WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿。
柴咲コウと東山紀之が夫婦役で激突
「家政婦のミタ」の脚本・遊川和彦
夜のニュース番組のキャスターを務める、久保田正純(東山紀之)が深夜に自宅の高層マンションに帰ってくる。妻のひかり(柴咲コウ)が寝室で眠っていることをそっとうかがって、のどが渇いて水を飲もうとする。
背後から差し出される水が入ったグラス。何気なくそれを受けとった正純であったが、音もなく近寄ってきた、ひかりに驚いて手から落としたグラスは床に落ちて砕ける。
日本テレビ「○○妻」(水曜日放映)は、正純とひかりのこのシーンが場面展開に使われている。「家政婦のミタ」を手がけたヒットメーカーの脚本家・遊川和彦が、かいがいしいつまり良くできた妻であるひかりが、謎を秘めていることを繰り返し表現しているのである。
第1話(1月14日)と第2話(1月21日)を観た。「○○妻」の「○○」とは何か。謎は深まるばかりである。「家政婦のミタ」に似て、遊川の脚本は最後まで観客をドラマの週末まで飽きさせないのだろう。
視聴率もまた「家政婦」のようにいまのところしり上がりのようである。最終回が「家政婦」のように40%を超えるには、あとはSNSを含む口コミの広がりだろう。
第2話のラストに、正純がひかりの寝顔をみてつぶやく。「おまえはいったい何者なのだ」。
ひかりの両手は胸元でしっかりと組んでいる。この姿で眠らなければならない、ひかりの過去もいずれ明らかになっていくのだろう。
現代劇から時代劇まで幅広い分野をこなす、東山はいまや日本を代表する俳優である。まっすぐな二枚目から、それを下地にしながらも弱い男の一面も同時に演じ分ける。藤田まことのヒット作を継いだ「必殺シリーズ」の中村主水であり、「トリック劇場版 ラストステージ」の難病の娘を抱えた父親役などである。
第1話のラストで、正純はひかりの前に土下座をして「結婚をしてくれ」という。テーブルの上に置かれた婚姻届けには正純の署名と印が押されている。
首を横に振るひかり。自分の部屋いったんもどって、ひかりが手にしてきたものは、「契約書」である。
この時、正純とひかりは正式な夫婦ではなく、ひかりの希望によって契約によって6年間も暮らしていたことがわかる。
「どうしだよ。こどもも欲しいし」ととりすがる正純。
ひかりは同意しない。身の回りの簡単な服装をキャリーバッグに詰めて、家をでてしまう。
正純役の東山がまっすぐにひかりにぶつかるような演技をみせる。ひかり役の柴咲は、感情のゆらめきを表面にあらわさずに、自分の考えを変えない。東山の演技をかわすようにみえて、受け止めている。
「○○」がいっこうに明らかにならない不可思議な感覚に襲われているのは、正純である。観客はそんな彼に感情を移入して、あらためてひかりの仕草と行動をじっとみつめることになる。
家出をしたひかりは、カプセルホテルに泊まる。その間に正純は、ひかりなしの生活がまったくなりたたないことを痛感させられるのだった。
まず、その夜の番組に着る洋服やシャツ、ネクタイのコーディネートがひかりまかせだった。ひかりが家出した直後に、正純の家族たちが自宅のタワーマンションに暮らし始める。
父の作太郎(平泉成)が脳梗塞で倒れ、母の仁美(岩本多代)が主婦替わりとなるが、朝の味噌汁の熱さに正純は驚く。ひかりは適温を知っていたのである。
声がしわがれる。ひかりは加湿器を入れておいたので、のどが守られていたことを知る。
夫の浮気騒動で、姉の川西美登利(渡辺真起子)と娘が転がり込む。その下の姉の久保田実結(奥貫薫)も。マルチ商法などにかかわってきたが、今度ミュージカルを目指すという。
多彩な演技派の俳優を縦横に配して、正純の困惑ぶりに微苦笑させられる。
ひかり自身の家出騒動も、正純の家族たちのてんやわんやも、ひかりが描いたシナリオで一気に解決する。
復縁を願う正純と待ち合わせの場所に、ひかりは個人タクシーで乗り付ける。正純が契約をしないので、新しい人物が契約することになったと告げる。
タクシー運転手(太川陽介)が振り返る。彼がその人だというのである。
ひかりなしではなにもできないことがわかった、正純はひかりと再契約をする。
家族の騒動は、それぞれが幸せになれるように、ひかりが手配するのだった。離婚騒動の姉には、その夫にメールをして多額の慰謝料につながるおそれを伝え、次姉には歌の練習をするカラオケを紹介するのだった。
柴咲コウは、行定勲監督の代表作である映画「GO」(2001年)の美少女役で各種の映画賞を多数獲得した。「ガリレオ」シリーズでは、ドラマの第1シリーズと、映画「容疑者Xの献身」でも内海薫刑事を演じている。
主人公の演技を真正面で受け止めながら、自らの演技と調和させることで、映像の奥行を深くしているように思う。
「○○妻」は、柴咲にとって連続ドラマの初主演という。女優としての過去の実績からすると意外な感がする。
今回のドラマは、おそらく柴咲の代表作のひとつになるだろう。