東日本大震災の3.11から間もなく3周年を迎える。これまでの歳月は震災前よりも長く感じるのは私だけだろうか。あの日を境として、震災後社会は政治、経済、社会、文化あらゆる分野で、それ以前のあり様を考え直している。
テレビ朝日開局55周年記念ドラマ「時は立ち止まらない」(2月22日)を観た。岩手県の三陸沿岸の仮名の市が舞台である。地震と津波に襲われたふたつの家族が織りなすドラマは、フィクションだからこそ描ける、震災地に生き残った人々の感情をていねいに描いている。
日本のドラマ史に残る数々の名作をてがけた、山田太一の脚本である。
2013年初めに封切られた、監督・山田洋二の「東京家族」と響き合う。この作品は名匠・小津安二郎に捧げるオマージュとして、震災前に企画されて脚本が仕上がった段階で、震災に遭遇して、山田監督は書き直した。
主人公の末息子の青年と婚約者が出会ったのは、震災地のボランティア活動の場であった。そして、小津の名作「東京物語」の重要なストリーを取り入れて、青年の老母は瀬戸内の島から夫ともにこどもたちが住む東京に旅にきて、急死する。
青年と婚約者がふたりで震災後の社会を、希望をもって生きていこうとする、ラストシーンが美しい。
「東京家族」で夫婦役を演じた、橋爪功と吉行和子が「時は立ち止まらない」では、ふたつの家族のそれぞれの祖父・浜口吉也と、祖母・西郷奈美に分かれて、物語のなかで微妙な感情を交錯させる。
地元の信用金庫の支店長を務める西郷良介(中井貴一)が主人の西郷家と、漁師の浜口克己(柳葉敏郎)が主人の浜口家である。
ドラマの冒頭は、西郷の長女で市役所に勤務しながらいずれは政治家を目指している、千晶(黒木メイサ)と、浜口家の長男で漁師の修一(渡辺大)が結婚を前提として、両家の顔合わせのシーンから始まる。
主人同士が中学校の同級生であることがわかると同時に、ふたりになにかわだかまりがあるように見えるのが、ドラマの伏線となる。
祖父母と夫婦、その長男と次男の6人家族の浜口家と、祖母と夫婦と一人娘の西郷家の幸福な未来がくるのがみえるような、にぎやかな食事会から間もなくのことである。
東日本大震災の地震と津波が、ふたつの家族を襲うのだった。海の近くに住んでいた漁師の浜口家は、家が流され、祖母と長男、妻を失い、祖父(橋爪)と主人(柳葉)と次男の高校生の光彦(神木隆之介)が生き残った。
高台に住んでいた西郷家は、家も残り、全員が無事だった。主人(中井)と妻・麻子(樋口可南子)、そして長女の千晶(黒木)である。
家族3人を失った浜口家も、婚約の相手を失った千晶を抱える西郷家もそれぞれが不幸である。
山田太一の脚本は、フィクションの衣装をまといながら、震災地の人々の感情のひだに分け入っていく。孤独であり、言い知れぬ不安である。そして、それを癒してくれるものを求める自然な感情である。そこには性的な香りもかすかに漂う。
フィクションもノンフィクションも、他人の心のなかに入り込んで、その悲しみや喜びの本質をえぐりださなければならない、宿命を抱えている。
婚約者を失った千晶は、その弟の6歳も年下の高校生の光彦と肉体関係に陥る。ふたりの関係は愛なのか、震災によって喪失したなにかを埋めるようとしているものなのか。
仮設住宅に入居した浜口家を見舞った、西郷奈美(吉行)をバス停まで送って行った吉也(橋爪)が突然、「ハグしてくれんかなぁ、外国人みたに。とにかく心細くて」という。
バスはバス停に到着する。奈美は乗り込み、車窓から手を振る吉也にこたえるようにして、また手を振るのだった。
これもまた通常の恋愛感情ではない。孤独と不安が胸からつきあげてきたのである。
千晶と高校生の光彦の関係は、両家の主人同士が話し合って、別れさせることになる。光彦は青森に移り住む。
西郷良介(中井)と浜口克己(柳葉)のふたりが、中学校の少年時代に起きた出来事が明らかになる。転校生だった西郷は、浜口とその仲間と遊んでいてもいじめと感じていた。「死ぬことを考えた」という。浜口は西郷が手引きした不良の高校生に殴られた記憶を引きずっている。
狭い地域のなかでは、過去の感情を押し殺して生きるのが処世訓というものだ。
震災後の緊張した社会はそうした、感情を押し殺していたくびきをも、もろいものにしてしまって、感情が噴き出すのである。
ふたりは、浜口吉也(橋爪)の提案で、互いに平手打ちを1回ずつ相手の顔に見舞うことで、和解に至る。
物語のラストシーンは、まもなく震災から3周年を迎えようとしている海辺である。吉也を無理やり車に乗せて、西郷良助は彼の家があった場所に連れていく。
そこには、千晶と青森に移り住んだ光彦もいて、ふたつの生き残った家族が集う形となる。土台だけになった家の片隅に花束が置かれ、吉也は手を合わせながら泣き崩れる。その肩を奈美(吉行)が「ハグ」するのであった。
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