ELNEOS 7月号 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦
企業によって提訴された、名誉棄損訴訟のなかで、最高裁判所の確定判決が出た最近のふたつの事例についてみていきたい。
訴えられたのはいずれも、文藝春秋社である。同社からみると、ふたつの判決は勝訴と敗訴に分かれた。
日本経済新聞社と同社の喜多恒雄社長(現会長)らが、提訴した週刊文春の報道について、最高裁は次のように一、二審の判決通りに文春の敗訴が確定した。
日経が問題としたのは、「日経新聞喜多恒雄社長と美人デスクのただならぬ関係」と題した記事などである。
二審の東京高等裁判所が、文春の主張を退けて、喜多社長の部屋に女性デスクが宿泊していたなどとする記事は事実に反する誤報である、と認定していた。最高裁第二小法廷は、これに対する文春の上告を退ける決定をした。
文春に日経本紙と週刊文春に謝罪広告を出すとともに、一二一〇万円の損賠賠償金を命じた。週刊文春の完敗ともいえる判決である。
『ニッポンの裁判』(講談社現代新書)の筆者である瀬木比呂志氏のこのケースに対する見方は最高裁とは異にする。
瀬木氏は裁判官出身の明治大学法学大学院専任教授である。
損害賠償訴訟を受けたメディアは、まず報道した事実が真実であることを証明しなければならない。それでなくとも、真実であることを信じるに足る相当性があればよい。
瀬木氏は近年のメディアに対する名誉棄損訴訟が、裁判所による「真実相当性」の判断が厳しく、メディアが敗訴する事態が多発していると問題視している。
その典型的な例として、日経が文春を提訴したケースを上げるのである。瀬木氏の分析は、一審と二審を対象としている。
「判決は、原告(日経)らの、『デスクは、同じマンションに住む別の知人を訪ねていたに過ぎない』との主張を、その知人を何ら特定しないままに、また、週刊紙側が申請したデスクや社長の本人尋問すら採用しないままに、デスクや社長の陳述調書等によって認め、『マンションの戸数は一五五だから、デスクの訪問先が社長宅であったことについては、『一五五分の一でしかない』という表現を用いて、『被告(文春)の主張はあまりにも薄弱』と決め付けているのだ」
さらに、瀬木氏は一、二審が命じている日経本紙への謝罪広告についても疑義を表明している。
「謝罪広告につき、週刊誌以外に、原告である新聞についても掲載を命じているが、これもきわめて珍しい。謝罪広告は、記事が掲載されたメディアについて認めれば十分であり、ことに、原告のような大新聞については、みずから勝訴判決の記事を掲載するなどして名誉回復を図ることが可能だからである」
ここまでのわたしの記述は、しいていえば言論の自由を担う、メディアの側からの見方である。
次回は、企業の側から考えるケース・スタディとして、ユニクロを展開するファーストリテイリングが提訴した名誉棄損訴訟で、文春が勝訴した確定判決を取り上げたい。
(この項続く)