敵役・香川照之に談春も加わって
中堅の精密機器メーカー・青島製作所の工場や倉庫をつなぐ渡り廊下で、野球部のチアリーダーを務める女性社員の山崎美里(広瀬アリス)が、派遣社員の沖原和也(工藤阿須加)に食べてもらおうと、ミカンを放り投げる。その放物線は沖原から大きくそれるが、彼は難なくそれをキャッチする。
製造部の配送係として働く沖原は、社員たちから誘われて交わろうとしない。ただ黙々と製品の積み出し作業を続ける。母親に仕送りをしている彼は、正社員を目指している。
青島製作所の社会人野球のチームと、社内の職場対抗試合で勝ちあがった製造部のチームの試合で、嫌々ながら補欠に加わる。負傷した主戦投手に代わってマウンドに登った沖原は153キロの剛速球を投げる。甲子園を目指しながらも、高校時代にチームのなかでいじめにあって暴力事件を起こしたことがのちに明らかになる。
TBS「ルーズベルト・ゲーム」は第1話(4月27日)、第2話(5月4日)、第3話(5月11日)と回を重ねて、主役の青島製作の社長・細川充(唐沢寿明)ともに、沖原がドラマを織りなす重要な役割を担うことがわかってくる。
このドラマの原作は、大ヒットした「半沢直樹」と原作者が同じ池井戸潤氏であることから、視聴率に寄せる関心が高かった。ビデオリサーチによると、第1話 14.1%、第2話 11.8%、第3話 13.7%と、ドラマとしては合格ラインにある。
大手取引先のジャパニスクの社長・諸田清文(香川照之)とライバル企業が組んで、青島製作所に仕掛ける罠から、社長の細川がいかにして逃れる策を見いだせるか。存亡の危機に立った企業のなかで、社会人野球チームの再生の物語が絡み合あう。
「半沢直樹」のように、最終回に向かってブームを呼ぶだろうか。ドラマの展開を担うキャスティングがその成否を分ける。
エンドロールに「談春」の名前を最初に見出したとき、どの役をこなしたのか一瞬虚をつかれた。
立川談春は、立川談志家元の直弟子であり、いまや落語界の大看板ともいえる存在である。独演会のチケットは瞬間に完売する。私も幾度か試みたが手に入れられなかった。
青島製作所のライバル会社である、イツワ電器社長の坂東昌彦役が、その談春だった。
細川(唐沢)の敵役である。
キャスティングは、主役の唐沢に対して、敵役に談春をぶつける。俳優と落語家、このふたりには共通なものがある。それは卓越した随筆を書く文章力である。
唐沢が書いた『ふたり』は高校の教科書に取り入れられてことで知られる。談春は『赤めだか』である。修行時代の談志家元の不合理ともいえる行動を描くとともに、唐沢作品と同様に若者が下積みから苦労を重ねて、成長していく姿がよくわかる。
主役の唐沢に対して、談春は陰険な敵役を見事に演じている。
わき道にそれるが、随筆がうまい役者が私は好きだ。戦後を代表する二枚目の池部良は太平洋戦争で自らが南方に出征して帰還した体験談などに珠玉の文章を残した。
戦前に子役でデビューして、戦後の大女優のひとりとなった高峰秀子もまたそうだ。日本を代表する映画監督である、黒澤明との愛と別れの随筆はいまも心に残る。
名優というものは、演じる自分をどこかで客観的にみつめている、もうひとりの自分がいるのではないだろうか。
「ルーズベルト・ゲーム」に戻る。野球の試合としては最も醍醐味があるのは、「8対7」の打撃戦つまり逆転につぐ逆転である、と米国のルーズベルト大統領がいったという逸話からきている。
ジャパニクスとイツワ電器は、青島製作所のメインバンクの支店・融資課長を引き入れて、融資の引き上げを画策して、いったんは青島を窮地に追い詰める。しかしながら、融資課長の不正を暴くことによって、細川は「逆転」に成功する。
次なる危機を「逆転」できるか。このドラマのシリーズは中盤のヤマ場にさしかかっている。
敵役のジャパニックスとイツワ電器が次に仕掛けてきたのは、青島製作所がイツワ電器の特許を侵害している、という訴訟である。青島の技術陣と顧問弁護士は、その事実はまったくないことに自信をもったが、訴訟が提起される報道によって、青島は風評被害によって注文が激減して、倒産の危機に立つ。
青島製作所の社会人野球チームもまた、存亡の危機にある。創業者でチームを作り、存続を願う会長の青島毅(山崎努)と、社長の細川が賭けをして、都市対抗野球に出場することができればチームは継続する。
冒頭に登場した派遣社員の沖原は、チームメイトに助けられ、部長を兼務する総務部長の働きもあって正社員となり、チームに加わる。
沖原役の工藤阿須加は、NHK大河ドラマ「八重の桜」で、八重の弟を演じた。時代劇から現代劇へ。若手俳優の生き生きとした演技をみせる。
唐沢と工藤は、いまのところ交わることなく、企業と野球チームのドラマをそれぞれが演じて、登場シーンは切り替わる。ふたりは意識することなく、演技を競いあっているのだろうか。工藤という新しいスターの誕生を予感させる。 (敬称略)