NHKスペシャル ニッポンの肖像
超金融緩和時代の教訓とこれからの日本を見通す
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿
戦後70周年をきっかけとして、さまざまな分野の過去と現在、未来を考える「NHKスペシャル ニッポンの肖像」のなかから、「豊かさを求めて」をテーマとした第1回「“高度成長”何が奇跡だったのか」(5月30日)と、第2回「“バブル”と“失われた20年”何が起きていたのか」(5月31日)をご紹介したい。
原稿を書いているいま、さきほど23日の東京証券取引所の日経平均の終値は2万0809円42銭で取引を終えた。実に2000年のITバブルのピーク時の2万0833円に近づく水準である。
米国のFRBのイエレン議長が今年中にも「ゼロ金利政策」から利上げの方向性を示唆して、世界の市場は神経質な展開となっている。
世界の基軸通貨であるドルを握っているとともに、金融大国である米国が現代の金融市場を主導するとともに、大きな波乱を巻き起こしている。
NHKスペシャル「“バブル”と“失われた20年”」は、当時の映像を駆使するとともに、政府や日銀の幹部だった人々に対するインタビューによって、バブルが膨らんでいく過程を丁寧に追っていく。いまでは想像できないことではあるが、日本は米国とともに世界経済をけん引する「G2」と呼ばれる存在だった。
1985年9月の「プラザ合意」がバブルの発端だったと、番組のナレーションは告げる。財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」に苦しんでいた米国が、輸出の拡大などのためにドル安の容認を主要国に同意させたのである。
当時の日銀理事だった、佃亮二氏は次のように振り返る。
「俺たちはバブルの戦犯だ。あのとき理事だった仲間と飲むとそういう話になる。あの時に俺たちは(バブルを防ぐことが)きちんとできなかった」
プラザ合意に基づいて円安に誘導するために、日銀は86年に入って3回にわたって利下げをした。しかしながら、米国はさらなる利下げを迫る。
宮沢蔵相とベーカー財務長官による合意である。87年2月には公定歩合は2.5%と、戦後最低水準となる。
当時の日銀副総裁だった、故三重野康氏の日銀が保存している証言録によると、同氏は総裁である大蔵省出身の澄田智氏に、公定歩合の引き下げはバブルをさらに膨らませるから避けるべきであることを強く進言していた。宮沢―ベーカー合意は事前に知らされず、まったくの寝耳に水であった、という。
89年12月29日、東京証券取引所の平均株価は3万8000円台をつけた。都心部を中心とする地価の高騰は、郊外の住宅地に拡大していった。
そして、年が明けたバブルは崩壊する。
「“高度成長”」の物語は、その設計者としてひとりの大蔵官僚に焦点をあてる。故下村治氏である。
戦後の闇市を歩き回って、下村氏は庶民の消費意欲の旺盛さと、市場にあふれる商品の価格と量をメモして回る。そこには、経済成長のけん引役となる、消費意欲と生産意欲があった。
ケインズ理論を学ぶことから経済の実態の解明をはじめた、下村氏は独自の理論を打ち立てる。それは、経済成長のためには、企業が設備投資をしやすくする環境を整えることである、というものである。
しかも、日本経済には10%成長が10年間続く、潜在成長力がある、という主張につながった。
1960年7月に首相になる、池田勇人氏が政権につく前の勉強会で下村氏と出会い、「所得倍増」のわかりやすい政策目標を掲げたのである。
高度経済成長は、下村氏の予測を超えて、1954年から20年にわたって続いた。
下村氏の証言をビデオに収めた過去の映像が紹介される。番組のなかで、もっとも印象的なシーンのひとつである。
下村氏は証言する。
「本当に千載一遇の幸運を、われわれはほぼ100%生かしたといえるでしょう」
設備投資が急増する背景には、日本の戦前から戦中にかけて培われていた技術力と、「人口ボーナス」と呼ばれる団塊の世代を中心とした若い労働力もあった。
高齢者は少なく、子どもの年齢が低いので、若い労働者は賃金を消費と貯蓄に回すことができる。貯蓄は銀行を通じて、再び設備投資に回る。
下村氏の存在は、日本の将来について、その設計者の必要性を物語る。
「ジャパン・アズ・ナンバー1」といわれたとき、米国は衰退に向かっている、と思われた。日本は21世紀に繁栄を謳歌するものと考えられた。
番組のコメンテーターの経済評論家・堺屋太一氏はいう。
「規格大量性生産の産業が廃れたアメリカを負けた、と勘違いをしていたんですね。実はアメリカの産業構造の変化が正しかったのがいまわかっているんです」
野口悠紀雄氏は語る。
「アップルのように、ブランドを確立するのと、販売は自分でやるが、商品の製造は中国を利用しているんです。高度専門サービス業ともいえる分野で、米国は発展を遂げているのです」
NHKスペシャル「ニッポンの肖像」シリーズは、「日本人と象徴天皇」を4月に取り上げ、今回の経済分野、そして6月の「世界の中で」は外交問題をとりあげている。いずれも、新たな証言を掘り起こして、これからの日本の将来を照射している。