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「軍師 官兵衛」と海老蔵の「寿三升景清」

2014年1月17日

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 日本の名作映画、ドラマの数々に出演してきた、藤村志保の静かなナレーションでドラマは幕を開ける。野草の花々が咲く田園地帯が一瞬にして戦場に変わり、その花を摘んでいた少女は戦いのなかに巻き込まれて命を散らす。

  NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」は、乱世の世情を描いたのも束の間、豊臣秀吉(竹中直人)が小田原の城下を見下ろすシーンとなる。秀吉が天下統一を成し遂げる「小田原征伐」(1590年)である。北条氏政の居城の小田原城を、一気に攻め落とせる自信をみせる秀吉のもとに、黒田官兵衛(岡田准)がにじり寄る。戦わずとも和睦は可能であると。

 官兵衛がひとりで小田原城の城門の前に立ち、弓と鉄砲の弾がかすめる。「死ぬことはござらぬ」と告げる。和睦に終わることを暗示するように、門は開かれる。

  大河ドラマの戦国物語は、幕末・維新の物語とならんで、幾度も取り上げられて十八番ともいえる。ちなみに、十八番とは、歌舞伎の市川海老蔵が昨年亡くなった、父団十郎から継いだ市川宗家が代々受け継ぐ18の作品をいう。

  「軍師 官兵衛」のなかで秀吉を演じる竹中直人は、「秀吉」(1996年)でも同じ役を演じている。この時の官兵衛役は伊武雅刀である。「花の生涯」(1963年)に始まった、大河ドラマは今回が53作目となる。

 「戦後の日本は芝居を失った」と語ったのは、コラムニストの山本夏彦だった。芝居小屋が立ち並んだ浅草の光景は遠い過去である。旅回りの一座が列島の各地で興行をしていたことを知る人も少ない。

 亡き山本翁に敬意を払いながら、江戸から続く芝居の命脈を保ってきたのが、大河ドラマではないかと思う。

  「軍師 官兵衛」はその第1回「生き残りの掟」のなかで、黒田家を興した祖父の重隆(竜雷太)と父職隆(柴田恭平)、母いわ(戸田菜穂)の物語をつづっていく。諸国を放浪していた重隆が家の基礎となる財を築いたのは、薬草の目薬であった。全国の守り札を売って歩く神社の信徒に眼をつけて、札とともにその薬も売らせたのである。その売上を資金として近隣に金貸しを始める。そのことが播磨国の豪族である小寺家とつながるきっかけとなって、家老までになる。いまは職隆に当主を譲って隠居の身である。

  「目薬売りであったことをおまえは恥ずかしのか」と、重隆は息子の職隆に問う。商人でも武士でも、いずれにしろ生き抜いていかなければならないと諭すのである。小寺家の重臣からその出自について陰口をたたかれていた。

  職隆が守備する小寺領のなかで、野武士が農民を襲う事件が頻発する。小寺家の重臣たちに、職隆がその陰の頭目ではないかという疑惑が広がる。

 その真実は、すでに櫛橋家と通じていた小寺家の家臣の仕業だった。しかも、その男は職隆の親友であった。

 この策略を見抜いたのは、少年時代の官兵衛である。野武士に襲われた幼なじみの少女を助けて逃げる途中の森のなかで、職隆の親友の配下の者と野武士が相談している現場をみたのである。

 官兵衛はこの情報を巧みに父に伝え、黒田家は面目をほどこす。

  織田信長が武田義元を討った「桶狭間の戦い」(1560年)に際して、もっとも大きな恩賞が、武田軍の位置を知らした部下に与えられたことを知る。「信長というやつ、おもしろい」と官兵衛はいう。

 軍師という情報を重視しながら戦いを進める官兵衛の将来が予言される。

 第1回は、官兵衛の元服のシーンで終わった。

  歌舞伎の十八番はすでに二百年以上にわたって、その時のいまを織り込みながら、観客の歓声を呼んできた。

 海老蔵が十八番のなかから、平家の武将である悪兵衛景清にからまる4作品をひとつにまとめあげたのは、初春花形歌舞伎の「寿三升景清」である。新橋演舞場で3日観た。

 源氏に敗れた景清が、中国の三国時代の関羽の魂と一体化して、源氏を討とうとする強い意思を現わす。しかしながら、ついにはその怨念を昇華して天空に舞う。

  そこには、栄華と衰亡に絡む人生の無常の物語が現れてくる。海老蔵が語っているように、この物語は現代に通じる。

 歌舞伎としては初めて、津軽三味線が使われた。最終幕では舞台に観客の桟敷が設けられるとともに、照明がうす暗くなってまさに江戸の芝居小屋の雰囲気をかもしだした。

  伝統といまの融合こそ、十八番が長らく観客の心をつかむ工夫である。

 「軍師 官兵衛」の滑り出しは、これまでの戦国物語とは異なって、激しい戦闘シーンや英雄譚ではない。

 大河ドラマの十八番である戦国物語に、企業で働く同僚、上司、そして家族のいまを重ね合わせようとしているようにみえる。

  第1回の視聴率は20%を下回った。十八番の新しい試みに観客がちょっと戸惑ったのではないか。海老蔵の舞台の津軽三味線が、賛否を呼んでいるように。

  もうしばらくは、大河ドラマの新趣向の先を観てみようではないか。

 なにより、宮藤官九郎脚本の映画「木更津キャッツアイ」で、爆発力ともいえる演技をみせた岡田准の官兵衛の物語は、始まったばかりである。 (敬称略)

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