経営権をめぐる闘争の勝利者・田中久雄体制の蹉跌
SOCRA寄稿
東芝は電力・インフラ事業を中心として、不適切な経理処理をしてきたことが5月8日明らかとなり、2015年3月期末決算の発表を見送った。さらに上場している子会社についても同様の措置をとった。対象の決算は今期にとどまらずに過去にさかのぼる可能性が高い。
東芝の調査の進捗の遅さはいうまでもない。13年3月期決算における不適切な経理処理について、すでに4月初めに、取締役会長の室町正志氏を委員長とする社内の特別委員会が調査にあたっていた。
13年6月に取締役・代表執行役社長に就任した田中久雄氏を中心とする経営陣の責任が追及されるだけではない。歴代の社長のなかで、日本郵政取締役・代表執行役社長を務める、西室泰三氏や、経団連副会長である、副会長の佐々木則夫氏らの進退に影響を及ぼす可能性もある。
田中久雄体制は異例づくめでスタートした。重電や半導体部門以外の調達部門から社長に就任した田中氏のみならず、前年に副社長を退任した室町氏が復帰して会長に、社長の佐々木氏は上場以来初の副会長となった。
経営権を握ったトップは、政治の権力闘争に似て、その絶頂期に蹉跌のカゲが忍び寄る。東芝が昨年5月に開いた、「最新経営方針・事業説明会」において、田中氏が中期経営計画を発表したのがその瞬間だったかもしれない。
今回発表が見送られた15年3月期決算において、営業利益が過去最高の3300億円に達し、翌16年3月期には純利益でも過去最高の1700億円、最終年の17年3月期には売上高も過去最高の7兆5000億円になるとした。
「よほどの事態の変化がなければ、必達の数値である」と、田中氏は力説した。さらに、社内カンパニーつまり事業セグメントや関連会社において、売上高経常利益率(ROS)の5%以上の目標を掲げて「達成できない場合はしかるべき判断をする」と断言した。
いったん決めた業績目標を守り抜いて、経営効率を図る。電力・インフラ事業は世界的に競争が激化している分野である。経営目標と競争のはざまで、事業部門のなかでいったい何が起きていたのか。東芝がメディアにコメントしている内容を概括すると、工事の原価総額が過少に見積もられた結果として、見かけの利益や売上高がよくなった可能性がある、という。
単純な比較はできないが、日立製作所の電力事業と社会・産業システム事業と、東芝の電力・社会インフラ事業をみる。14年3月期において、日立の電力の売上は前年比14%減、社会・産業は10%増である。東芝は11%増である。
総合電機メーカーといいながら、東芝の営業利益の実に8割以上をたたきだしているのは、電子デバイス事業。とくに、東北大学名誉教授の舛岡富士雄氏が在籍中に発明した、記憶媒体のフラッシュメモリーによる「1本足打法」といってよい。
田中体制はそれに次ぐ成長戦略の柱に、電力・社会インフラ事業を位置付けた。今回の事件はその洗い直しを迫る。