で魅せる。かわいいことが優先された女優の世界にあって、大人の天海のデビューは新鮮だった。

 それは、日本の映画やドラマがしばらく忘れていた記憶だった。

  図書館の司書・嘉門ヒロ役の天海は、独身を続けてきたが、大学時代に一度だけ恋をした陽村超治(沢村一樹)と結婚する。彼は幼稚園の園長代理である。

  超治の母・華苗(富司純子)が、余命半年のガンにおかされている、と告白して、超治に自分が死ぬ前に結婚することを迫った末のことだった。

  ところが、この病気話は実は超治を結婚させるための嘘であったことがわかってくる。

  しかも、超治はゲイであった。宅配業者の青年である弟子丸保(工藤阿須加)に思いを寄せている。

  天海が演じるヒロは、ほとんど感情を表に現わさない。心の叫びは、古い映画の字幕のように現れる。

  「なにいってんだ。ババア」

  図書館の本を汚しては返却する中年女性に対して。

  「わたしは本当に彼を好きになりそう」

  ひとつ屋根の下に住みながら、「偽装夫婦」を演じているうちに、超治の純粋な心に触れて、かつての愛情を取り戻してきたのである。

  ところが、ヒロがそのことを告白しようとすると、超治は憧れている保(工藤)のもとへ出かけてしまうのである。酔った勢いで保に告白すると、保に驚かれてしまい、傷つく超治であった。

  ドラマは上質なコメディに仕上がっている。そして、これまで数々のドラマで高視聴率を獲得したように、天海の演技は確実である。

  天海の女優人生に欠けているのは、主演作に対する世界的な賞である。主演女優賞を獲得して欲しいばかりではない。カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの映画祭で監督が最高賞を獲得した作品のエンドロールに、彼女の名前を見出したい。

  デビュー作には、その後の女優人生の将来が暗示されているものである。天海のドラマ初主役は、フジテレビの「橋の雨」(1996年)だった。伊集院静の原作。CSの専門チャンネルで最近観た。

 普通のOL役の天海が、ふとしたきっかけでヤクザの緒方拳と知り合う。緒方は天海を自分の世界に引きずり込むことを避ける。天海は自分も緒方と同じように、背中にコイの彫り物を入れて、結ばれようとする。しかし、緒方はヤクザの抗争のなかで死んで、ついにふたりは結ばれない。

  汚れ役を演じているようでいて、やはり「天下の美女」である。制作者たちはそんな天海に、日本を代表する緒方を配し、ひそかに天海を慕う役に当時は若手の阿部寛を当てる。

  宝塚の舞台で、トップスターを光り輝く存在にするように、相手役と脇役に演技力の高い人材を配する。

  今回のドラマも、偽装の夫婦をともに演じる沢村をはじめ、姑役の富司、叔母役には個性派女優のキムラ緑子が脇を固めて、宝塚のスターシステムのように天海を支えている。

  「偽装夫婦」のテーマは、家族とはなにか、にある。シリーズは毎回、小さな事件が起きて、そして家族が愛し合うことの難しさと暖かさを描いていく。

  第6話(11月11日)は、超治が園長代理を務める幼稚園の園児がいなくなる。母親の水森しおり(内田有紀)は実は、弁護士の夫から家庭内暴力を受けて娘の園児とひっそりと暮らしていたのだった。居所をつきとめた夫によって、娘は実家に連れ去られた。

  ヒロと超治は、園児の奪回作戦をたてる。宅急便業者の保(工藤)が配達を装って、娘の実家に入り込み、あらかじめ録音しておいたが母親のしほり(内田)が外に出るように、という声によって、娘を救い出す。

 そして、ヒロの素人とは思えない法律知識によって、再び娘を取り戻しにきた弁護士をやりこめて、奪回作戦は成功に終わる。

  再縁を迫る夫に対して、しほりはいう。

  「もうあなたと一緒にいるつもりはない。いまはヒロさんと暮らすのが夢だ」と。

  男女の性差を超えて、さまざまなカップの在り方を肯定する、LGBT運動がドラマの下敷きになっている。超治と保、ヒロとしほり。家族の在り方はこれから、多様になっていくのだろう。

  こうしたドラマがゴールデンタイムに堂々と放映される時代になったことは、未来を暗示する。

  さて、「天下の美女」である天海の未来である。アラフォーを代表する女優として、アラフォーという言葉の流行に一役買った彼女は、50歳を間近に控えてどう変身していくのだろうか。あるいは、いつまで宝塚のスターシステムのような、彼女にスポットライトがあたるドラマのなかで生き続けていけるのだろうか。

  家族の在り方を問う今回のドラマの演技は、コメディアンヌでありながらシリアスな問題に切り込む二重性をもっている。天海のなかに、引き出されていない可能性はまだまだあるのは間違いない。

 

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