時空を超えて事件が展開するドラマの新しい挑戦は、主演の中越典子と黒谷友香のふたりの美しいヒロインが、愛おしさと哀しみを演じて、記憶に残る傑作となった。
BSプレミアム「ダブルトーン ~2人のユミ~」は、8月3日最終回の6回連続ドラマである。再放送のみならず、DVD化も待たれる。
小さな広告代理店に勤める、中野由巳(中越典子)と主婦の田中裕美(黒谷友香)はある日を境目にして、夢のなかでそれぞれが過ごした1日を互いにはっきりと見るようになる。
このふたりのユミが経験している日常は、2年間のずれがあることがわかってくる。事務用品の営業マンを夫に持つ田中裕美の時空が先行している。保育園に通う娘と3人暮らしの裕美は、税務事務所のパートを務めながら、家事にいそしむ平凡な主婦である。
その2年後の未来を生きている中野由巳は、婚約者を事故で失って一人暮らしである。小さな代理店ながら、その仕事は充実している。
時空を超えて夢でつながった裕美の夫である、田中洋平(吉沢悠)と知り合う。洋平の幼なじみで由巳の代理店に出入りしている、デザイナーの有沼郁子(友近)の紹介である。
洋平や郁子と交流するうちに、由巳は裕美が2年前に亡くなっていることを知る。夢でつながる、裕美は自分が死ぬ運命にあることに驚愕する。
洋平から裕美の死ぬ前後の事情を聞き出した由巳は、裕美のXデーが4月21日であったことを突き止める。アパートの3階のベランダから転落ししたのであった。
裕美の死は果たして事故なのか、他殺なのか。
ふたりのユミにつきまとうようにして現れる、龍野勲(嶋田久作)にふたりは恐怖を抱く。いったい龍野とは何者なのか。
裕美が亡くなる運命を変えられないか、と由巳は考える。死の真相に迫ろうとする。
洋平と食事をしたり、娘と住む部屋に料理を作りに行ったりするうちに、由巳と洋平の間にはほのかな愛情が芽生える。
カレンダーの自分の死ぬ日に印をつけて、一日一日を夫と娘のために生きようとする裕美と、その運命を変えようとする由巳が時空を超えて交信するようにして、感情を通わせていく。
ふたりのユミの哀しみと愛しみの美しい表情を、カメラは緊迫感のなかでとらえる。
謎の人物である龍野がふたりに迫る。そして、友近演じる郁子は、洋平に由巳を紹介した
ばかりか、妻である裕美も紹介していた事実が浮かび上がる。さらに、洋平が結婚する以前に付き合っていた女性も事故で死を遂げている。
郁子と洋平の関係とは。郁子が隠している秘密とはなんなのであろうか。
これまでの時空ドラマは、タイムマシーンに乗ったり、異なる時空につながる空間の揺らめきを通過したりして、主人公が過去と未来、そして現在を行き来する物語が多かったように思う。いわゆるタイムスリップである。
タイムスリップ・ドラマには「時間のパラドックス(矛盾)」の問題が絡み合うこともまた多い。まず、現在は変わらない。つまり過去にさかのぼって行っても、時間の連鎖のなかで、いまの事実は変わらないのではないか。次に、現在の自分自身が過去や未来にいって、自分にであったときになにが起きるか。ひとつの空間に同一人物がふたり存在することはできないのではないか。
「ダブルトーン」は、時空を超えたところに存在するふたりの女性が夢によってつながって、それぞれの現在を体験する。ふたりが情報を交信するなかで、果たして過去と現在は変わるのか。ドラマの設定とその結末は、時空ドラマの新しい領域を切り開くものであった。
ふたりの美しいヒロインと緊迫したサスペンスの醍醐味に魅かれて、梶尾真治の同名の原作を購入して読んだ。梶尾氏の作品を手に取るのは初めてのことである。
プロデューサーがドラマ化を思い立ったのがよくわかる。くせのない磨かれた文章によって、ふたりのユミの心理描写がよく描かれている。ドラマの舞台は東京の郊外に移されているが、小説は熊本が舞台であり、情景描写も美しい。
「サラマンダー殲滅」で日本SF大賞を受賞している、梶尾は時空小説を数多く手がけていると知る。ドラマによって、読書人生に新たな作家が加わる喜びは大きい。
タイムマシーン物の最高傑作である、広瀬隆の「マイナス・ゼロ」は、2008年に集英社文庫改訂版が再刊されるまで、長らく絶版であった。「本屋大賞」の記念事業で復刊したい本のトップになったことから売り出され、ベストセラーになった。
わたしが河出書房新社の単行本(1970年刊)を読むきっかけは、NHKのラジオドラマであった。
文庫本化されたので、放送局の友人らに読んで欲しいと思って、何冊も購入して送った。ドラマ化や映画化の可能性を友人たちは口々にいうのであったが、実現していない。それは、時間のパラドックスに挑戦している原作が、結末を知らせないように幕開きから映像化するのが困難だからではないか。
今年の夏の緑陰読書のリストに、「ダブルトーン」が加わったのは、よい思い出である。(敬称略)
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本
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