ブログ

現代女優論   橋本愛

2013年11月29日

このエントリーをはてなブックマークに追加

 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」が最終回を迎えてから2カ月近くが経とうとしているのに、その喪失感から立ち直れない「あまロス」症候群はひどいものだ。

 総集編の前後編の録画はなんども観た。連続テレビ小説としては初めて出版される、宮藤官九郎の「あまちゃん 完全シナリオ集」第1部・第2部(角川マガジン刊)もアマゾンで予約して、11月末の発売を待つばかりである。

  あまちゃんこと天野アキ(能年玲奈)の友人である足立ユイを演じた、橋本愛が連続ドラマに初出演する「ハードナッツ!~数学girlの恋する事件簿」(BSプレミアム・日曜放映)は、そんな「あまロス」症候群をちょっといやしてくれるドラマである。

  「天才数学科女子大生VS爆弾テロリスト」の前後編(10月20日、27日)の特別版で始まったシリーズは、第5回「ワインと殺意の方程式」(11月17日)に至って、全8回の最終回まで残り3回を残すばかりとなった。

  名門東都大学の数学科の女子大生・難波くるみ(橋本愛)と、初音署の刑事・伴田竜彦(高良健吾)が毎回、数式や暗号が絡む難事件を解決する。数学の論理から謎を解こうとする、くるみと刑事の直観を疑わない伴田が、協力して犯人に迫る。

  「あまちゃん」のユイ役の橋本愛になじんだ観客には、くるみ役はしばらく戸惑うことだろう。海外出張にでかけた担当教授の研究室を我が物顔に使っては、黒板に事件にからんだ数式をチョークで書きなぐり、教授の数学に関する蔵書を参考に読みまくる。果ては料理を作っては、研究室のテラスのテーブルでふるまう。

 セリフは語尾が、しり上がりの調子はずれ。毎回偶然のように事件の現場で伴田と出会って、一緒に謎を解くうちに恋するようになる。数学的な手法によって、男性の心を打つ言葉をちりばめたラブレターを手渡したり、料理を作って食べさせたりするが、いつも空振りに終わる。

  恋の仕掛けの成功を予想して、顔を左に傾けて上を斜め見るうれしそうな表情は、いつも最後は裏切られて、肩を落とす。

 めまぐるしくその表情を変える、変わり者のくるみ役をこなす、橋本愛のメディアンヌぶりを観ていると、いかに演技派であるかがわかってくる。

  橋本愛はユイ役で知られる前からすでに、美少女の映画女優としてその地位を獲得している。湊かなえ原作の「告白」(中島哲也監督・2010年)では、幼い娘を殺された中学校教師・森口悠子(松たか子)の復讐の対象となる犯人の男子生徒と友人となり、最後は彼に殺される北原美月役を演じた。クラスメイトの桐谷修花役で能年玲奈が出演している。

 綾辻行人原作の「Another」(古澤健監督・2012年)では、クラスメイトに死んだ者として無視されている、見崎鳴役を演じた。この原作はこれから美少女によってなんども映像化されることだろう。「伊豆の踊子」(川端康成)や「時をかける少女」(筒井康隆)、「ねらわれた学園」(眉村卓)の系譜に連なる。

  「ハードナッツ!」の第5回は、ワイン評論家が、ワインの品質をぶどうの収穫年やその年の気象によって予測する方程式を残して殺される。くるみはその方程式がすでに海外の学者がたどりついた式を日本式にアレンジしたことを解明していく。

 地下のワインセラーに向かう階段から転落死と、警察は当初みていた。伴田は直感的に現場の様子がおかしいと感じて、くるみに写真をみせる。飛び散ったビンのガラスの破片の散らばり方が、数学的にみるとやはり疑惑があることがわかる。

  ドラマの隠し味として、くるみが料理を作る際に研究室に教授が大切に保管していた高価なワインを、価値を知らずに使ってしまったエピソードがからまる。脇役の法学部の教授に使ってしまった空き瓶を見とがめられたので、ごまかすために、殺されたワイン評論家の妻に近づき、同じワインを手に入れる。担当教授が帰国したときに、その法学部の教授と飲み交わす約束のワインだったのである。

  ワイン評論家の自宅の壁に貼られた写真から、くるみは、評論家と料理研究家の女性が不倫関係にあることをみやぶる。ふたりは理科系で、数式を書いた紙を掲げて記念撮影している。くるみは、その数式を解析すると、ハートの図形が浮かび上がることに気づいたのである。

  料理研究家の女性に復讐するために、評論家の妻はワインパーティーの会場で、彼女の夫を毒入りのカクテルを飲ませて殺す。シェーカーに入れた氷にトリックが仕掛けられていたのを解明したのは、くるみである。

  「解けました」と事件の謎を明らかにした瞬間のくるみの表情が愛くるしい。

  「ハードナッツ!」はシリーズ化を前提に制作されていることがうかがえる。くるみの相棒となる伴田の正体は謎に包まれている。高級車を乗り回し、ポーカーも玄人はだし、ワインも詳しく、料理もうまい。映画化も期待できそうだ。

  プロデューサーに東宝の蒔田光治が加わっている。脚本もてがけている。蒔田は、仲間由紀恵主演のテレビドラマ、映画の「トリック」シリーズのプロデューサーである。

 (敬称略)

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加