NHKBS プレミアムドラマ「だから荒野」
主演・鈴木京香が女優の分岐点に魅せる
家族は簡単に壊れる、しかし……
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿。
東京の自宅から家出をして、旧姓の大野を名乗る森村朋美(鈴木京香)がいま住んでいる古い家は、長崎の坂の街を上った先にある。遠くに港を見下ろす風景が美しい。
朋美が長崎に住むようになるきっかけは、自分の誕生日を家族で祝おうとして予約したレストランの出来事だった。せっかくの日にワインでも飲もうと考えていたが、夫の浩光(杉本哲太)はいつものように朋美に運転させる。通勤の駅まで送っている朋美を「ママタク」(ママのタクシー)と呼んでいる。接待で高級なレストランにいって、自称グルメの夫は、朋美が予約したレストランの料理をけなしまくる。
「さようなら」と発作的に席を立った朋美は家出を決意して、駐車場の車を運転して夜の街に出る。彼女の誕生日を忘れずにメールをくれた、友人の滝川知佐子(YOU)の勧めで、高校時代に付き合っていた長崎に住む宮内繁(豊原功補)に会いに行こうと、思う。
原作は桐野夏生の「だから荒野」である。鈴木京香主演で同じタイトルのNHKBS プレミアムドラマとなった。3月1日(日)が最終回である。
家族はジグソーパズルのようなもので、ひとつがはずれると全体があっという間に崩れしまう。桐野の原作は登場人物たちの巧みなセリフの組み合わせによって、現代の家族のもろさを明らかにしていく。
鈴木京香という美貌の女優が、ドラマで実年齢の46歳の疲れた妻を演じる。年月は人々に平等に訪れる。美しい若い女優たちは次々に現れる。
三谷幸喜の映画や舞台の常連で、「三谷組」の一員である鈴木京香がこれからどのような女優人生を歩むのか。今回のドラマはその転機になるのではないか。「老い」に対して抗(あらが)うのではなく、率直に受け入れて演技の幅を広げる可能性である。
朋美は高速道路のサービスエリアで知り合った、若い女性の桜田百音(小野ゆりか)に同情を寄せる。婚約者に置き去りにされた彼女は素足で寒さのなかで立ち尽くしていた。
一般道に降りて、ふたりでラブホテルの泊まった翌朝、朋美は桜田が車を盗んで去ったこと知る。
「九州まで」と書いた段ボール紙を抱えて、ヒッチハイクを試みる朋美。スコールのようなにわか雨が降ってくる。両手を空に突き出すようにして、背伸びする朋美の表情には、微笑みが浮かんでいる。
このシーンは、映画「ショーシャンクの空に」へのオマージュ(敬意)であろう。妻を殺したという無実の罪で、刑務所に何十年も服役し、脱獄に成功した元銀行役員は、練り上げた計画で下水管から脱出して外に出ると、スコールに見舞われる。着ている物を脱ぎ捨てて、朋美のように歓喜にひたる。
鈴木京香が演じる主人公が出会う人々や、それを取り巻く光景は、「ロードサイド・ムービー」のそれである。車に限らず、列車などによって旅を続ける中で、主人公が人生の意味や家族の在り方を考え、そして人間として成長していく。
ドイツの巨匠・ヴィム・ヴェンダーズ監督の「パリ、テキサス」はその傑作として知られる。日本なら、先ごろ亡くなった、高倉健主演の山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」である。
朋美はいま、坂の上に暮らして、食事の準備がままならない高齢者のための宅配を考えて、高齢者の聞き取りや、アルバイトをしている居酒屋の主人らに相談を始めている。
車を盗んだ桜田百音が居酒屋にやってくる。朋美が車を百音にくれたことにして、警察が事件にしなかったお礼をいいに来たのである。
「朋美ちゃんは素敵になった。もともと素敵だったけど」
百音もまた、佐賀県・嬉野温泉で仲居の仕事を見つけて、その合間にかつての夢だった歌手として旅館の舞台に立っていた。
朋美がたどり着いたのは、ヒッチハイクで拾ってもらった、長崎の原爆の語り部である山岡幸吉(品川徹)の家である。山岡は小学校の教員を定年後、鍼灸院を開いて、いまは語り部に心血を注いでいる。
この家に転がり込んだ形の朋美のもとに、不登校の高校一年生の次男・優太(濱田龍臣)がやってくる。そして、山岡の世話をしている地元の大学院生を名乗る、亀田章吾(高橋一生)との奇妙な共同生活が始まる。
ひきこもりに陥っていた優太が心を開き、長崎で高校生活のやり直しをしようとしている。亀田は実は、高齢者の相手としてしのびよって、現金などを騙し取っていることがわかってくる。
語り部の山岡は、これまで語っていない個人的な秘密を持っている。彼は疑似家族のようになった朋美や優太、亀田にそれを語ろうとする。
ロードサイド・ムービーの終着点がラストまでわからないように、このドラマの人間模様がどうなるのか、いまだにわからない。
ただ、鈴木京香という女優が新たな領域を切り拓くことは、間違いないだろう。
「セカンドバージン」(NHK・2010年)で、離婚後は愛を絶って生きてきた鈴木演じる中年の編集者は、年下の妻帯者の金融マンにおぼれる。その地点からはるかに遠くの円熟した地点に到達するだろう。