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若者の田園回帰が「地方消滅」に挑む

2015年3月1日

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 フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

 橋本愛が演じる、いち子はとにかくよく食べる。奥羽山脈の小森という集落が舞台である。材料のほとんどが自分で栽培するか、近くの山で採ったものばかり。新ジャガとクレソンのサラダ、軒下につるしたシミ大根と豆腐……

 岩手県奥州市とその周辺で1年間にわたってロケした2部作「リトル・フォレスト」のうち、昨年の「夏/秋」に続いて14日に公開された「冬/春」である。

 町のスーパーの仕事を辞めて、彼女は母親が家出をした実家で一人暮らしを始める。廃校になった小学校の分校の同窓生たちや、集落の老人たちと触れ合いながらどう生きたらよいかを考える。

 ラストシーンで、分校を会場にした集落のバザーを開いて、余興に祭りの踊りを舞う。婚約者がいることが暗示され、集落に居を構えて子どもを産むという。女性の同級生は膝に赤ん坊を抱いている。子ども数を増やして分校を再開する夢を語る。

 いち子のような若者たちが地元の農村にUターンしたり、地元ではないが近くにIターンしたりする若者たちの動きを「田園回帰」と呼ぶ。地方で暮らしたいと考える人々の相談にのるNPOふるさと回帰支援センター(東京)の相談件数が昨年、初めて1万人を超えた。そのうち20歳と30歳代が3割以上を占める。

 子どもを産む可能性が高い20歳から39歳の女性の人口を推計することによって、地方自治体の「地方消滅」を唱えた、日本創生会議の増田寛也氏の指摘は、いまだに論壇のテーマになっている。

 2010年をベースとして40年には、全体の半数近い自治体が上記の女性人口が5割以下に減少する。さらに人口が1万人を切る自治体が3割近い。前者を「消滅可能性都市」、後者を「消滅可能性が高い」とする。

 この論議の立て方に真っ向から反論するのは、「農山村は消滅しない」(岩波新書)の著者、明治大学農学部教授の小田切徳美氏である。第一は、集落は強靭であり「どっこい生きている」。老いた父親世代が守ってきた田園を、近くの都市に住む子ども世代が週末に帰って手を入れている集落が増えている。第二は、若者たちの田園回帰によって、集落が活性化して新たな産物や加工業が生まれている。

 日本創生会議の人口減少社会の処方箋は、東京に流れ込む若者人口をせき止めるダムの役割を果たす、20万人規模の地方都市を育てて、それを中心とした地域の振興を図るというものである。

 若者たちの田園回帰は実は、バブル崩壊後の20年ほど前から始まっていたのではないか、と議論されている。非正規雇用の拡大は、若者にとって都市が住みやすいところではなくなったのである。いち子の映画の原作は約10年前のコミックの単行本である。

 時代の先を行く若者たちの感性はときに、社会を変える。かつての若者のひとりである私はそう感じ、現代の彼らに期待したいと思う。

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