見巧者(みごうしゃ)
芝居などを見なれていて,見方のじょうずな・こと(さま)。そのような人をもいう。「大辞林」
歌舞伎や文楽に詳しい友人にかかると、主役ばかりではなく、脇役を演じる役者や人形、その遣い手についての知識が豊富なので、聞いている私自身もその作品の深さに浸ることがある。古典芸能にふれるようになったのはつい最近のことなので、持つべきものは友である。
フジテレビのドラマに主演することが多かった、天海祐希がテレビ朝日に出演することが話題になっている「緊急取調室」は、脇役陣の好演がテレビドラマの見巧者たちを楽しませる。
「緊急」は第4話(2月6日)と第5話(2月13日)を観た。
「緊急」の脇役陣は、いずれも映画・ドラマの主演級とバイプレイヤーで固められている。
天海が演じる刑事の真壁有希子が所属するのは、通称で「キントリ」と呼ばれる、警視庁捜査一課・緊急事案対応取調班。刑事部長の郷原正直役に草刈正雄、キントリのトップを務める管理官の梶山勝利には田中哲司。NHK大河ドラマの織田信長に仕える荒木村重も演じている。舞台出身の独特なセリフ回しに魅かれる。
このシリーズで取り上げたTBS日曜劇場「ATARU」では、子だくさんの風変わりな鑑識係を演じて、栗山千明の刑事とのからみは絶妙だった。
真壁の同僚である、中田善次郎には大杉蓮。北野武監督の映画ではギャングなどを演じて、「北野組」の重鎮である。小石川春夫には小日向文世。日本を代表するバイプレイヤーであろう。
菱本進役には、でんでん。ベテラン俳優として、映画・ドラマに欠かせない脇役である。NHK朝のテレビ小説「あまちゃん」の漁協の組合長にして、あまカフェのオーナーである長内六郎役が懐かしい。
主役の天海の真壁刑事は、警察官の夫を事件で亡くして、ふたりの子どもを育てる母親でもある。同僚たちから「おばさん」扱いをされている。
さっそうとした天海のイメージとは異なる、新しいフィールドで名脇役たちに囲まれて、生き生きとした演技を続けている。
ドラマは第5話に至って、夫の死に警察の上層部の秘密が絡んでいるのではないか、と真壁が推測するようになる。
「緊急」は、1話ごとに殺人事件の謎を解きながら、真壁の夫の死をめぐるサスペンスの物語であることがわかってくる。
主婦に巧みにすりよって、宝石の詐欺売買を手掛けていた男が、ボストンバックのなかに詰められて発見される。
ボストンバックを引きずる犯人を見たという、目撃者に3人の主婦が名乗りをあげる。
家族と暮らす老婦人と、高級マンション暮らしの主婦、そしてふたりの子育てに追われる裕福ではない女性である。
それぞれは互いに境遇も異なる。真壁の事情聴取によって、犯人の似顔絵が作られる。目撃者の3人はそれぞれ別の場所から、しかも夜の遠目にみているので、犯人の印象は異なるはずなのに、完全に一致する。
真壁は3人が相談して、ある犯人像を形作っているのではないか、と推理する。
3人を同時に呼んで、突き詰めると、彼女たちは殺された詐欺師の被害者であることがわかる。しかも、その詐欺師を追って、だましとられたカネを取り戻そうとする途中で、遭遇したのである。
そして、詐欺師の部屋で殺された彼を発見する。そのとき、殺人犯は部屋の隅から現れて、彼女たちに偽の証言をするように脅迫するのであった。最初の似顔絵の男は、週刊誌の裏表紙に掲載されていた、宣伝の登場人物であった。殺人犯はその人相を警察に告げるようにいう。
似顔絵を作り直す作業が改めて行われる。そこに現れた犯人の顔は、死体が詰め込まれたボストンバックが捨てられていた現場を保存するために、立ち番をしていた制服の警察官だった。詐欺師の片棒をかついで、被害者たちの隠し撮りをしていたばかりか、詐欺師に捜査情報を漏らしていた。
真壁は、この事件から捜査情報を夫の警察官が漏らすことはありえないが、何らかの情報漏えい事件にからんで殺されたのはないかと、疑いだすのであった。
管理官の梶山に、真壁は携帯電話でそのことを告げる。電話を切った梶山が正面を向くと、そこにいるのは、刑事部長の郷原であった。
「真壁が気づき始めたようです」と梶山は告げる。
上司や同僚から裏切られているかもしれない。見巧者の観客は、刑事物のドラマの二重性に驚かされ、サスペンスの行方にひきずられるようにして次回も観ようと、思うのではないか。
キントリに対抗する捜査一課の面々にも、渋い脇役たちが登場する。捜査一課長・相馬一成役の篠井英介は、時代劇から現代劇まで巧みにこなすバイプレイヤーである。その部下の監物大二郎役の鈴木浩介。フジテレビの「ショムニ2013」の上司にすり寄る人事部員・下落合耕一役である。リーゼントスタイルのような髪を固めた、エキセントリックだが正義感あふれる刑事を好演している。 (敬称略)
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