「幸せな家族は一様であるが、不幸な家族はそれぞれである」(トルストイ「アンナカレーニナ」)
青柳小春(満島ひかり)は、夫の信(小栗旬)を事故で失ったシングルマザーである。小学生の望海と保育園児の陸を働きながら育てている。
母の紗干(田中裕子)は20年前に家を出て、洋服の仕立て職を営む上杉健太郎(小林薫)のもとに走って、再婚している。父はすでに亡くなっている。
日本テレビ・水曜ドラマ「Woman」である。第3話(7月24日)と第4話(7月31日)を観た。
冒頭に引用した「アンナカレーニナ」の有名な一節は、家族の幸せと不幸について簡潔に記している。幸せな家族というものは、その幸福故に同じようにみえる。しかしながら、不幸な家族というものは、さまざまな困難に遭遇していて、それぞれがまったく違ったようにみえる。
小春の3人家族もまたそうした、「それぞれ」である。息子の陸が言葉の発達が遅れているのではないか、と保育園で指摘される。そのために遊び友達の園児と意思疎通がうまくいかず、おもちゃで顔をなぐられてけがをする。
クリーニングの蒸し暑いアイロンをかける職場で働いている、小春はめまいで倒れ、病院の診察の結果、再生不良性貧血症とわかる。5人に1人が亡くなるという難病である。
生活に困窮した小春が、福祉事務所に相談したのがきっかけで、娘と息子を含めた家族は、母の紗干とその夫の健太郎との交流が始まる。ふたりには美術大学を目指して浪人中の予備校生の娘、栞(二階堂ふみ)がいる。
小春の家族が住む木造アパートは、狭い廊下の左右に小さな部屋が並ぶ。大家が別の部屋のドアを開いて、未納の家賃を督促する。小春に対しても今月分の支払いが近いことを告げる。3人家族が住む部屋は、小さな台所と風呂・トイレ一体の部屋、そして寝室兼居間の部、屋だけである。熱帯夜のなかで、クーラーはなく、扇風機だけが回っている。
「Woman」の脚本は坂元裕二、演出は水田伸生と相沢淳である。トルストイのいう「それぞれ」である家族を描いて、静かに流れるような映像と、寡黙ともいえる登場人物たちのセリフによって物語はつづられていく。
そこには、過剰な演技も激烈な言葉もない。日本映画の戦後の巨匠たちやフランス、イタリヤ映画の心にしみ透るような作品の系譜につらなる。
この作品がテレビドラマ初主演となる、満島ひかりは、小春が難病の診断を告知されるとき、カメラは医師の表情を正面からとらえて、小春はその背が画面に映るだけである。
自宅のアパートに戻った小春が、こどもたちを寝かしつけたあと、風呂とトイレが一体となった一角で膝をかかえてすすり泣く。
小春の家族だけではなく、母の紗干の家族も「それぞれ」の不幸を背負っていることが明らかになっていく。そして、その不幸もまた、静かな演技とセリフによって描かれていくのである。
紗干は娘の栞と百貨店に買い物に行ったとき、ふと立ち寄った家電売り場で小春の家族のためにクーラーを購入して取り付けを依頼する。
紗干と栞のふたりの行動とやり取りと、小春の家族のシーンが交互に織りなされて、ドラマは「不幸」の真実を明らかにしながら進行する。
クーラーの取り付けはできなかった。小春のアパートが古くて壁の強度が足りなかったのである。
紗干が栞の気晴らしに誘ったカラオケ店で、小春の不幸の原因を作ったのが、栞であることが彼女の告白からわかる。
高校時代にいじめから逃れようと、仲間のグループに入った栞は、電車のなかで男の手をつかんで「痴漢」と叫んで、無実の男性から仲間とともに恐喝をしていた。
小春の夫の信が、母の紗干のもとを訪ねてきて、幸せな生活を報告にきた後を追って、電車のなかで信の手をつかむ。乗客たちに囲まれて途中の駅で降ろされた信は、殴られ、押し倒され、蹴り飛ばされる。その時、手に持っていた梨が転がり落ちて、線路に落ちようとしていたのを追いかけて、信は電車にひかれたのであった。
紗干の期待にこたえようとして、美術大学を目指している栞であったが、才能の限界にきづいていた。中学校、高校時代にいじめにあっていたことを紗干に隠していたことも、告白から明らかになる。紗干が信に与えた梨は、栞にとって、幸福を象徴するようにみえたのである。自らの不幸に引き比べて、その絶望は深かった。
脚本と演出は、どこまでも静謐(せいひつ)を保って乱れない。
自宅に帰った紗干と栞がからみ合うシーンは、母娘の葛藤と、母の愛情の深さを静かに描いていく。
紗干は、栞の部屋の壁に貼られたデッサンを次々にはずしていく。ベッドに毛布をかぶって「もう死にたい、死にたい」という栞に対して、紗干は手荒に毛布を引きはがすのであった。
田中裕子と小林薫の夫婦役のみならず、小春役の満島ひかりと栞役の二階堂ふみの演技は、静かにしみ透る社会派ドラマの主旋律となっている。 (敬称略)
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