恋のかけひきはほんのり笑える
綾瀬はるか「きょうは会社休みます」
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿。
「青石花笑(あおいし・はなえ)、30歳。帝江物産に働くOL。男性経験のないまま20代を過ごし……」
明るく軽やかなシャンソンのようなメロディーをバックにして、自己紹介のようなセリフでドラマは毎回幕をあげる。
青石花笑役が綾瀬はるかであることは、ちょっと控えめながらも芯の強い性格を現わしているようなその声から、すぐわかる。
日本テレビ「きょうは会社休みます」は、原作が藤村真理のコミック誌連載のドラマである。初回(10月15日)から第4回(11月5日)まで観た。
帝江物産の輸入食材の部門で働いている、花笑をめぐる恋のかけひきがほんのり笑える。
男性と初めて夜を過ごした相手は、職場の大学生のアルバイトである田之倉悠斗(福士蒼汰)である。
イタリア食品会社のCEO・朝尾侑(玉木宏)も花笑に恋心を抱いて機会をみては誘うのだったが、花笑は冗談とからかいと考えて相手にしない。
田之倉役の福士はNHK朝のテレビ小説「あまちゃん」で主人公の高校の先輩を演じて、一躍知られるようになった若手二枚目俳優であることはいうまでもない。
玉木が演じる朝尾がライバルであることはまだ知らない。
「こじらせ女子」である彼女は突然訪れた熱い時間に戸惑いを隠せない。このドラマのキーワードで知った「こじらせ女子」とは、流行にうとく自分の女子力に自信がない女性のことをいう。そもそも女子力とはなにか、ということになる。
花笑がその女子力を徐々に高めていくプロセスを、ドラマは描いていくのだろう。
ライバルの田之倉と花笑の関係を知りながら、恋のアドバイスをする朝尾のセリフと、それに反応する花笑の表情が楽しめる。
脚本家の金子茂樹がつむぎだすセリフの数々と、その背後に流れる得田真裕の音楽が軽やかである。原作のコミックを読み込んで登場人物たちをいきいきと浮かびあがらせているのだろう。
作家の久米正雄が造語した「微苦笑」という言葉ある。微笑と苦笑を合わせた微妙なニュアンスである。
恋におちた花笑の表情は、微笑から苦笑、そして微苦笑へとめまぐるしく変わる。
田之倉にメールを送っても返信がないままに、明け方を迎える。人生で初めての徹夜となった。携帯電話それもガラケーをお風呂場近くや洗面台のそばにおいて、メールを待つ花笑がいじらしい。
会社に出勤すると田之倉は欠勤で、大学の試験のためであることがわかる。
そして、花笑からのメールに気づかなかった田之倉から返信がある。
田之倉と一夜を過ごして、出勤を急ぐ花笑と朝尾(玉木)が道で出会って、こう忠告する。
「きのうと同じ服で出勤すると、相手もそうだと、すぐにばれるよ」
花笑は会社を休み。「きょうは会社休みます」である。
「こじらせ女子」の演出の小道具もこっている。ガラケーがそうである。そして、花笑が田之倉と交際を始めると、眼鏡をはずして、服装も変わる。
田之倉がちょっと前のバイト仲間の女子大生と仲良く話すのをみると、翌日は眼鏡に。
感情をセリフだけでなく表現することで、しゃれたコメディとして仕上がっている。
朝尾のアドバイスに花笑は動揺する。「こじらせ女子」はその言葉の意味がわからない。
「重い女になっちゃだめだよ」
「重い女って?」
田之倉の部屋に初めて誘われて、ベッドの下に赤いシュシュがあるのを見つけた花笑は、怒って帰ってしまう。
「重い女になってしまった」
そんな花笑の気持ちを救ったのは、田之倉だった。だまって部屋のカギを差し出す。「いつ来てもらってもいいですから」
夜の遠景に観覧車の明かりを配した港のそばで、抱き合うふたりがほほえましい。
ふたりの恋の成り行きはどうなるのか。そして、朝尾は花笑を奪うことができるのだろうか。企業のCEOとして活躍し、高級外車を乗り回す彼と結ばれるなら、シンデレラ物語だが、ドラマの進展はそう単純なものではなさそうである。
「こじらせ女子」のキーワードは、現代の恋愛観を象徴的に示している。「結婚適齢期」という言葉は死語になろうとしている。
若い男女にとってばかりではない。花笑の恋愛をやさしくみつめる父・青石巌(浅野和之)と母・光代(高畑淳子)も、そうした時代の変化を受け入れがたく、そして受け入れようとしている。
セレブとの結婚を狙って、朝尾に近づく花笑の同僚の大川瞳(仲里依紗)も現代の恋愛観の一端を示す女性である。
脇役陣のほのぼのとしたセリフや表情も、花笑の恋の行方を明るいものに照らし出しているようだ。
瞳役の仲は、NHKプレミアムドラマ「昨日のカレー。明日のパン」では主役を演じている。夫を7年前に亡くしても、義父(鹿賀丈史)と暮らす20代のOLを演じている。義理の叔母にあたる歯科医(片桐はいり)は独身、近所付き合いの元キャビンアテンダント(ミムラ)は表情から笑いを失っている。
このドラマもまた、さまざまな現代女性の生き方がほのぼのとしたタッチで描かれている。
「女子」はいまのドラマの大きなテーマになっているようだ。