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電子書籍の未来像  

2015年8月23日

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日本文明が世界に浸透する

  フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

  徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保の大名屋敷の庭園である、六義園に接するようにして、世界的な東洋史の文献を所蔵する「東洋文庫」はある。真夏のうだるような暑さは一転して、雷雨となって、慌てて館内に入った。

 閲覧室の開架には、元朝など中国歴代王朝の史伝が並ぶ。所蔵の文献は漢籍のみならず、チベット語やアラビア語、ペルシャ語などに及ぶ。研究者が数人、黙々と文献に向き合ってノートをとっている。戦前の三菱財閥の岩崎久弥氏のコレクションを核として、蔵書が徐々に加えられて、財団法人化してから昨年で90周年を迎えた。

 平凡社が50年以上にわたってシリーズ化している「東洋文庫」のなかにも、そうしたコレクションの一部が翻訳されている。このシリーズは850点以上に及ぶ。絶版になっているものもあり、中古本を求める研究者が多い。

 いま、シリーズのほとんどが、電子書籍で手に入る。日本の電子書籍事業の草分けのひとりである、イーブックイニシアティブジャパンの会長の鈴木雄介さん(71)が15年前に事業を始める際に、「日本の文化を担っていく」という創業の理念の象徴的な電子書籍として取り組んだ。平凡社にも保存されていなかったシリーズの一部もあって、部下たちは古書店街を駆けずり回った。

 小学館の週刊ポストの編集長などを経て、書籍の編集に関わるようになった鈴木さんは、パソコンで編集、割り付けをして印刷所に入稿するDTP(デスクトップ・パブリッシング)の可能性に引き込まれた。さらに、紙に印刷しなくても、それにふさわしい端末によって読書はできるという考えに至った。出版社や電子機器メーカー、などのメンバーを集めたうえ、旧通産省の補助金を得て、端末づくりに取り組んだ。18年前のことである。

 電子立国・日本は、あと一歩でiPadやkindleの先を行くことができたわけだ。鈴木さんは端末の木製のモックまで作った。残念ながらメーカーなどの経営層が決断できないままに、世界初の電子書籍端末は幻に終わった。

 それでも、電子書籍にこだわって起業し、2011年に東証マザーズに上場を果たし、一昨年秋には東証1部に昇格した。「書店の売り場のなかで最も大きな面積を占めている、漫画も日本文化です」。38万冊を誇る電子書籍点数のうち漫画では、日本最大級である。

 「電子書籍は言語の壁を越えていかなければなりません」と、鈴木さんは電子書籍の将来像を語る。日本市場にとどまっている限り発展はない、という考えである。最近、中国語とインドネシア語で漫画を配信する計画を打ち出したばかりだ。

 神田・駿河台にある本社を下ると、世界的な漫画コレクションの「米沢嘉博記念図書館」がある。コミックマーケットの創設メンバーのひとりで早世した、米沢氏が所蔵していた14万冊以上をもとにつくられた。

 「東洋文庫」と漫画をつなぐ地平に、日本の電子書籍の未来はある。それは日本文明の世界への浸透である。

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