フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。
しゃかいデザイン株式会社の社長である宇田川燿平さん(50)は、地域の工芸品の作り手と消費者を結ぶ、ネットサービスの「てしごとクラブ」を昨秋に立ち上げたばかりだ。陶器や漆器、ガラス製品などに加えて、宇田川さんが企画した商品を産地の職人に作ってもらおうと各地を回っている。
宇田川さんは2004年7月、20歳代で起業して社長を務めるシステムコンサルタントの企業を、東京証券取引所マザーズ市場に上場した。39歳のときのことだ。ITバブル崩壊後の上場は業務内容が評価されてのことだったが、リーマンショック後の業績悪化の責任をとって、2009年秋に退社した。
「人間としてどうあるべきかを、改めて考えた」という。その答えが浮かんできたのは、ここ数年のこと。「まず自分の手でやってみる」という原点に帰ることだった。広島県などの地域振興に関わったり、中国の都市計画のコンサルタントをしたりしたことも回り道ではなかったという。そして、ネットとモノづくりを融合するアイデアにたどり着いた。
広島県尾道市の対岸に位置して、尾道水道を構成する向島に、かつては船の帆に使われた帆布(はんぷ)を加工してバッグなどを作る製造所を、宇田川さんが3月中旬に訪問するのに同行した。
立花テキスタイル研究所は、埼玉県出身の新里カオリさん(39)がたまたま旅の途中で立ち寄った尾道市が気に入って、大学時代に学んだ染色技術を生かそうと設立した。「帆布だけではない。地域の歴史を掘り起こすといまに通じるものが見えてくる」という。
向島ではかつて帆布に織る綿が栽培されていた。染色だけではなく、綿の栽培からやろうと思い立って、自分の畑ばかりではなく、地元のNPOにも声をかけて年々栽培面積を増やしている。島のはずれにある、廃屋となっている企業の保養施設を利用して、地元のこどもたちに染色を経験してもらうことも考えている。
宇田川さんが手がけているネットビジネスは、単なる販売のプラットフォームではない。地域の工芸品を作っている人々を文章と動画で紹介するとともに、新たな販路や製品開発を目指している。
新里さんに手渡した新商品のアイデアは、ちょっと大きめのトートバッグで、中にスマートフォンとPCがそれぞれ収まるポケットがある。宇田川さんは図面だけではなく、百貨店の紙袋を自分で加工した見本も持参した。
「産地の共通する悩みは後継者難だが、伝承しようと地元以外の人が住み着く例も出ている。ネットと連動すれば、日本の優れた工芸品が守れる」と語る。
日本の上場企業数は2014年に7年ぶりに増加に転じた。新規上場企業が77社に及んだことと市場から退場した企業が減ったからだ。新興市場の新規企業をみると、ビッグデータの解析や、人材のマッチングなどIT技術を取り込んだ事業が多い。
向島の山頂から瀬戸内海の島々と海が広がっていた。秋からその実がはじけるという白い綿の波が見えるようだった。起業は雇用を生むのはいうまでもない。宇田川さんのような再チャレンジ組も加われば、今度はITバブルではない。