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広島の科学者が掘り起こした「ビキニ」の真実

2014年9月4日

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NHKスペシャル「水爆実験 60年目の真実」

 1954年3月1日、太平洋のビキニ環礁で、広島型原爆の1000倍の破壊力をもった水爆実験が行われた。米国が前年にソビエトが成功したのに追いつこうとしたのである。

  実験地から150㌔圏内で操業していた、第五福竜丸が被ばくした悲劇は広く知られている。乗組員23人の全員が被ばくし、無線長の久保山愛吉さんが急性の原爆症によって亡くなった。

  NHKスペシャル「水爆実験 60年目の真実」(8月6日)は、ビキニ環礁の水爆実験によって、第五福竜丸のみならず100隻近い漁船が被ばくした可能性を明らかにした。

 これまで、なぜこうした重要な事実が隠されてきたのか。番組はその深層にも迫った。

 歴史の新たな事実を掘り起こした、調査報道の力作である。

  広島の原爆症に取り組んできた科学者たちがその真相を明らかにした。さらに取材陣は米国や日本の公文書を情報公開の手続きで手に入れて、科学者たちとともに水爆実験の影響を探っていく。

  調査チームは昨年4月にスタートした。放射線物理学の権威である広島大学名誉教授の星正治さんと、統計学の専門家である同大教授の大瀧慈さん、血液学の田中公夫さん。そして高知県の元高校教師で、長年にわたって漁船員たちの聞き取り調査をしてきた、山下正寿さんである。

「ヒロシマ」の悲劇を追究してきた科学者たちが、ビキニの水爆に挑むことになった。

  アプローチはさまざまな角度からなされた。放射線物理学の星さんは、生存している元漁船員の歯に注目する。細胞は日々生まれ変わるのに対して、歯は変わらずその表面のエナメル層の放射線量から当時の放射線量を推定できるのではないか、というのである。

 血液学の田中さんは、元漁船員の血液の採取から染色体の異常が通常人よりどの程度の水準にあるか、その数値から被爆の状態に迫る。

 統計学の大瀧さんは、実験当時に米国が太平洋各地に設置した放射線量のモニタリング・ポストの記録と、日本漁船の航路記録とを重ね合わせることによって、水爆実験の影響を探る。

 科学者と取材チームが組んで、事実を掘り起こす「調査報道」は、福島第1原発の事故の検証でもNHKは取り組んでいる。

 ワシントンの国立文書館で、チームは極秘文書を発見する。日本の厚生省から外務省を経て、米国の国務省に渡された、水爆による広範な調査リポートである。

 これまで政府が否定してきた、漁船員のからだの被爆線量の記録がそこにはあった。

 ガイガーカウントの数値は最大で500カウント。毎時2.5マイクロシーベルトに相当する。水爆実験の影響は明らかだった。

 広島や長崎の原爆の被害者で現れた、急性の症状が漁船員の問診から、血便などを訴えるひとが出ていた。

 それでも、米国は実験を中止しなかった。

 第五福竜丸が被爆した第1回目の実験から、2カ月半にわたって計6回の実験を行った。

 当時のエネルギー省の幹部は次のように証言する。

 「ソ連の水爆実験が成功していたので、米国にはあせりがあった。核実験の中断をおそれて、日本漁民の不都合な事実はすべて隠された」

 さらに、取材チームは、米国による日本国民が反核に走らないようにする世論工作の実態も明らかにした。

 アイゼンハワー大統領政権下の「工作調整委員会(OCB)」の文書である。

 1954年にベトナムでホーチミンが政権に就くなど、共産勢力がアジアに浸透している状況を踏まえて、米国政府は第五福竜丸事件が反米運動につながることをおそれた。

  OCBの文書はいう。

「放射能パニックが共産勢力に絶妙の機会を与える」

 アイゼンハワー大統領は、水爆実験の前年に核の平和利用を掲げていた。

 文書は、そうした流れを受けて、「日本での平和利用を雑誌、映画を通じて訴えるべきだ」としている。さらには、平和利用に関する博覧会を開催することも記している。

 実際に、全国11カ所で開かれ、延べ300万人が来場した。

 科学者たちのアプローチの結果はどうだったろうか。

 高知県黒潮町の元漁民の歯から、自然の放射線被爆とレントゲン検査などの医療被爆を差し引くと、319ミリシーベルトの放射線が検出された。

 通常のひとが健康を保つとされる100ミリシーベルトを超えていた。

 広島の原爆と比較すると、爆心地から1.6㌔の地点の被爆に相当する。

 この地域のひとたちは医療費が全額無料などの保護を受けている。

  染色体の異常も被爆を裏付けた。水爆実験のさなかに操業していた元漁船員18人の染色体を検査した結果、14人で異常値が高かった。染色体は、放射線によって断ち切られたあと、復元する過程で、他の染色体と合体したりする異常が現れるのである。

  太平洋のモニタリング・ポストと漁船の航路記録は、98隻の漁船が被爆した可能性があることを示していた。

  ヒロシマの科学者たちが解明した事実が、当時明らかになっていれば漁船員たちの健康が損なわれる可能性は低くなったと思われる。202人の漁船員の追跡調査によると、ガン死亡が多く、水爆実験から34年後に約30%が亡くなっている。白血病の患者も多い。1万3000人に1人の発症率に対して、3人も患者がいた。

  第五福竜丸のかげに隠れていた、真実の記録の出版を期待したい。

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