政治経済情報誌「ELNEOS」5月号寄稿
新型コロナウイルスによる、パンデミックはついに、日本政府が対象地域を全国に広げる非常事態宣言を発する事態になった。企業のあらゆる組織は、ウイルス対策に関する情報の収集を続けている。
メディアのあふれる情報のなかで、筆者が最も注視すべきである、と考えているのは、厚生労働省が二月下旬に設置した、専門家チーム「新型コロナウイルス対策班」である。
リーダーの東北大学教授の押谷仁氏はWHО(世界保健機関)において、SARS(重症急性呼吸器症候群)の封じ込めの指揮を執った。感染症数理モデルの第一人者である、北海道大学教授の西浦博氏は日本における感染症の拡大の要因として、「密閉」「密集」「密接」のいわゆる「三密」の存在を国内の感染者の分析から発見、警告を発した。
政府や地方自治体に対して、独立した立場で提言するために、無給であることに驚かされる。さらに、危機感からチームのメンバーがSNSなどを通じて情報発信をしている。
情報分析のプロフェッショナルたる、広報パーソンはこのチームの発言の分析を経営層に伝える任務がある。
列島の全体が非常事態宣言に覆われる直前の四月一一日、押谷教授はNHKスペシャルの番組のインタビューに答えて、次のように述べている。
「いかにして、社会や経済活動を維持したうえで(新型コロナウイルスの)収束を図るか。都市を封鎖して、再開し、また封鎖するようなことがあれば、経済も社会も人の心も破綻する」
「その先にあるのは、闇です。そんなことをやってはいけない」と。
企業の組織にとって、社会と経済を闇に突入させない防波堤は、広報と法務部門である。このシリーズで、いまは亡きIT企業の実質的な創業者から直接聞いた「法務と広報は、企業のブレーキ役である」という言葉を紹介したことがある。
パンデミックは、国際的な契約から国内の雇用関係などに至るまで、法務部門がかつて経験したことのない事案を抱えることになるだろう。広報部門との連携がさらに試される。
係争の場となる、裁判所もまたこれまでにない提訴を受けることになるだろう。
裁判手続きに関する法律書は当然のことながら、数々ある。公平にして、かつ独立した裁判官によって判決が書かれる、とされてきた裁判所について、官僚機構としてアプローチした著作は極めて少ない。
パンデミックの危機において、裁判所の内部を穿った著作の存在があれば、法務部門が企業を闇に突入させることを避ける一助になるのではないか。
ジャーナリストの岩瀬達哉氏の最新刊『裁判官も人である』(講談社刊)は、そうした使命感を抱く企業人にとって、必読の書である。
岩瀬氏は、百人を超える裁判官に対するインタビューによって、歴史的に司法権が行政権によって、牽制されてきたことを明らかにしている。あるいは、司法権が行政権を慮る実態にも迫っている。
裁判所に信頼を寄せる人々の救いとなるのは、本書の副題の「良心と組織の狭間で」良心に従って判決を下す幾人もの裁判官たちの存在である。
岩瀬氏の過去の作品同様に、けれん味のない真摯な文章が読ませる。
(以上です)