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現代女優論   吉高由里子

2013年6月7日

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 渋谷の夜のスクランブル交差点を下から見上げながら、カメラの目はなめるようにしてゆっくりと林立するビルを映し出していく。どこかうつろな視線である。そして音声がないままに映像は地下のクラブへと進んでいく。

 女優の吉高由里子が、タトゥーを背に入れる美少女を演じた、映画「蛇にピアス」(2008年)の冒頭のシーンである。監督の世界的な演出家である蜷川幸雄の映像は、退廃的な都会の風景のなかに吉高を美しく浮かび上がらせる。

 公開時に二十歳になったばかりの吉高は、この作品で同棲するボーイフレンドとタトゥーの彫り物師との鮮烈な愛欲シーンを初めて全裸で演じた。この年の日本アカデミー賞の新人賞など、各種の新人賞を獲得した。

 フジテレビの月曜ドラマ「ガリレオ」は、物理学者・湯川学役の福山雅治とともに、湯難事件の解決にあたる貝塚北署の刑事・岸谷美砂役として、その吉高が登場している。

 有名大学の法学部出身のキャリアである吉高は、エリート意識を身にまとっている。物理学を応用して事件の謎に迫る福山と、ぶつかり合いながらも協力して解決に至る。

 「君は美人じゃあないよ。顔の部分の比率が美人と認識される比率とは違う」

「でもかわいいっていわれる」

「かわいいと美人は違うでしょ」

 理科系の論理家の設定の福山と、文科系の捜査官の吉高との台詞のやり取りはコミカルである。エリートを演じながらコメディアンヌの隠し味もときにみせる。

 美少女として女優のスタートラインに立った吉高は、20歳代半ばとなって、大人の女優としてどのような道を歩み出そうとするのか。

「ガリレオ」の捜査官・岸谷役にはそんな興味がわくのである。

  第6話「密室る―とじる」(5月20日放映)を観る。

  フェイスブックのつながりによって、大企業の研究所の主任研究員を務める、野木祐子役の夏川結衣が主催する山登りのイベントの宿泊先のペンションが舞台である。捜査官の吉高もこれに参加している。

  夏川の部下の女性がペンション近くのつり橋から谷底に墜落して死亡する。地元の警察は自殺と断定する。吉高は納得しない。福山を連れ立って、再びそのペンションを訪れる。

 吉高は夏川が犯人である可能性が高いと推察している。

 立ちふさがる夏川のアリバイ。死亡した部下は事件の当日、山歩きの疲れを理由として部屋からでてこなかった。鍵がかかった部屋の庭側から、部下の安否を確認したのが夏川にともなった吉高だった。夏川の懐中電灯に照らしだされたガラス窓には、鍵がかかっているのがまざまざと浮かび上がった。

 夏川に犯行の機会があるとすれば、風呂に入っていると主張している時間帯に、部下を部屋から誘い出して、つり橋から突き落とすしかない。

  「女性の勘」から夏川犯人説をいいつのる吉高に対して、福山は物理学者として科学的に迫っていく。吉高が想定する犯行時間帯では、ペンションからつり橋まで山道を往復するのは困難であることを、ストップウォッチを手に歩き、走って実証する。息を切らした吉高が必死にそれを追う。夏川が風呂に入っていた時間では、犯行が無理であることがわかる。

  福山の謎解きは佳境に入って、なぜ死亡した女性の部屋の鍵がかかっていたように見えたのか。

  ストーリーの展開を追いながら、わたしは女優夏川の過去の映像がフラッシュバックするのであった。それは、吉高の鮮烈な映像と重なり合う。

  初の主演映画となった「夜がまた来る」(1994年)は、奇才の監督・石井隆の作品である。夏川は殺された捜査官の夫の復讐を図るために、暴力団組織に入り込み、そのトップの情婦となる。そのことがばれると、薬物中毒にされて売買春のスナックに落とされるのである。

 凄惨な映像美で知られる石井の世界のなかで、夏川は全裸をさらして、その表情とからだ全体を使って迫真の演技をしている。

  この作品によって、夏川はこの年のヨコハマ映画祭の最優秀新人賞を受賞している。20歳代半ばのことであった。

  サスペンスドラマの定石は、毎回ゲストスターを起用して、その俳優が犯人となる。ヒーローとヒロインは、その犯人を追いつめる。

  福山と吉高は、物理学の知識と推理を組み合わせて、夏川の自白を引き出す。動機は、研究者としての夏川が部下に抱いたライバル心と嫉妬であった。

  高い視聴率を獲得して、テレビドラマが成功するためには、そのストーリーが視聴者の共感を呼ばなければならないことはいうまでもない。そして、登場人物のキャスティングである。

  「ガリレオ」のこの回のキャスティングをしたプロデューサーと演出家には、吉高と夏川それぞれの鮮烈な映像のイメージがあったのは間違いないであろう。

  女優が鮮烈な映像に出演する覚悟とはなんなのだろうか。全身をさらして、からだを投げ打って、自らの可能性を切り開こうという強い意思であろう。

  夏川はその賭けに成功して、本格女優の仲間入りを果たした。吉高はどうか。「ガリレオ」の演技は、その試金石である。(敬称略)

 

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