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希望なき若者たちの愛のドラマ

2014年12月17日

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TBS金曜ドラマ「Nのために」

元警察官役・三浦友和が謎を解く旅の終着点近し

   WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿。

 築70年近い2階建ての木造アパート「野バラ荘」の庇(ひさし)越しに、高さ200mの超高級マンションが見える。

 ふたつの建物に住む人々がふとしたきっかけで交錯して、10年前の2004年にその事件は起きる。

  野バラ荘

 杉下 希美 Nozomi sugishita (榮倉奈々) 大学3年生、瀬戸内の島出身

 安藤 望  Nozomi andou(賀加賢人)大学4年生、長崎沖の島出身、商社の就職内定

  西崎 真人 masato Nshizaki(小出惠介)大学留年2年目、作家志望

 そして、住まいは別だが、杉下の高校の同級生

 成瀬 慎司 shinji Naruse(窪田正孝)大学3年生、高級レストランのアルバイト

  超高級マンション

 野口 貴弘 takahiro Noguchi(徳井義実)商社のエリート課長

 野口 奈央子 Naoko noguchi(小西真奈美)貴弘の妻

  主要な登場人物がイニシャルに「N」を持つ。TBS金曜ドラマ「Nのために」は、事件がいったい誰のためになされたのか。

  原作は湊さかえ氏の同名小説である。映画化されたベストセラー「告白」によって、日本のミステリーの潮流を変えた、といわれる同氏の今回作品の映像化もまた、サスペンスドラマの新境地を拓くものである。

  原作には登場しない、杉下と成瀬の出身地の駐在を務めていた元警察官の高野茂(三浦友和)が関係者のところを歩きながら、その謎に迫る。

  高層マンションの48階の野口夫婦の部屋で、ふたりの死体が横たわる。そこには、杉下(榮倉)と西崎(小出)、成瀬(窪田)が呆然として立っている。部屋の外には安藤が。

 警察と消防隊が駆けつけて廊下は騒然となっている。

  西崎(小出)はこう告げる。

 「わたしがやりました」

  4人の若者たちが、現場に居合わせたのには、それぞれがもっともな理由がある。

  野バラ荘の住人である杉下(榮倉)と安藤(賀加)は、死んだ野口夫婦と沖縄のスキューバーダイビングの旅で親しくなった。将棋が趣味の杉下は、同好の野口(徳井)が安藤と勝負をする際の影の参謀として手を教える関係である。

  この日は、高級レストランで出前のアルバイトをしている成瀬(窪田)の計らいで、野口夫婦と杉下、安藤の4人でその食事を楽しむことになっていた。

 殺人を自供した西崎(小出)は、花屋のバイトとして部屋に花を届ける役割だった。

  元警官の高野(三浦)が納得できないのは、この事件の前に勤務地である島で起きた放火事件とのつながりである。成瀬の父親が経営する料亭が経営不振から売却がきまったわずか後に、放火によって焼失した。

 その現場ちかくに、同級生の杉下と成瀬がたたずんでいたのである。

 どうして、ふたりは事件現場に二度も一緒にいるのだろうか。

  ドラマはこの放火事件と、野口夫婦の事件、そして西崎が出所してきた現在の3つの時間を織りなすように進行している。

 殺人容疑で10年の刑を終えて出所して西崎は、野バラ荘に戻って大家がそのままにしておいてくれた部屋で暮らすようになる。

 杉下は友人と起業したインテリヤデザインの会社を辞めて、住居も引っ越す。

 安藤は海外勤務を経て、本社に戻ってくる。

  「劇中劇」はドラマのなかで演じられる劇である。「Nのために」では「劇中小説」とも名づけたくなる、作家志望の西崎の習作である「灼熱バード」がキーとなる。

  第6話(11月21日放映)は「灼熱バード」がなにを意味しているのかがわかってくる。西崎が母親によって、タバコの火を体に当てられたり、暴力を振るわれたりした、虐待の体験である。

 そして、杉下を訪ねてきた奈央子(小西)が西崎の部屋で明らかにした夫からの暴力である。奈央子は「灼熱バード」を読んですぐに、西崎が自分と同じ境遇であることを見抜くのだった。

  野バラ荘の住民である杉下、安藤、西崎の3人が「灼熱バード」を肴にして飲むシーンで、西崎は「愛」の意味を問う。

  杉下はいう。

「愛は罪の共有である」

 しかも、相手に気づかれずにそっと寄り添うように罪を共有する、と。

  島の放火事件は、先行きに希望を失った成瀬が犯人であったろう。杉下はそのアリバイを証明する嘘をついた。

 杉下もまた、父親が愛人を家に入れて、母と弟とともに追い出されて島の「幽霊屋敷」と子どもたちに呼ばれた廃屋のような住居で青春を過ごさなければならなくなった。

  冒頭の野バラ荘から見える高層マンションは、「高いところを目指す」という杉下の希望の象徴だろう。「島」とは希望なき現代の若者たちの現状を表す暗喩(あんゆ)である。

  黒澤明監督の「天国と地獄」(1963年)のなかで、高台の高級住宅街にある靴メーカーの常務(三船敏郎)の大きな住宅を、木造アパートの狭い部屋から見上げる誘拐犯人のインターン(山崎努)の姿は時代の象徴だった。部屋は夏暑苦しく、冬は寒い。

 高度経済成長にかけあがっていく日本は、職人からのし上がった被害者の常務がいる一方で、社会に不満を抱く若者の存在を否定できなかった。

  現代の若者たちの希望なき状況はかつてよりも広がっている。彼らは「愛」を手に入れられるだろうか。

  杉下は元警官の高野に自分がガンの告知を受けて、余命が半年であると話す。

 そして、自分もあの野口夫婦の事件の真相を知りたいと。

 

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