過去の犯歴を掘り起こした調査報道 語り部・作家高村薫の存在感
警察の捜査によると、少なくとも5つの家族が崩壊して、8人の死亡と3人の行方不明者が明らかになっている。その過程で家族の財産を奪っている。
2011年秋に発覚し最近まで捜査が続いた「尼崎死体遺棄事件」である。
主犯の角田美代子・元被告が自殺を遂げたために、事件の真相解明に闇がたちはだかっている。
NHKスペシャルのシリーズ「未解決事件」は、file.03でこの事件に迫った。6月9日の放映と、その再放送の13日を観た。
角田・元被告が標的とした、高松市の父母と姉妹の4人家族に焦点をあてるとともに、これまでの捜査で明らかになっていなかった、ふたつの家族の崩壊を調査報道によって、浮かび上がらせた。
主犯の角田・元被告の知人や、事件を生きのびた被害者たち、亡くなった人々を助けようとした人々の証言をたんねんに重ね合わせて、真相に迫ろうとしている。取材対象は300人に及ぶ。こうした証言に基づいた、ノンフィクションの再現ドラマを番組の要所ではさみこむ。
高松市の4人家族に、角田・元被告が入り込んだのは、この家族の妻の兄の借金問題である。肩代わりしたことを理由として、多数の男性たちと乗り込んで1階を占拠し、家族を2階に軟禁状態にする。さらに、家族を分断して、互いに暴力を振るわせて、加害者意識を植え付け、外部に通報できないようにする。家族は半年余りで、計2000万円もの財産を使い込まれた。
姉妹の運命は分かれる。姉は何度も脱走を図ったうえに連れ戻され、角田・元被告の尼崎の自宅のマンションの物置小屋で監禁され、死亡する。姉の死亡にかかわったとして、妹は逮捕される。母親も不信な死を遂げている。
取材班は3カ月間をかけて、生きのびた父親にたどりつき、インタビューに成功する。それとともに、この家族の周辺の取材を続けるなかで、被害が防げた可能性が浮かび上がる。
この家族の家を占拠した角田・元被告は、ともに占拠した男たちと大騒ぎをしていた。さらに、家族に対する暴行に対して、被害者があげた悲鳴も近隣に聞こえていた。
近隣の住民による警察に対する相談は、多数にのぼった。警察は父親にも接触して事情を聴いている。警察の記録によると、それらの件数は36回に及んでいる。
父親は証言する。
「家族で虐待をしていたので、被害届を出すことはできなかった」と。
姉はいったん、脱出に成功して、死の直前の2年半余り偽名を使って暮らしていた。自分の身分を証明するものが免許証しかないので、その更新のために、運転免許試験場を、友人2人と訪れる。
その運転試験場に、角田・元被告と妹、加害者グループがやってくる。姉は家でしており、免許証の更新にきたら、妹に連絡するように警察に届けていたのである。姉は連れ戻される。
同行していた友人が警察に駆け込んだ。「このままでは殺される」と。
しかしながら、家出のケースではよくあることだ、と取り合ってもらえなかった。
取材班は、大阪在住の作家・高村薫とともに、角田・元被告の人生の軌跡を追う。
両親が離婚し、中学校を卒業すると10年間にわたって結婚生活をしている。離婚後、スナックを経営し、その2階は買売春に使われていた。反社会的勢力との関係も浮かび上がる。
そして、今回の事件が明らかになる15年前、角田・元被告が40歳代のときにふたつの家族を崩壊させて、財産を奪い、不信な死者がでていたことを突き止める。
この家族は、亡くなった叔母が嫁いだ先の親類であった。家族のなかに借金を背負った息子がいたことから、借金の肩代わりを申し出た角田・元被告は、そのことから家族に対して威圧的になる。
ふたつの家族を、老人と夫グループ、妻グループに分断して、老人に夫たちに暴力を振るわせ、その妻たちにそれを監視させる。
高村薫はいう。
「どうして同じ日本人の女性である彼女が、このような犯罪を犯したのか。
わたしたちの社会がこうした犯罪を内包しながら回っていることを知る必要がある」
取材班と高村は、角田・元被告が自殺する前に、おなじ留置場の部屋にいた女性の証言に行きつく。「おかしい、おかしい」と元被告が最後にいっていたというのである。
この女性は証言する。
「彼女は留置場で最初は、家族の自慢をしていました。事件後、その家族が疑似家族であることを知りました。彼女が自殺したのは、疑似家族が犯罪を証言して、裏切られたと感じたのではないでしょうか。それで『おかしい、おかしい』というようになったと思います」
今回のfile.03は、事件の真相を解明することを、いたずらに急がない。角田・元被告がスナックを経営していた場所や、新たに事実を掘り起こしたふたつの家族が住んでいた部屋などを、高村が訪れる。語り部のような高村の存在が、番組の通奏低音となって、日本社会のありようについて、視聴者がおのずと考えさせられる。
調査報道の王道である、足を使った取材陣に敬意を払うと同時に、在阪の作家・高村が番組の制作に加わっていることの重みを思う。
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