ELNEOS 6 月号 「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦
メディアの側に立って、名毀損訴訟を眺めるとき、権力が築く壁が徐々に高くなっている。すなわち、敗訴のリスクが高まると同時に損害賠償額も増えているのである。
裁判官出身の明治大学法科大学院専任教授である、瀬木比呂志氏の近著『ニッポンの裁判』(講談社現代新書)は、裁判所によるメディアに対する判断が、いかに厳しいものになっているかを明らかにしている。
広報パーソンにとって、名誉棄損訴訟の現状について学ぶ必見の書である。
企業がメディアに対して、名誉棄損訴訟を提起しやすくなった、と読み取ってはならないことは、回を改めたい。
瀬木氏の著作によれば、名誉棄損訴訟の状況が一変したのは、二〇〇一年である。この点について理解を深めるうえで、二〇〇四年春に休刊した月刊誌『噂の真相』の一連の報道を振り返りたい。
同誌は政官財のスキャンダルに果敢に切り込む編集方針を貫いた。その過程では裏付けが十分ではなかった記事もあった。名誉棄損訴訟を常に抱えていた。それでもなお、誌面の性格を変えることはなかった。
朝日新聞が一面トップで、『噂の真相』の記事を引用する形で、当時の東京高検の検事総長の女性問題を取り上げたのは、一九九九年四月のことである。スキャンダル雑誌の名称が、朝日の一面に掲載された衝撃はいまも忘れない。
さらに同誌は、当時の森喜朗首相が青年時代に売春等取締条例違反などで検挙された疑惑を掲載した。
瀬木氏はとくに森首相がメディアの袋たたきにあったのと、公明党が創価学会批判にいらだったことから、自民、公明の両党が衆参法務委員会において、裁判所を突き上げた事実を指摘する。
このことがきっかけとなって、最高裁判所の事務総局が中心となった、名誉棄損訴訟の研究会によって、賠償額は五百万円が相当であり、かつそれを算出する点数制度もつくった。
賠償額はそれまでよりも一桁大きく、その後も金額が増えていく。
一点十万円とする「慰謝料算定基準」の社会的地位の項目では、「タレント等一〇点、国会議員・弁護士等八点、その他五点」となっている。
瀬木氏は次のように述べる。
「これは、きわめておかしな考え方である。まずタレントの点数が高いことについて合理的な説明が付けにくく、タレントのスキャンダル報道が多かった週刊紙にダメージを与える意図が疑われる。また、公人中の公人である国会議員についてはある程度の批判は甘受すべきだというのが法律家の、また社会の、共通認識、コモンセンスであろう」
米国が言論の自由を守る姿勢から、メディアを訴えた原告に立証責任が課される。これに対して、日本ではメディアの側に立証責任がある。
記事の真実性が証明されればよい。たとえ真実でなくとも、そう信じるに足る相当な理由があれば訴訟を退けられる。これを「真実相当性」という。これに対する裁判所の判断は、メディアにとって厳しいものになっている。瀬木氏がいう、裁判所の権威主義、事大主義的傾向である。
(この項続く)